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ママ、あのカメラマン、大丈夫だったよね?/純喫茶リリー#33

「写真撮らせて!」

ある日曜日、リリーでは珍しい若い常連のお兄さんが、ヒマそうな律子に話しかけてきた。
そのお兄さんは、見た目もかっこよく、外国人みたいな雰囲気。茶色の薄い目にサラサラの茶色い髪をしたイケメンだった。

「俺、カメラマンなんだ。」

そう言って、お兄さんはリリーの真っ赤な壁紙を背景に、律子の写真を撮り始めた。
「笑って!」「こっち向いて!」と言われても、
律子は恥ずかしくて「やだ、やだ」と苦笑いしながらカメラを避けた。

でも、何度か会ううちに慣れてきて、リリーの店の前でも写真を撮られるようになった。見せてもらった写真はどれも白黒で、気の抜けた顔や大笑いした顔ばかり。
律子は「本当はもっとかわいいのに」と内心納得がいかなかった。

そういえば、リリーの常連さんはちょっと変わった人ばかりだった。
あのカメラマンもやっぱり。

ある日、ママに「あの人ってどんな人?」と聞くと、
「ちり紙交換をしながらカメラマンやってるんだよ」と返ってきた。
言われてみれば、白い軽トラに乗っているところを見たことがあった。

しばらくして、「大きな仕事が決まった」と言って、お兄さんはニュージーランドへ行ってしまった。
数年後、小学5年生になった律子の前にお兄さんが現れた。
ニュージーランド土産の羊毛ポーチをくれたが、久しぶりすぎて律子は恥ずかしく、そっけなく「ありがとう」と言っただけだった。

そういえば、律子は小学校でもそうだった。
夏休み前まで普通に仲良かったクラスメイトにも、
夏休みが明けて新学期になったら、また人見知りが発動してそっけなくなるタイプだったのだ。

お兄さんが見せてくれた雑誌には、ニュージーランドの鮮やかな緑の景色やラグビーの写真が載っていた。
写真の色彩や躍動感は強烈で、大人になった今でも律子の脳裏に焼き付いている。
あの白黒写真の律子しか知らないカメラマンが、こんなすごい仕事をしていたなんて。
ちり紙交換をしてるビンボー学生のようだったのお兄さんと
ニュージーランドで華やかなカメラマンをしてるお兄さんとが結びつかなくて、リアクションができなかった。
目を逸らして、そっけない態度の律子に、お兄さんは悲しそうな顔をした。
律子は罪悪感を覚えた。


そして、何年かすぎて、大人になった律子は、ふと不安に思った。

あの時のお兄さんって、幼女趣味とかなじゃいよね?


だって、あの頃の自分は可愛くなかった。
ガサツで小汚く、自己主張が激しい子供だった。
それなのに、お兄さんは「かわいい」と言って、優しく接してくれた。
触られることはなかったし、純粋に写真が好きだったんだろう。
それでも、大人になった今だからこそ、妙に引っかかるものがあった。

写真を撮られたことを思い出すたびに心がザワザワした。

いや、そんなはずはない。
たぶん本当に、カメラが好きで、行きつけの喫茶店の子供を撮ってくれただけなんだろう。
そっけなくしてしまった時のちょっと悲しそうな顔がわすれられない。
あんなに可愛がってもらったのに、こんな疑いを抱くなんて、自分でもひどいと思う。
不義理をしたなぁと反省する気持ちと、やっぱり気になってしまう律子がいた。
もしかして考えすぎなのかもしれない。
でも、やはりどうしても気になって、思い切って律子はママに聞いた。

「ねぇ、あのカメラマンのお兄さんって、どう思ってたの?」

ママは一言、

「あぁ、あの人か。 なんか気持ち悪かったね」


…おい、マジか。
そんなふうに思ってた人に、なんで律子を2人だけで写真撮らせた!?
一番怖いのはママだよ…。





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まさだりりい
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