響子と咲奈とおじさんと(36)
第五章 一人歩き
飛び立つ。
4月1日の入省式を控えた3月終りの日曜日。マンションから出てくる咲奈と晋平。
「忘れものは無いか?」晋平がポツリと言う。
「うん、多分、、、あったら捨てといて。」と咲奈。
「うん。分かった。」
「いい天気になったね。桜も咲いてるね。」
「うん、良かったな。」
蒲田駅までの道をゆっくりと歩く二人。咲奈の大き目のボストンバッグを晋平が持っている。
このまま駅に着けば、それがお別れとなると二人とも思っている。
出来るだけゆっくりと歩き、二人の時間を増やしたい気持ちも無くは無いが、ごく自然な歩き方になる様に、二人は歩いた。
駅前のロータリーに着いた。改札口へもう少しと言う所で咲奈が立ち止まる。晋平も合わせて立ち止まる。
「おじさん。」と言うと晋平の方へ向きなおす咲奈。
「うん。」と答え、向き合う様に立つ晋平。
「晋平さん、本当にありがとうございました。……咲奈は、、、咲奈は、飛び立ちます、、、、、、たまには、連絡します、、、、元気ですって、報告させてください。」
「うん。咲奈さん、、、ありがとう。、、、いってらっしゃい。……元気ですの報告、待ってます。」
「高杉晋平さん、、、元気で、、、、」そう言う咲奈、目から堪えていた涙が頬を伝った。「最後に、ハグ、、、して。」
晋平、頷き手に持っていた咲奈のボストンバッグを床に置き、両手を咲奈の背中へとまわす。
咲奈は晋平の胸から肩にかけて頭を乗せ、両手を晋平の背中へまわす。
大きく深呼吸をした咲奈、晋平から離れ、右手で頬や目の涙を軽く拭うと、ボストンバッグを持った。
晋平へ向けて無理した様な笑顔で大きく頷くと、改札口へと向けて歩き出した。
改札口の中へと入った咲奈、歩みを止め振り返る。そして、、、
「おじさんっ。行ってきます。」と大き目の声で晋平に向かって言った。右手で敬礼の仕草をした。
晋平は右手を上げ、目を閉じながら大きく頷き、「気を付けて、、、、行ってらっしゃい、、、」を最後に小さな声で付け加えた。
咲奈、歩き出す。
咲奈は、茨城県水戸市の関東農政局茨城県拠点へ配属され、響子は群馬県の高崎河川国道事務所へと配属された。
咲奈と響子は、普段はメッセージやラインで一言二言交わし、週一程度、電話を掛けたりしている。
醍醐はある音響機器メーカーへと就職し、金沢の工場へ3年間勤務となった。いずれは東京へ帰れると言われている。
夢中で駆け抜ける一年目。響子は月一度、醍醐の元へと通う。咲奈の所へはこの一年で2回来た。咲奈も響子の所へ2回程度行った。
咲奈と響子、それぞれの職場での愚痴を言い合いながら、お酒を酌み交わす。
「醍醐君とは最近どう?毎月、通ってるんでしょ?」
「うん、行ってる。新幹線が有って便利だわ~、金曜日の夜でも行けるから。」
「日曜日の夕方に戻ってくるの?」
「うん、でも最近は少し早く帰るの。洗濯とか掃除とかしたいし、、、」
「ふ~ん、、、響子が早く帰るの醍醐君、引き留めたりしないの?」
「それがねぇ、、、、土曜日も出社したり、日曜日は会社の野球部で草野球してるし、、、ややほったらかし気味でね、、、、時々喧嘩して、、、、そのまま帰ったりする。」
「危機じゃん、、、何とか修復出来ないかな、、、」
「う~ん、、、、まあ、私がおおらかな対応すれば良いんだけどねぇ、、、なかなかねぇ、、、、」
「難しいねぇ、、、醍醐君は浮気の心配は無さそうなの?」
「分かんない。言い寄られると断んないかも、、、誰かに強く出られるとすぐ、”ハイ”って言っちゃう子供みたいなもんだもん。ちょっとは覚悟してる、、、」
「響子、、、お母さんの様な気持ちになってる?もしかして、、、」
「え、お母さん?、、、そうかもねぇ、醍醐って小学生がそのまま大人になってる様なもんだもんねぇ。」
「そう言えば誰かがさぁ、男性はみんな5歳児の心を持ったまま成長してるから、幼児教育の本が参考になるよって言ってたの今、思い出した。」
「それ、聞いた事ある。5歳児の怪獣の様なところ、15歳の頃の中二病のような所、みんな持ってるって、、、で、色んな事が上書き出来なくて前の事を消去できないから、デスクトップにアイコンがひしめいてるって。」
「うんうん、ゴミ箱へ移動できないから昔の彼女の事とか、好きな事とか突然、立ち上がるのかもね。」
「そうかあ、醍醐も仕事のアイコンが増えて、野球のアイコンがまたクリックされて立ち上がって、ビジーな訳ね。いま、、、」
「うん、そうだろうねぇ、、、ゆっくり気長に付き合ってあげないとね。焦って、別れちゃったりすると醍醐君、ストーカーになっちゃうかもよ。」
「それも面倒臭いなあ、、、うん、気長に行くわ、、、、それにしても咲奈、大人になったねぇ。私に恋愛の指南なんかしてるし、、、グフフフ」
「でへ、指南なんか出来るほど経験してないけど、晋平さんのおかげかな?男の人ってこんなんかな~って晋平さん基準だけの範囲で分かるし、、、」
「晋平さんと連絡してるの?」
「うん、最初の頃はしてた、、、今はしなくなっちゃった、、、会いたくなるから、、、、」
「親離れ、ってかおじさん離れ、出来ないね。」
「うん、出来ないみたい。誘われても直ぐ晋平さんと比べるし、、、こんな時は晋平さんみたいにしてよって思っちゃうし、、、、だから、、、誰とも付き合えないの。」
「咲奈、、、あんたもゆっくりいこうか。」
「うん、そうする。ゆっくりいきます。」
「じゃ、そう言う事で 乾杯。」
「乾杯。、、、あははは。」
「ハハハハ。」
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