5. ヤンキーみどりちゃんと禁断の一口/純喫茶リリー
リリーに来る大人の中で一番若いお客さん、それがみどりちゃんだ。
律子をかわいがってくれる派手で少しぽっちゃりしたお姉さん。
金髪で、よくオーバーオールを着ている。
名前を意識しているのか、緑色のトレーナーをよく着ていた。
リリーに来るお客さんの中では珍しく、真っ赤じゃないピンクの口紅をしていた。
律子はみどりちゃんを大人の女性だと思っていたが、後から聞いた話によると、彼女は高校を中退して妊娠中だったらしい。
だから実際の年齢は17〜18歳だったのかもしれない。
みどりちゃんは、起きる時間が不規則で、いつも突然リリーにやってくる。
ある日、店で暇そうにしている律子に、「うちに遊びにおいでよ」と声をかけてきた。
律子は人見知りだった。店では慣れた人とはよくしゃべるが、店の外で二人きりになるのは不安で苦手だった。
みどりちゃんと二人きりなんて嫌だなぁと思ったが、ママが後ろから「行ってきなさい、行ってきなさい」と大きな声で急かすので、断ることもできずに遊びに行くことにした。
律子は、そういう空気を読める子供だった。
みどりちゃんの家は、店からすぐ近くの2階建てアパートの1階にある6畳くらいの小さなワンルームだった。
みどりちゃんが律子にお風呂場を見せてきた。
なんでお風呂場なんか見せるんだろうと思っていたら、湯船の端に腰掛けてタバコを吸い始めた。
律子は、みどりちゃんの口から流れ出る白い煙をじっと眺めていた。
「吸ってみる?」
みどりちゃんは、火のついたタバコを律子の口元に差し出した。
律子はまだ6歳だ。
タバコなんて吸ったら警察に捕まると思った。
びっくりして「そんなのダメだよ、いいよ」と断ったが、
「大丈夫、大丈夫、ちょっとだけ吸ってみなって。あ、でもママには内緒だよ。」
と、律子の口にタバコを近づけた。
律子はそれ以上拒否できず、恐る恐る咥えてみた。
緊張して息を止めたままひと口だけ吸って、「もういい」と、みどりちゃんに返した。
みどりちゃんは「ね?どうってことないでしょ?」と笑った。
律子は味も全然わからなかった。ただただ、ドキドキした。
その後、みどりちゃんの家でどう過ごしたか全然覚えていない。
でも、店に戻る時、律子はものすごい勢いで走って帰った。
走りながらドキドキしていた。警察に捕まるのではないかとキョロキョロと周りを見渡した。
もし捕まったら、牢屋に入れられちゃうのかな。
どうしよう。絶対誰にもバレちゃダメだ。
みどりちゃんのせいで、とても悪いことをしてしまったという罪悪感と同時に、大人しかできないこと、すごいことをしたような高揚感もあった。
リリーに着いて、「みどりちゃんち、楽しかった!」と言った。
もちろんタバコのことは内緒だ。
その日はタバコを吸ったことがバレないかドキドキしていたが、翌日にはすっかり忘れた。
警察も来なかったし、誰にも疑われなかった。
意外にバレないもんだなぁと思った。
律子は「悪いことしても警察にバレなければいいんだな」と考えた。
後から思えば、みどりちゃんも子供にタバコを吸わせるなんて悪いことをしているから、ママに言うわけがない。
でも、それからしばらくの間、律子はみどりちゃんに会っても、なんだか気まずくて目を合わせなくなった。