見出し画像

『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』 人生の教科書なんてものはない※ネタバレあり

繰り返されるベンおじさんの死

「運命なんてブッつぶせ。」日本版『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』のポスターに爛々炯々と踊る惹句である。前作『スパイダーマン:スパイダーバース』をのポスターの惹句を見たところ、「運命を受け入れろ。」だった。この惹句はサム・ライミ版『スパイダーマン』の日本語版ポスターの惹句でもある。


思えばこれまでスパイダーマンという物語は、大いなる力には大いなる責任が伴う、それを受け入れろ、というお話だった。主にベンおじさんがその命をかけて教えてくれた。映画だけでもサム・ライミ版とマーク・ウェブ版、2度に渡って別のベンおじさんが亡くなっていたが、それほどまでにスパイダーマンというキャラクターの根幹を成す、重大な出来事だった…ということはわかっているつもりだったが、甘かった。これまでに星の数ほどのベンおじさんが非業の死を遂げていた、それは避けられない!という事実を突きつけてくるのが今作『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』だった。

あらすじ

前作で違う次元の世界:マルチバースと様々なスパイダーマンの存在を知り、自身もスパイダーマンとなったマイルス・モラレス。懇意にしていた存在の正体と死、マルチバースのスパイダーマンとの別れという辛い体験をしながら、今日も今日とてスパイダーマン活動を続けていた。あれから1年。数々の失敗を経験しつつ、ブルックリンの人々の親愛なる隣人として受け入れられた様子が窺える。ただ両親にはスパイダーマンの正体が自分であることを打ち明けられてはいなかった。
ギクシャクとした両親との関係に嫌気が差していると、前作で今生の別れをしたはずの別バースのスパイダーウーマン・グウェンがカジュアルに部屋にやってくる。そこで、マイルスはマルチバース全体を守る活動しているスパイダーマン達の存在を知る。そんな中、小物のヴィランだと思っていた様々な空間に穴を開けて移動するスポットが急激に力をつけ始め、マルチバース全体を揺るがす存在となる。
スポットを追う過程で、スパイダーマン達が一堂に会するスパイダーソサエティを訪れたマイルスは、リーダー格であるミゲルから、スパイダーマン達にとって大切な人が非業の死を遂げる出来事≒カノンイベントを阻止すれば、その世界全体が崩壊するという話を聞く。マイルスにとってのカノンイベントで亡くなるのは、もうすぐ昇進する警察官の父だ。カノンイベント発生は数日後。本当にカノンイベントを阻止すれば世界が崩壊するのは事実なのか、そんなことはわからない。両方救って見せると息巻くマイルスを、ミゲルを始め、無数のスパイダーマン達が拘束する。この悲劇は止められない。終わるまでは元の世界に返すことはできないと。
自身の電撃能力で拘束を逃れたマイルスは、自身の世界へと戻るため、逃亡を図る。背後には、無数のスパイダーマン達がいた……

別世界軽すぎ

近年マルチバースや異世界転生、タイムスリップ・タイムリープ物など、自分が地続きで生きてきた場所から離れ、一から・あるいは途中からやり直し、活躍する作品が異常なスピードと本数が作られ、消費されてきていると思う。昔から人気の定番ジャンルではあったと思うが、しかしこの量はちょっと異常だと思う。
その作品一個一個の完成度や面白さはケースバイケースだと思うし、中には好きな作品もあるが、基本的にこうしたジャンル自体はあまり好きではない。理由は全体的に人物の命や出来事が軽くなるからだ。マルチバースでは、自分の世界と似ているが別ということで簡単にその世界が消滅したり、異世界転生では自分が良く知悉する世界でその知識を使い縦横無尽に活躍したり、タイムスリップやタイムリープでは、何度も何度も同じ時間を体験し、終いにはその中を悠然と一人活躍したりと言った展開が定番のように思う。
どれもこちらが読んでいる物語の中で違う世界が存在し、主人公はメタ的にそこで活躍する。それはその物語を体験している自分たちと主人公が同じ視点に立っている、とも言えるのかもしれないが、あまりに安易に主人公が活躍しているように思う。そこを軽い、と感じてしまう。
もちろん、その中で少なくない数の作品が、そうしたジャンルの性質を逆手に取り、胸に迫るような重厚な物語を提示してくる場合もあると思うが、この異常な量の消費のされ方は、辛い現実を即席で忘れたいし、そこでまたさらに辛い物語になんか付き合ってられない、という欲望がもろに出ているように思う。気持ちは本当に、本当に大変分かるが、物語を体験するというのは、その一面だけではないと思う。辛い物語の中で歯を食いしばって頑張ろうとする主人公を見て自分も頑張ろう!と思うのはもちろん、自分より辛い目に逢っている!ざまぁみろ!という暗い欲望を満たしてももちろん良い。物語が多様なように物語の許容のされ方も多様である。それがあまりに一面的になりすぎているのではないかと感じている。
前段のポスターの惹句に引っかけて話をすれば、運命を受け入れるにしろ、ブッ潰すにしろ、その運命があまりに軽く小さい印象を受けてしまいがちだ。どっちにしろどうでもいいな…という印象に最悪なってしまう。

別世界重すぎ

そんななかで、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』である。もうド直球にマルチバース物だ。そして前段の惹句である。正直見るまではまたか…という食傷気味な気持ちが強くあった。前作はそのあまりのアニメーションのレベルの高さに度肝を抜かれたが、お話としてはそこまでグッとくるものは無かった。しかし、今作は違った。その志と新たなことをやってやる!という姿勢に、大変グッときた。
スパイダーマンと言えば近年での実写作品『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』ではまさに実写マルチバースをやってのけ、多くの人間を驚愕させたが、今マルチバースという概念と、スパイダーマンが物語の中でも複数いるということが完全に一般化してきたこのタイミングで放たれたこの作品は、しかし軽さは全くない。
夥しい数の全てのスパイダーマンのとっての大切な人ではないものの、夥しい数のベンおじさんが非業の死を遂げていたことがわかる。スパイダーマンの原作であるマーベルコミックでは、猫や恐竜のスパイダーマンも存在しており、映画にもきっちり出てくる。すわ猫や恐竜のベンおじさんも亡くなっているのだろうか……とアメコミは完全に門外漢の自分などは遠い目になってしまうが、少なくとも恐竜のスパイダーマン:スパイダーレックスは、オリジンストーリーがあるらしい。というわけで、各々恐竜のベンおじさんが存在するかどうかは確認していただきたいが、全員ではないと思うにせよ、この映画に登場する無数のスパイダーマン達の多くに物語があり、歴史がある。つまり、とってつけたように作られた別の世界がグッと少なく、実在するものが多い。まずここに凄みがあると思った。
これまで多くの似てるようで違うスパイダーマン達が創作され、活躍してきた。その一人一人が悲劇を経験してきたわけである。その先代たちがカノンイベントは避けられない、諦めろと悲痛な面持ちで言ってくる。さらに言えば、その無数に創作された物語には無数の読者がいる。その物語に付き合い、何らかの影響を受けて年月を経てきた人間がいて、この映画を見ているということになる。ここには本当の重さがあると思う。

全部引き受けた上でのやってやるという気概

そこに来て、主人公であるマイルス・モラレスは両方を救う!と数々のスパイダーマンの静止を振り切り、自分の物語は自分で決める!と駆け出していく。その姿勢もセリフも5億回は聞いた気がするが、スパイダーマンという、歴史の重みと文脈を踏まえたうえでの姿勢とセリフである。それは作り手の姿勢とセリフであると言ってもよいと思う。そこに痺れた。
これは揶揄でも皮肉でもなく、そこで諦める、という選択肢がとられても不思議ではない昨今である。詳細は伏せるにせよ、今作と日本同日公開となった『ザ・フラッシュ』は、その結論に舵を切り快作に仕上げていた。その悲劇こそが自身をヒーローとしたし、そんな簡単に物事は変わらない…これはこれでグッとくる結論だ。
しかし、それを十二分に踏まえて尚、今作からは、新たな物語をやってやるという気概を感じた。それをマルチバースの今や老舗・総本山・代名詞に近い存在となっているスパイダーマンを題材でやる、という心意気が端々から伝わってくる。
ここまでダラダラと書き連ねたが、本作は3部作の内の2作目である。つまり、結論は出ていない。つまり、3部作目でちゃぶ台を盛大にひっくり返される可能性はある。しかし、そうはならないだろうという信頼が感じられる。
その一例を挙げれば、作品の中の一つのテーマとして子育てというものがある。今作では子育てに奮闘する親が多く登場する。グウェンの父親、マイルスの両親、ピーター・B・パーカーとMJである。その親子関係は、いずれも状況も何かもが異なるが、しかし共通するのは子育ては難しく、正解はないという姿だ。それを象徴するようにピーター・B・パーカーにMJが言う。人生に教科書は無い。この子があなたのようになる教科書も無ければ、この子が立派に育つ教科書も無い。ハーフタイムで色々調整してやっていくしかない、と。それぞれ3組の親と子が、その関係に悩み、少しずつ調整し、成長していく。これは作品内で度々繰り返される。この話をカノンイベント、という決まりきった出来事として捉えている物事と、それに挑もうと奮闘するマイルスやグウェン、その仲間たちに当てはめるのは、そう牽強付会ではないと思う。多分!
鑑賞後に日本版ポスターの『運命なんてブッ潰せ。』の惹句を見ると、単純に良い惹句だなぁ!と思った。早く続編が見たいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?