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男たちのバレンタイン【短編小説】

 バレンタイン・デーは
 女が男にチョコレートをあげる日だって
 誰が決めた?


 俺は板チョコを包丁で刻みながら呟いた。
 台所には甘い匂いが漂っている。

 こうやってバレンタインのチョコレートを手作りしている人が何人いるのだろうか? 贈る相手が恋人だったり、夫だったり、家族なら、喜ぶ顔を浮かべながら作っているのだろう。
 もし、片想いの相手がいて、バレンタインというイベントを利用して告白しようとしているのなら、必死で作っているに違いない。

 そんな気持ちを知ってか知らずか、世の男どもは受身な姿勢だ。

 俺は違う。
 むしろ、俺が渡す!!
 気合も十分に、包丁の音も大きくなる。

 ふと、隣を見ると兄がチョコレートを湯煎にかけつつ、同じく刻んでいる。
 既にボール7分目まである大量のチョコレートを溶かしているのに、更にまた追加するようだ。
「ちょっと兄ちゃん。どれだけ大量に作る気だよ」
 兄は不適な笑みを浮かべ、テーブル上に置いてあるビニール袋から直径30cmくらいの大きなハートの型を出してきた。
「うわ……っ」
 俺は少しヒキながら、再びチョコレートを刻み続ける。
「何よ、その反応。チョコの大きさは愛の大きさに比例するのよ!」
「あー……はいはい」
 適当にあしらいつつ、兄の『彼氏』がチョコレートの食べ過ぎで鼻血を出している姿を想像してみた。がたいのいい彼にハートのチョコレート……何だか笑えてくる。
 すると、兄がふいに俺の顔を覗き込む。
「何が可笑しいの?」
「だって、兄ちゃんがあの人にチョコレートなんて……ぷっ」
「あら、そういうアンタだってチョコ作ってるじゃない」
「だって俺は女の子にあげるんだし」
「そっちの方が変よ。バレンタイン・デーにチョコを女にあげるなんて」

 兄はそう言うけど、アメリカでは家族同士でするものだし、ヨーロッパでは男性が女性をもてなす日で、女性から男性に何かをあげるのは、日本と韓国だけらしいじゃないか。
「いいんだよ、欧米スタイルだから」
 今度は俺が不適な笑みを浮かべる。

 スライスしてあるアーモンドをフライパンにかけると、兄がまた話しかけてきた。
「もし茜ちゃんが他の男にチョコをあげたら、どうする気?」
「大丈夫。あいつ、チョコレート嫌いなんだ」
「で、なんでアンタはチョコ作ってんのよ?」
 茜とは家が隣同士で、よくある幼馴染の関係だ。
 長く幼馴染をやっていると、なかなか告白するきっかけが無いのが事実。だったらバレンタイン・デーを利用してやろうと考えたんだ。
 チョコレート以外のものを渡したら、ただの贈り物になってしまうだろ?
 『好き』という気持ちを表すにはチョコレートでないと駄目なんだ!


 チョコレートを湯煎にかける為にお湯の温度を測り、刻んだチョコレートを混ぜ溶かしつつ、明日のシミュレーションをしてみる。
①まず、俺が朝一に茜の家に行く。
②茜にチョコレートだと言って渡す。
③茜の反応を見る。
 問題は③でどんな表情をするか、だ。
 嬉しそうな表情をしたら即告白。
 嫌そうな表情をしたら……
 ピタリとヘラを持つ手が止まった。

 もし、嫌そうな顔をしたら「冗談だよ!!面白いだろ?男が贈るバレンタインって」とか言って、笑いながら一緒に学校へ行けばいい。
 そうだ。
 それでいい。

「うん、大丈夫」
 俺は自分に言い聞かせる。
「そうね、良い感じに溶けてるし」
「え?……あ、ああ」
 違った意味で返事をした兄は、溶かした大量のチョコレートをハートの型に流し込む。
 俺も軽く炒めたアーモンドとピーナッツをチョコレートに混ぜ入れ、小さなアルミカップに少しずつ入れていく。
 後は冷蔵庫で冷やしたらロシュの出来上がりだ。


 冷蔵庫の扉を閉めて、しばらく、その向こうを見た。
 一仕事終えると、急に冷静な自分が顔を出す。

 ……何やってるんだろ、俺。
 バレンタイン・デーにお菓子なんて作って。
 しかも、茜の嫌いな食べ物を贈るなんて。
 こんな日を利用なんてせず、口でバシッと言えないのか?

 本当に馬鹿な男だよな……
 分かってる、分かってるけど、こんなことしか思いつかない。


 肩に温かさを感じた。振り返ると兄が手を置いている。
「うじうじ考えてたってしかたないでしょ。やれるだけ、やりなさい。茜ちゃん、きっと喜んでくれるわよ。そういう所が好きなんでしょ?」
「お……おぅ」
 こんな兄だけど、今日は何だか頼もしく感じる。
「兄ちゃんの相手も喜んでくれるといいな」
「まーっ!当たり前でしょ!!」

 チョコレートの甘い匂いのする台所で、男2人が笑いあう。


 よし、明日は勝負の日だ。






【余談】
20代に書いた短編小説です。
当時の若いからこそ出せる勢いを感じてほしくて、全く修正していません笑

別物でホワイトデーの短編小説もあるのですが、そちらは8000文字ほどあり、少~しセンシティブな描写があるので、もし投稿するなら修正必要かなと思ってます。ちゅーくらいなら全然いいんですけどね(意味深)
面倒くさくて出さない可能性大( ´∀` )

明日のバレンタインデー。
渡す方も貰う方も頑張って下さい。
渡さなくても貰わなくても別にいいと思いますよ。
ホワイトデーのお返し考えるの大変ですもんね。

我が家は適当にスーパーで自分が食べたいのを買ってくるくらいです。
息子は茜ちゃんと同じく、チョコレートが嫌いですw

ではでは、また次の創作で~(^_^)/


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