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消えた公園。オセロは真っ白、心は真っ黒。/純喫茶リリー#31
ローラースケート事件を境に、父と過ごす日曜日から公園が消えた。
その代わりにやってきたのは説教タイムだった。
父と家で過ごす日曜日は、律子に国語の教科書を音読させたり、難しい問題を出して試す時間が増えた。
父に促されて律子が音読を始めると、途中で何度も止められる。
「この漢字、読めるのか?」
まだ習っていない漢字でつまずいた律子。
父はため息をついて「こんなのも読めないのか」と呆れた。
聞かれた漢字を読めたら読めたで、「じゃあ意味は?」と追い討ちをかける。
律子が答えられないと、「そんなんじゃテストに出たら書けないぞ」と呆れ顔。「お前はもう少し本を読め」と、またイライラされてしまう。
律子は悔しくて「わかるけど考えてただけ!」と反論したかった。
けれど、父の機嫌が悪くなるのが怖くて黙った。
オセロや囲碁を教えてくれたこともあったけど、律子が勝てるはずもない。
「強い方が白を使うと決まっているんだ」と、いつも白を独占して律子をボコボコにひっくり返す。何度やっても、真っ白になった盤面を見るたびに悔しくて泣いた。
一度たりとも勝つチャンスすら与えてもらえないオセロが、律子は大嫌いになった。
盤面を見るたびに心の中で叫んだ。
「こんなのぜんぜん楽しくないじゃん。地獄だ!」
どうせ勝てない、何度もやっても面白くない。
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律子は、お父さんのことが本当に大好きなはずだった。
月に1、2度しか会えない父が帰ってくると、律子は嬉しくてたまらなかった。
それなのに、思い返せば、いざ2人きりで過ごしても、笑って過ごすことはあまりなかった気がする。
一緒にテレビのお笑い番組を見て笑っても、お父さんは
「今のは何がおもしろかったのかわかってるのか?」と質問してくる。
一瞬で笑顔が消えて、答えられずに黙る律子。
心の中では「せっかく面白かったのに。そんなのどうでもいいじゃん」と反発していた。
ある日曜の午後、家でやることがなくなった父は「リリーに行くぞ」と律子を連れて行った。
リリーに着くと、父は車を駐車場に止めて、黙って洗車を始めた。
律子は隣でバケツの水を変えたり雑巾を渡したりする係。
その後、父は「買い物があるから」とスーパーへ行き、ついでに本屋で立ち読みして時間を潰した。律子は漫画のコーナーで立ち読みして父を待った。
リリーに戻ると、店内に入ることもなく、父はまた駐車場でタバコを吸って一息つく。結局、父にとってのリリーは、家族で過ごす場というより「時間つぶしの延長戦場」だったのだろう。
そんな日が続くうちに、律子も次第に気づいていった。
父のことは嫌いではない。
でも「楽しい」とは言い切れない。
律子には、なぜ楽しくないのかはわからなかった。
それでも、父に誘われると、素直について行った。
一緒にいると少し窮屈な気分になるけど、日曜日に1人で家にいるよりは、父とリリーに行く方がマシだったからだ。
だって、月曜日の学校では、「昨日は何をしていたか」が話題になる。
クラスメイトは、日曜日に家族とプールや動物園、イベントに行った話を楽しそうにしている。
律子も「昨日はお父さんとお出かけしたよ!」と、友達に言えるだけで、なんとなく負けてない気がした。
律子にとって、そんな些細なことがとても大事だった。
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