【セミナーレポート】官民の事例から考える、DX人材育成の進め方
コロナ禍において、デジタル活用を含めた変革の遅れが顕在化して以降、にわかに取り沙汰されるようになった「デジタルトランスフォーメーション(DX)」ですが、それを支える最も大きな要因が「ヒト」にあるというのは、まだまだ理解が進んでいるとは言えません。
しかし、2040年問題を目の前に控えて、我々も脳に汗をかいて考え・行動する必要があるのは間違いないでしょう。
先日参加した地方公務員オンラインセミナーは、まさにその「DX人材」をテーマにしたものでした。
盛りだくさんの内容で全てを書ききるのは難しいですが、できるだけレポートしてみましたので、ぜひお読みください。
ゲスト紹介
進行は、KDDI株式会社地域共創推進部で、自治体向けにデジタル人材育成を初めとしたDX推進策の提案プロジェクトを手掛けられているという大塚さん。自治体職員が知りたいDX人材育成の本音を引き出してくれました。
KDDIは、通信が中心の企業ですが、防災、観光などの地域課題にも取り組まれており、そのひとつとしてデジタル人材育成に注力する人材育成専門「株式会社ディジタルグロースアカデミア」を立ち上げているそうです。
2024年の「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード」では、特別協賛(KDDI賞)として、受賞者への副賞にディジタルグロースアカデミアのeラーニングを1ヶ月間無料という素敵な特典をご提供いただきました。
ゲストのお話
事例にみる自治体DX人材育成の成功と失敗
一人目のゲストは、株式会社ディジタルグロースアカデミア デジタル人材育成サービスユニット シニアマネジャーの夏目さん(横浜市民!w)から、DX教育の課題やDX人材育成の勘違いなどをお話いただきました。
夏目さんのおっしゃる勘違いは3つあるといいます。
順番にご紹介していきましょう。
勘違い①:一部の人材を育てればDXがうまくいく
特に幹部層ほどそうした考えが強いので、その勘違いを修正する必要があると指摘します。
確かに、今となってはデジタル抜きに業務を行うことは考えられず、ローコードツール、RPA、生成AIなど技術が発展すればするほど、どんどんそれらが業務に身近なものとなっています。
夏目さんは「流れ」という表現をされていましたが、DX推進がうまくいっている組織では、全ての人がデジタル人材であるという前提で「使う人」「作る人」「企画する人」「判断する人」という役割分担が明確にされ、それらの人材が役割ごとに連携しながらぐるぐると回っていく動きを作ることで、成果を生み出すことができると言います。
そうした環境を作るために、全職員をデジタル活用を自分事として捉えられる人材に育成できるかどうかが鍵を握っており、石川県金沢市やKDDIなどは、実際に全職員・社員へDX研修を実施することでデジタル活用が促進されたという事例を紹介していただきました。
また「生まれた流れを止めない」ことが大事であり、特に幹部層が「保留」することで流れを止めることは絶対にやってはいけないことだと指摘します。
「保留」というのはYESでもNOでもないという状態で、私は動画でいうと「一時停止」が押された状態をイメージしました。
ある事柄に対する判断が「NO」であっても、次になにをすればいいのかを示した上で進めていけば流れは止まりませんが、保留されることで流れが生む熱が冷まされてしまい、再度生み出すことがとても大変というのは容易に想像ができます。どのような状態であっても流れを止めない、最悪でもアイドリング状態は保つことが重要なのかなと感じました。
勘違い②:知識さえあればDXを進められる
DXを取り巻く技術的な知識をつけさえすれば、自然とメンバーが動いて、DXが進んでいくかというと、そんなこともありません。
夏目さんは、知識は重要であるが必要十分ではない、と前置きした上で、その前にデジタル活用の必要性を感じて、自分事として考えるという「マインド」が重要になるといいます。
事例としては、外部人材を入れた上で、未来のあるべき姿を徹底的に議論し、目指すべきイメージを作った上で研修を進めている愛知県豊田市や、4年の間、継続的・段階的にマインド研修を進めている静岡県袋井市や長野県の事例をご紹介いただきました。
勘違い③:DX推進のための人材育成は自治体と民間では別物
DX推進を庁内の業務改革だけに閉じて考えるのではなく、市民サービスのアップデートにおいて民間も巻き込んだ取組としていくために共通言語を獲得すべきであると夏目さんは指摘します。
共通言語とはすなわち「リテラシー」です。
「リテラシー」は「識字」を語源とする言葉ですが、社会人基礎力ともいうべきもので、DXに関する知識はすでに「読み書き」と同じレベルで獲得すべき必要最低限の知識であるとされています。
参考にすべきものとして情報処理推進機構が発行している「DXリテラシー標準」に挙げられている各スキルや、ITパスポート、データサイエンティスト検定、AIやディープラーニング活用リテラシーの検定であるG検定などを取ることも効果的であり、実際に、島根県江津市や愛知県豊田市など資格取得の補助などをしている自治体も出てきているそうです。
しかしながら、全職員にあまねくDXリテラシーが必要というのは理解しつつ、実際のところそれを実現するのは時間もコストもかかります。そのためアセスメントなどを実施して適正の見極めをした上で、優先的に育成する人材を選抜するという自治体も出てきていると言います。
適正というとすぐに「優劣」というイメージを持つ方もいますが、字が下手だからといって文字を書くのをやめる人がいないように、「読み書き」と同列のDXも不向きだったからといって「自分には関係ない」と思うようなものでもありませんので、その点だけはご注意いただきたいと思います。
下呂市におけるDXの取組み
お二人目のゲストは、下呂市最高デジタル責任者(CDO)補佐官の長尾さんです。
下呂市CDO補佐官のほか、総務省地域情報化アドバイザーや、デジタル庁が運営しているデジタル改革共創プラットフォームのアンバサダーなども精力的に務める長尾さんからは、「DXはX(変革)が大事というが、Xの先が大事ではないか」と投げかけがありました。
長尾さんは、ほとんどの部署が目の前の業務に忙しく、業務改善などに取り組む時間も体力もない、たとえ体力や時間があってもその価値を上司に相談しても認識してもらえるのかとの課題を感じていたそうです。
一方で、システムは情報システム部門の仕事だと他人ごとで考えていたところもあったとか。
しかし、やはり旧態依然の仕事のやり方を変えたいという思いがあったため、情シスに異動した時から勉強を始め、その後、2022年に下呂市がデジタル課を新設した際に「組織の文化を変えるチャンス」とDX担当に立候補し、様々なデジタルを活用した改善を行った後に、2024年にCDO補佐官に就任します。
長尾さんが話してくださったのは、次の3つです。
①DX戦略の成功としくじり、②必要な◯◯人財とは、③CDO補佐官ってなにしてるの?
DX戦略の成功としくじり
長尾さんは、正解のない時代である現在、DX推進という未知の領域において、常に仮説を立てながら関係者と対話をする中で、ヒントを探ってきたといいます。
そして、自治体DXのゴールは「利用者目線の行政サービスを極める」であり、それを目指すことで価値を創造できるフラットな組織ができるのではないかと考えたそうです。
しかし、そこにたどり着くまでに様々なしくじりと成功体験があったと言います。
しくじり:ゴールは組織変革…ではない
他人から変われといわれて、2つ返事でそうですかとできる人はそうそういません。
まずは目指すべきビジョンを明らかにすることが大事であり、長尾さんなりのビジョンを考えた末に、先ほどの「利用者目線の行政サービス」にたどり着きます。
しくじり:デジタルで…と前提を立ててアンケート・ヒアリングをしてしまう
最初に手掛けた各部署の課題の洗い出しを行い、目的の方向性を明確にするためのアンケート・ヒアリングの際に「デジタルで解決できそうな課題を出してください」としてしまったことで、地域課題はがごくわずかで、行政内部の業務効率化の課題が大半を占める結果に。
デジタルを意識しない投げかけをすることで、住民が幸せになる取組みにも目を向けてもらうことができるのでは、と話していました。
成功体験:現場にいって手を動かす
窓口経験があるだけに「現場のことはわかっている」と思っていたが、実際に現場に行って仕事をすることで新しい発見がある、オンライン会議や現状把握のアンケートだけでは見えてこなかった現場の隠れた不満、不安や疑問が、実際に現場に行くことで見えてくると長尾さんは話します。
非効率なアナログ作業を、現場と一緒にデジタル完結の仕組みにしてみたことで、今では担当課が完全に実装できる状態まで行くこともできているそうです。
一方で、現場の職員は、定型業務の効率化や生産性の向上については求めていないんじゃないかということも感じているそうです。
成功体験:プッシュ型行政サービス
Govtechスタートアップである「xID(クロスアイディー)」の「SmartPOST」によりプッシュ型行政サービスを開始したことが下呂市がDXに取り組むきっかけとなったそうです。
現在、保護者については9割以上、小中学生の保護者に対しては約7割以上の方にデジタル通知ができる状態となっているそうですが、リリースした後の運用が一番大切という認識の下、郵便料金の値上げを前にして、今後は通知の拡大をしていくとのことです。
この取り組みは、地域の情報化や活性化に貢献したということで、総務省の東海総合通信局長表彰を受賞しています。
長尾さんは、この取組みにおいて、前例がないものに取り組んでいくパワー、他の自治体やデジタル庁、Govtechスタートアップと一緒に取り組む「共創」、そして共創が生み出す圧倒的なスピード感を体験されたということでした。
成功体験:庁内への発信
Googleアラートと生成AIを活用して、庁内へ積極的にDXに関する情報発信をすることで、職員が情報のシャワーを浴びることができる環境を作っているそうです。情報発信が共感を生み、それが新たな取組へとつながることもあるというのは、個人的にも共感できることです。
◯◯人財とは
自治体に必要な人材として、長尾さんは「D人財」と「X人財」の2つを挙げます。
職員の悩みとして一番多かった「どんなツールを使えばいいのかわからない」というのを解決するために、ツールを使える職員が自ら広告塔になったら面白いんじゃないかということで、デジタルツールのアンバサダーとしての「D人財」、「X人財」はゆるい変革者として「組織の当たり前をぶっ壊す」、前向きな気持ちで組織を変えたいと思う人材。それらの前方集団が前を走れる環境を作ることで、その人達とともに後方集団をサポートしながら押し上げる流れを作りたいと話します。
デザイン部会の立ち上げ
市長をトップとしたDX推進本部に、今年度から「デザイン部会」を立ち上げたそうです。
そこで「明確なゴールがなかったことで、職員が主体性を持って動けなかった」ということを経験したことで、今は2年後の職員・組織のありたい姿をテーマにワークショップによる対話を進め、組織文化をフラットに広めていく活動を通じて、価値を創造する人・組織を作ることをゴールとして設定しているそうです。
また、デザイン部会の対話の中で「忙しい人達の役に立ちたい」という言葉を聞いて、部署間や部会間の壁を越えられていなかったことを実感したそうです。
外部人財
外部人材の登用をする時は「明確な目的を持って登用すること」であるとアドバイスがありました。
自分たちではできない役割をしっかり整理した上で登用することが必要であり、下呂市においては、ネットワーク構成の変更とセキュリティ対策の徹底を目的として外部人材を登用しているということでした。
グループウェアの変更
利用者のグループウェアは2024年4月から「Google WorkSpace」に切り替わっているそうですが、最高の組織を作るには最適なコミュニケーションが必要であることを実感したといいます。
チャットによるコミュニケーションは圧倒的なスピードの前に「メールはスマートじゃない」というぐらいの認識変更が必要であり、これまでのリアルコミュニケーション9割、デジタルコミュニケーションが1割だったところを逆にするぐらいの転換が必要だと言います。
CDO補佐官ってなにしてるの?
「色々なステークホルダーに主体的かつマルチにコミュニケーションをとる」ことで情報を仕入れる力、そのための人脈などを作ることを心がけているといいます。幹部だからこそ現場に行く価値があること、あちこちに顔を出し、人とつながることはとても楽しいと長尾さんは話します。
シニアクラブや民生委員といった場に顔を出し、住民との共創を目指した住民との対話も進めており、「デジタルを使って」ではなく「どんな社会を目指して、デジタルを使うのか」というバックキャスティングにより、市民とともに2040年の下呂市の未来を描く対話も進めているそうです。
「デジタルを使うために、まずアナログで人とつながることから」という言葉には深く共感します。
課題としては、コスト削減志向に寄りすぎて、KPIが短期的になり、本来必要なところに予算がつかない可能性があるという点を挙げ、目的を「価値の創造」に変換していく必要があると話します。
デザイン・共創・人財といった言葉が当たり前の未来をつくるために、皆さんとワクワクした仕事をしたいと結んでくれました。
パネルディスカッション
パネルディスカッションでは、ホルグの加藤さんも加わって、体制づくり・組織づくり、チャレンジを促し、失敗を許容する文化を作ること、リーダーシップに必要なスキル、外部人材を活かす場の作り方などについて意見が交わされました。
主なやり取りは以下のとおりです。
DXの体制づくりができていない自治体へのアドバイス
長尾さん「大前提は明確なゴール、体制の目的の設定。組織全体で話し合って努力できるようにすることが大事であり、同じ方向を向くというのは組織の大小に問わず大事」
夏目さん「「やってみなはれ」という精神は大事。長尾さんの言う通りDXは想いを持って進めること、まずは手を動かしていくことが大事。」
DXにつきものの失敗について
庁内的にそうした失敗を受け入れる文化などはあるのか。それともそういう空気を作り出してきたのか。という問いに対して
長尾さん「失敗を称えるといったところまでは行っていないが、最初は小さく実行してPDCAを回す、そこから学びを得たら成果だと評価することが必要というのは話している。また、下呂市で失敗したことは他自治体にも共有している」
CDO補佐官としてのコミュニケーション
長尾さん「CDO補佐官になってから議員などとも話がしやすくなり、議員活動におけるデジタル活用の提案などを行ったり、セミナーを開催したりという動きができている」
外部人材を孤立させない工夫
長尾さん「外部人材をお客さんにしないこと」
夏目さん「ゴールが明確になっていると動きやすい。KPIをきちんと示した上で、終わったときにはこれを目標にすることで外部人材が動きやすくなると同時に、双方が緊張感を持ってできる。」
デジタル人材にどのように当事者意識をもたせるか
一般職員や管理者層やDとXのバランスなど色々観点があると思うが、下呂市においてはどんなことを重視しているかという問いに対して
長尾さん「Dに関してはツールを使い分ける人を育てたい、Xはいろいろな人と対話をしながら意欲のある人の巻き込みをしていきたい。どんな層にアプローチをするかという点は、まず縦のラインをしっかり変えていき、想いがある人を巻き込んでいく。研修は単なるインプットでは終わらせず、アウトプットを意識する。」
リーダーに求められるスキルとは
長尾さん「目の前の業務課題解決ができる人、すぐ動いてくれる人ほど大事にすべきで、そういう人が評価されるようにしたい。市役所の当たり前を変えていくという意味では、デジタルスキル以前にファシリテーション能力やマネジメントのスキルが大事になる。」
育成した人材が学んだスキルを活かしていく仕組み
長尾さん「人材を育成する目的は、デジタルを使う・使わないに関わらず、眼の前の業務課題に臨んでいける人材を育てること。理想形は「その手続きをなくすこと」だが、そこにハードルがあるならどう乗り越えるかを考えていける人材を育成する必要がある。」
その他
自分もDX人材になりたいがどうしたらいいか
夏目さん「想い」と「巻き込み力」の2つのスキルが必要になる。」
業務変革に向かうモチベーションを高めるための人事評価などの工夫はあるか
長尾さん「内容をオープンにできる段階ではないが、課題として人事課などと話を進めている段階」
最後に加藤さんからの質問
加藤さん「DX推進のサポートに入っていく時に「これはヤバイ」と感じるポイントは」
夏目さん「自分事として捉えていない、外部人材に丸投げする気が満々という時は完全に失敗するパターン。自分が関わっている年度は成功させるが、多分その先が続かないので、外部人材を使う場合は丸投げをするような体制で使わないことが重要」
加藤さんからも「自治体内部で採用に関わった経験から感じるのは、自治体側でどんな人材が欲しいのか、組織として足りているスキル・足りないスキルはそれぞれなんなのかを明らかにすることがおろそかにされており、それ故に入った人材が不幸になるという現象があると感じている。まずはそれを具体化することが重要。」とコメントがありました。
感想
DX人材の必要性は、外で声高に言われるほど内部は白けていくという現象が起こりえると思っています。
DXは、最前線の現場からすると「重要度が高いが、緊急度が低い仕事」に振り分けられやすく、実際、現場でこなすべき業務が山になっている状態で、学習コストが必要なDXに率先して手をつけるかというと、よほど危機感が高まっている状態でないと難しいというのは理解できます。(個人的にはだからこそやったほうがいいとは思いますが…)
ただ、私も講演などでよく言うのは、地方自治法において「地方公共団体は、その事務を処理するに当つては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」と明確に規定されており、効率化の取組は命題とも言えます。だとしたら、全職員がそうした意識を持って、現在の社会において最大の効率化ツールであるデジタル技術の活用は、率先して進めていくべきといえるでしょう。
私自身も、市民や市役所の後輩たちのために「今日より明日を少しでも良くする」という意識を持って業務の望める環境づくりに邁進していきたいと思いました。
長尾さん(下呂市)、夏目さん(ディジタルグロースアカデミア)、大塚さん(KDDI)、加藤さん(ホルグ)、ありがとうございました!
セミナー全編はこちらで視聴可能です。
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