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だれも知らない、みんなは知ってる/純喫茶リリー#25

後から思えば、ママは引っ越しの挨拶周りをしたのだろうか。

律子の通う小学校には、登校班という仕組みがあった。
朝、近所の子どもたちが集まって一緒に学校へ向かうのだ。
しかし、律子は当然、近所の子どもたちと顔を合わせたことがない。
それに対して、彼らは幼い頃からずっと一緒で、年齢が違ってもみんな仲が良く、まるで兄弟のように育っている。その輪に突然放り込まれる律子。
入学式の翌日、初めて登校班に参加する朝、律子はママに連れられてその集まりへ行った。

「今日から一緒に行ってね、よろしくお願いします」

「はーい!いってきます」と見送りに来た大人たちを背にして学校へ向かった。
学校までの道のりで、律子は一言も口を開くことがなかった。
無言で列に紛れ、ただ自分の足元を見つめながら黙々と歩いていた。
背後から、女の子たちが小さな声でヒソヒソと話しているのが聞こえる。
律子に対して何か言っているに違いない。
いやだなぁ。律子はますます嫌な気分になった。
誰にも話しかけられず、ただ自分の足元だけを見て歩く自分がみじめだった。

学校が終わったら学童に行けと言われていた。
学童は家とは逆方向だ。最初のうちは、下校時も登校班で帰らなければならなかったが、その登校班では学童に行くことができなかった。
とりあえず登校班のお姉さんたちが怖かったので、自分の家の登校班で帰った。
家には誰もいない。

鍵も持っていない律子は、そのまま歩いて学童に向かった。
来た道を1人で戻り、家から学校を通り過ぎて、さらに10分ほど歩くと学童に着いた。

学童では、律子が来ていないことで大騒ぎになっていた。
母は、帰りは朝とは違う学童の班で下校しなければならないことを、律子に教えていなかった。
そして、登校班にも「帰りは違う班で帰る」と知らせていなかった。
まだ話したこともない登校班の人たちに迷惑をかけてしまい、律子は最悪の気分だった。
いきなりやらかしてしまい、恥ずかしさでいっぱいだったし、これからも優しくしてくれる気がしなかった。

やはり翌日からも、登校班では一言も喋れなかった。
そして誰からも声をかけられることはなかった。
朝、班の子たちは誰も挨拶をしない。全員が揃ったら無言で出発する。
その無言の列で学校に行くのが、本当に嫌だった。朝から気が重かった。

クラスメイトの母親たちはみんな家にいて、律子のママのように家にいないことは珍しいようだった。
当然、学童に通っている子どもも少なく、学年で律子ともう一人、マー君という気の弱そうな男子しかいなかった。
その他には、別の小学校に通う2年生と6年生のお姉さん、同じ1年生の乱暴な一平くんがいた。母が迎えに来る夜の7時くらいまで、この5人で過ごした。
学童のおばさんは、ひさちゃんという妊婦さんだった。
学童にいる時はそれなりに楽しく過ごすが、怒ると怖い一平くんにはいつも緊張していた。
学童から一歩出ると、なぜか人見知りが発動して、学校で会ってもマー君とは口を利かなかった。マー君も律子に話しかけてこなかった。律子は、学童よりも家で一人でテレビを見ている方が気が楽だった。

「またしてもだ。」

律子は幼稚園の頃を思い出した。
何の心の準備もなく、いきなり知らない保育園に放り込まれたあの時。
小学校も同じだ。周りはみんな友達同士で楽しそうにしているのに、自分だけが一人ぼっちで、知っている顔なんて一つもない。
どうやって話しかけたらいいかもわからない。

最初のけやき保育園で培われたプライド。それが律子をじゃましていた。自分から歩み寄るという術を知らなかった。
そして、周りの楽しそうな姿を見るたびに、劣等感が心に重くのしかかってきた。けやき保育園ではちゃんと友達もいたし、先生だって律子のことをよく知っていて、「りっちゃん、りっちゃん」と親しげに名前を呼んでくれていた。それが今では、誰も自分を知らない。

「ずるいじゃん、みんな保育園からずっと一緒だなんて。」

律子は悔しくてたまらなかった。

「私だって友達くらいいたのに。」

突然こんなところに連れてこられて、みんな律子のことを気にもかけない。休み時間に校庭で遊ぶ他の子どもたちを見ながら、
「本当は律子はすごいんだから。鉄棒だって律子の方がうまいし、足だって律子の方が速いんだから。一緒に遊んだら絶対勝ってやるのに。」
いつしか、対抗心が芽生えていた。









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まさだりりい
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