歯医者卒業した
歯医者卒業した。
いや、卒業とかあるんだ。永遠に終わらないのかと思った。
ずっとずっとここにいるんだと。
あたい、もうここのうちの子になるんだって、どっかでそう思ってた。
機械式の椅子に縛られて、永遠に唾液を吸われ続けるんだって。
でもそうじゃなかった。
思い返せば、ここで3医院目。
治療が終わらないまま3つの歯医者を渡り歩いてきた。
いやセカンドオピニオンとかじゃなくて。ただただ居られなくなってた。
そんなことある?
最初の歯科医院は、1on1方式というか、
一人の医者が一人ずつ患者を見ていく小さな歯医者さんで。
まー、ここの医者はとにかく落ち着きのない人だった。
ワンオペというのもあるんだろうけど、治療中ずっとバタバタ走り回ってた。
マジでそんな短い距離で走んないで欲しい。
経験上、短い距離走る人ってミス多いから。
実際全然終わらなくて、治療中の歯から虫歯になっていくので別の歯医者に移動した。
そんなことある?
2つめの歯医者は担当医が専任でついてくれるところで、
寡黙だけど仕事が丁寧な先生だった。
最初に僕の歯を見て、全歯虫歯です、どんな治療してたんですか?と、なんか怒られた。
仕様書がないまま他人のソースコード引き継いだエンジニアの顔してた。
ごめん。前の、走る歯科医のせいだけど。なんかごめん。
で、仕切り直した治療も1年ほど経って、
いよいよ大詰めというところで、担当医が解雇された。
そんなことある?
あの、歯の治療中に担当医が解雇されたことあります?
歯科医院自体が潰れたことは?
覚えておいて、
そのときこっちができること、左手上げるくらいしかないから。
まあ、そのことは以前こちらで書きました。
1年前じゃねえかよ。
で、今の歯科医院。
ここは、一人の執刀医が数人のアシスタントを使って
複数人の患者を同時に治療するという、
なんというか、野戦病院みたいなシステムを導入してまして。
まあ、大騒ぎ。
ちょっと、あれ取ってー!はいただいまー!
いやこれじゃなくて、あっちのやつで!はいはい!
あったあった、あれ?被せ物ひとつ無い!おーい!これどこやったかわかるー?
探すので進めておいてください!
わかったあと頼む!ここは任せた!
了解!これより当直任務に当たります。フタマルサンマルより合流を予定。オーバー!
みたいな殺伐とした雰囲気で。塹壕にいるのかと思った。
もしかしたら敵から攻撃を受けてるのかもしれない。
こっちは顔の上にタオル乗ってたからわからんけど。
そんなところに、また引き継ぎ仕様書のない事故物件こと僕が投入されたわけで、
それはもう混乱してた。
うわー!何だこれちょっと来てください!どうなってますか?
わからん、いっかい開けてみて。うーん、だめだもうやり直そ。それしかないよ。
という会話が繰り広げられて。
いや、今思ったけどそれ裏でやってくんないかな!!
全部聞こえてんだよこっちにさー!
手間かけて申し訳ないとはすごい思うんだけども。
でもこれ、僕のせいですか?
ここ1年口開けて寝てただけですけど。
でもなんか、なっちゃったの!こういう感じに!
ごめんて!
そんなこんなで。
まー、仮歯から本歯にならないならない。
つけては外し、つけては外し、トライアンドエラーを繰り返して。
あんま口の中でトライアンドエラーやらないで欲しいんだけど。
僕の口の中、スタートアップ企業じゃないから。
VCからの出資を一年で溶かしかけてるIT系スタートアップじゃないから。
さらに1年かけて、ようやく予定されていた治療が全部終わって、
先日、晴れて卒業を言い渡されました。
長かった。
気の遠くなるような歳月を要した。
いつもドライな受付のお姉さんが「長かったですね」「お疲れ様でした」などという本来のオペレーションにないこと言ってた。
あれは明らかに「お勤めご苦労さまです」のニュアンスだったと思う。
む、やっぱりシャバの空気はうまいな。
ここに来た頃は、もうここでずっと暮らしていくんだって、小童みたいに震えてたもんだ。
けどよ、いざ外に出てみりゃ、これだ。
あんまり長く務めたもんで、これからどう生きていいか分からねえのよ。
歯医者がない暮らしってのがどんなものだったか思い出すこともできねえ。
悪いが肩貸しちゃくんねえか。
塀の外は、今の俺には風当たりが強すぎて、
歯にしみらぁ。
(風に舞い上がる診察券を背に)
歯ブラシ新調して帰るわ。