30代独身のいい女
ある日、同級生の友人が、
「私、美容院で頭触られてるとちょっと寝ちゃうんだよね。」と言った。
彼女は長年、同じ美容院の美容師さんに
お任せしているらしい。
安心できているということかな!?
と思ったが、
私は、担当していただいている期間が
長くなるにつれて、
言いたいことが言えず
オーダーが難しくなる気がしてしまう。
知り合いだからこそゆえに、
喋らなきゃいけない脅迫観念に襲われる。
だから安心というのは、
私は府に落ちない部分がある。
仕上がりが微妙だった際、
髪色はいかがですか?の問いに、
そこら辺に飾ってある
洗い流さないトリートメントのボトルを
投げ飛ばして
「全然ゆーてたのとちゃうやなかぁ」と
ブチギレたい気持ちを
「私は30代独身のいい女」という言葉を胸に、
グッと心の中に仕舞い込むのだ。
そして、満面の笑みでいい色ですね。
と返答する自分自身の八方美人さに
都度、悲哀する。
オーダーした希望とは違っても
いいですね。と言ってしまうこの積み重ねが
関係を悪くしている自覚はあるが、
気に入らない、と言う勇気など、
持ち合わせていない。
そんな訳もあって、
私は割引クーポンサイトで
雰囲気のいい美容院を探し、
いろいろな美容院に行く生活を
2年ほど続けていた。
いろんな美容院に行くのが楽しみでもあった。
カラーは7トーンのアッシュで
決め込んでいたので
希望の色からかけ離れることもなかった。
新規の客には、さほど冒険はしないのも
分かっていたからだ。
しかし、次の問題が発生した。
ご新規様枠で行くため、
2、3ヶ月に1回は、
「お仕事は何を。」
「髪が赤くなりやすそうですね。」
「彼氏さんは?」(最近は聞かれない。)
と聞かれる。
30代独身のいい女は、
素性をやすやすと人にお話することが
嫌だということだ。
そんな折コロナによる自粛が引き金となり、
自宅で自分で髪を染めることにした。
後頭部がうまく染まるか分からない
リスクがあるけれど、
今はYouTuberさんたちが
ネット上でセルフカラーの方法を
懇切丁寧に教えてくれているし、
美容院で使用されている
髪に負担が少ない薬剤も
ネットで気軽に購入できたからだ。
知識も薬剤も揃った私は、
自分の家のお風呂場でいざ髪を染めた。
不安で仕方なかったが、
とても綺麗に染まった。
合わせ鏡で後ろもチェックしたが
申し分ない染め上がりとなり、
心底、いい色ですね。と
鏡の前で満面の笑みを浮かべたい
気分となったのだ。
いや、恥ずかしながら一人で
満面の笑みだった。
なんでも1人でできるようになってしまっては、
ダメなのかな...。
セルフカラーに限らず、
家具の組み立てや、TV配線の設置など
今までできなかったことが
できるようになるたびに
この言葉が頭に浮かんでは通り抜ける。
しかし、新しく何かできるようになることは、
何歳になっても男でも女でも既婚でも未婚でもきっと楽しいと感じる。
美容院でうたた寝できるほど、
美容師さんと信頼関係を築ける私の友人は、
30代独身のいい女だと思う。
一方で、美容師さんと信頼関係を築くのは
苦手だけど
セルフカラーができる30代独身女も、
またいい女ではないだろうか。
セルフカラーに飽きて、コロナが収束したら、美容院でうたた寝できる
いい女を目指そうと思う。
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