好きな人の好きな物も好きになりましょう。
僕の母親はゲームやyoutubeが大好きで、最近は原神を始めたらしい。それで攻略を進める為に配信者のねる〇ろだとかマグ〇ヘッドの動画やら切り抜きやら見るようになった。
正直キツイ。
いや、別にそいつらが嫌いなわけじゃない。でも何か文句があるなら、母親のスマホから配信者特有の媚び付いた声が垂れ流しになってる状況を眺める長男の気持ちを考えてからモノ言って欲しい。
似たような話だが、最近好きな絵師がヒカルとかDJ社長が好きとか公言してて萎えた。自己肯定感を上げてくれるような優しい絵を沢山投稿しており、毎回いいねを押していたのだが、それ以降はなんだかあまり心に沁みなくなってしまった。
こういうことがあると、僕はチェンソーマンに出てくるクァンシ様のセリフを思い出す。
(僕の)気に入らねぇ配信者が好き、周りに嫌われているような奴が好き。どれも全く何も悪い事ではないのに、どうしてか受容できないし、それどころか勝手に冷めてしまった自分がいる。
相手を理解するには、どうやら相手の好きな物も好きになる必要があるらしい、そしてその都度僕は変わっていかないといけないみたいだ。
ハッキリ言って面倒だが、snsにどっぷり浸かっている以上、避けられないのかもしれない。
でもまぁ、流石にそれがすべてじゃないようだ。
僕の好きなyoutubereに「にゃんたこ」がいる。飯を作りながらnoteみたいに日記をテロップに乗せている動画形式が好きで、彼女が出版したエッセイも買って今でも人生の教科書だ。
配信者に混ざってゲームやったり、彼氏ができたあたりから「なんか違うなぁ」と自分勝手な理由で自分を変えて見なくなってしまったが、最近チャンネルを覗いてみると、彼女は変わらずに飯を作って進撃の巨人について文字で語ってた。
僕が冷めようが相手の趣味嗜好が気に入らなかろうが、周りは変わらず自分の道に向かっている。
絵師だって変わらず平和な絵を変わらず投稿している。
好きな人を好きでいたいなら、その人の好きな物も好きになりましょう。
中一の和訳みたいな文章だが、悲しいことにこれが真実だ。
だからこそ信じてみようと思う、相手の感性を、その人がその人たらしめる要素を。簡単に自分を変えてしまわないように。
最後に好きな絵師とyoutuberのリンクを乗せます。良かったら僕の好きな物も知ってみてください。
終わり
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?