行動経済学と新しいお金
もちろんにわかなんですけど、行動経済学っていうのを少し調べると、
人間って価値を相対的に認識してるんだなと、思いますね。
その相対を測るための幅が場合によって変動するんですけど、
とにかくその外側にあるものは上手く認識できない。
一方、経済の主役である価値の記号「お金」は絶対値管理なので、
相対の認識とズレが生じる。
結果、不合理な決断が生まれてしまう。というような感じかなと思います。
時間や大きさが極端に自分の相対認識レンジから離れると、いまいちよくわからなくなる。
近くのものは大きく、遠くのものは小さく見える。
利益と損失では損失のほうが大きく見える。など。
■ 行動経済学まんが ヘンテコノミクス
が、簡単にマンガで教えてくれてて、
僕みたいなにわかでもわかりやすいです。
例えば
↑「双曲割引」
近い将来の変化の方が遠い将来の変化より大きく感じる。
↑「損失回避の法則」
目先の損を嫌う心理。
↑「感応度低減性」
全体の母数の大きさによって、絶対的な金額の価値を大きく感じたり小さく感じたりする。
などなど。
なるほど確かにそうだなー。と。
人って不合理なもんだな。
ただね、損しないように買い物することが必ずしも幸福かというと、
なんかそれは、そうでもなさそうじゃないですか。
ものを買うって、金品の交換意外の部分でもたくさん価値の移動が起きてるし、購入前、購入後にも連続した体験の流れがある。
コンポを買うには長い時間検討して、なんなら昔から憧れたブランドがあって、サイズを測って、部屋の配置も考えて、試聴なんかもして、ようやく買いに行くわけでしょう。そしたら行きがけに安売りのチラシ見かけても、あんまりそっちで買いたくない。自分の中の価値を下げたくないし、特売の札が貼られたものより、正規の値段で買ったという誇りと共にありたい。
それは損得で言えば不合理な判断ではあるんだけど。
購入自体は、買う前の高揚感、買った後の生活の間にあるタッチポイントでしかなくて、その前後を含めた一連の体験を買っているとも言える。
(そのために広告があるんだと思うけど)
例えばそういう前後関係や、消費者固有の条件によって相対的に価値が変化する通貨ができたら面白いな。
全てが電子マネー化されたら、これまでのお金の絶対値的な概念が変わってくる。それは価値をある部分相対的に管理するものでもあり得て、消費者の運動、企業への関わりは「自分のお金」の相対価値を高めるためのものになる。
特別に思い入れのある商品を買うときのお金には、他より高い価値があるし、裕福な人の取るに足らない1万円より、バイトして貯めたなけなしの1万円の方が少しだけ良い品物と交換できる。
自分の意識や行動量によって日々「自分のお金」の価値は変動する。
一番欲しい、一番必要な時に買うのが適切だし、
切実に必要な人の為に、商品は存在することができる。
なんというか、等価交換っていう考え方は薄れていって
贈与と交換のハイブリッドと言うか。
その瞬間本当に必要な人のために、そうでもない人が少しだけ譲るシステムと言うか。
政府が信用を担保することで成立していたお金から、ブロックチェーンというシステムを担保にした電子マネーにかわり、やがて人の運動や時間を担保にした新しい価値基準が生まれるんじゃないか。
あ、なんかそれはそれで殺伐としてくる気もしてきたけど・・・。
「価値=幸」じゃないってことよな。
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