ジェーン・スーのバランス感覚をお手本に”未中年”を生きる
貴様いつまで女子でいるつもりだ問題
昨年、ポッドキャスト「となりの雑談」を聞くようになってから、すっかりジェーン・スーさんの虜になってしまったわたし。
ポッドキャストだけでなく、スーさんの作品もいくつか嗜むようになり、先ほどこちらの本を読み切りました。
これを読んでいて、改めて、なぜわたしがここまでスーさんを敬愛するのかが言語化できるくらいに落とし込めた気がして、読み終わってすぐこのnoteを書き始めている。
”カッコつけるがキマりきらない”のが結局かっこいい
御本人も「プロの独身」と言うように、彼女は独身女のロールモデルであると思う。
一般的にジェーン・スーというキャラクターは、まさに「これぞ独身女!」みたいな感じだと思うが、わたしはこれまでの独身女性のイメージと違うものをスーさんから感じている。
スーさんは、もちろんセルフブランディングの一貫であえてそうしている部分もあるだろうが、わたしが特に素敵だなと思うのが、「カッコつけているけどキマりきらない」という部分だ。
これはどういうことかというと、スーさんは、作家・おばさん界のアイドル(?)として、メディア等(雑誌、テレビ、記事等々)で露出するときは、カッコつけているときもそりゃあ、ある。
でも、それについて、ポッドキャストや自身のエッセイ本で「カッコつけてます」と堂々と言ったうえで、その裏での不安な気持ちや動揺している様子を正直に垂れ流してしまう。でも、それでいて自虐的過ぎない。
わたしは、この「自虐的すぎない」ところが、スーさんの天才的なさじ加減のうまさで、最大の魅力だと感じている。
今回読んだ「貴様いつまで女子でいるつもりだ問題」の一番最後に掲載された「小さな女の子救済作戦」は、上記のスーさんの魅力がよくわかるエッセイだとわたしは思う。
「小さな女の子救済作戦」
スーさんは、30代の「未中年(スーさんの造語で、未成年では当然なく中年にはなりきれない時期のこと)」時代を過ごすなかで、”大人でいなければ”という脅迫観念から、「傷ついて寂しい」という感情を見て見ぬふりをし続けた。
だって、もういい大人だし。
そんな感情、みっともないから。
でも、それに蓋をするようになると、心の中に実はいつまでもいる「小さな女の子」にすべてその感情を背負わせることになり、結果、その感情を吸って巨大化した小さな女の子が荒ぶるようになり、常に自分を不安定にさせる存在になってしまったのだそうだ。
だから、その小さな女の子を満足させてあげられるように、不機嫌なときはきちんと向き合って、適切にあやしてあげる(対処していく)のが大事だと。
つまり、無理に大人になろうとして、自分の感情を抹殺する必要はない。
というか、そんなことは実際にはできないのだということだ。
タイトルは「いつまで女子でいるつもりだ」だが、これはそのままの意味ではなく、「あんたはいつまでも女子だよ、女子の自分をいないことにせず、ちゃんと認めてあげなさいな」という意味だとわたしは理解した。
そして、わたしが目指しているのは、そういう女性なのだと思った。
これまでのわたしの独身女性のイメージは、「結婚も子供もいらない!寂しさ皆無!楽しい仕事と美味しいお酒があれば最高にご機嫌。何からも達観したこの状態こそ、大人!」みたいな感じだった(極端すぎw)。
確かにかっこいいかもしれないし、こうなれたら無敵だと思う。
でも、わたしには多分無理だ。
こうなるには、素直で繊細過ぎるし、そこまで仕事も頑張れるかわからない。
でも、そんな自分が結構気に入っていたりもするのだ。
だから、スーさんの持つバランス感覚は、わたしにはとてもしっくり来た。
客観性は持ちつつも、それに苦しまされるくらいなら少しのみっともなさは認められるような余裕を持つ。
でも、誰にどう思われようが、自分の好きなことを好きなようにする。
好きなものを買い、好きなものに身を包む。
自分に素直に生きる。
無理に感情から距離を置かなくても良い。
東洋哲学を学び、苦しい感情からの「解脱」を目指していたが、それだけではつまらないのかもしれない。
自分のみっともない感情ともうまく付き合い、良いバランスを見つけていこうと思った。
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