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広島協奏曲 VOL.4 振り子 (10) 投稿 10 結婚
投稿 10 結婚
半年後入籍しました。私が新谷雪子になりました。翼君に着いて行こうと思ったからでした。
青木のままで、翼君が青木になったら、翼君がどこかへ行こうとした時、足枷になるのではないかとも思いました。
式自体はせず、披露宴をレストラン貸し切りで行いました。
明日美にも、明日美のお父さんも来て貰い、勤め先からも数名来て貰いました。
披露宴の翌週、翼君の両親から話がありました。
「畑と果樹園を譲ってくれないか。そこに家を立てさせてくれないか。ここに移り住みたい。」
畑と梅や栗の栽培に挑戦したいそうです。二人の結婚を待っていた様です。
手入れを兼ねて委託していた組合の方に聞きました。組合員の高齢化で契約終了の案も出ていたので、指導とかしっかりするから、是非やってみてくれと言われました。
ご両親の住む家は、耕作地付き別荘で借りていた物と同じ家を建てると言います。
私たちが住む今の家は、いずれ建て直せばいいと言ってくれています。多少の資金は生前相続で出せると言います。
広島のマンションは、妹さんへ譲るか賃貸に出すと言います。売っても構わないと言います。
背負っていた荷物が次々に、下ろされていく感覚でした。
楽になるのかなと思う反面、失くしてしまう、惜しくなる感覚が増していきます。
そんな思いを翼君に相談しても、
「じゃぁ、雪はどうしたいん?、、、多少の世話は俺も出来るが勤めもあるけぇ、気に入る様には出来んぞ。」
そうです。翼君の言う通りです。
仏壇の前で、「ごめん、、、うちには荷が重すぎるけぇ、下ろすね。」と報告しました。
案ずるより産むが易しなんだと思いました。いえ、思う事にしました。
義両親の家が出来た頃、妊娠が判明。
果樹園の梅の花が咲くころ、無事に女の子が誕生。
義両親の梅と栗の果樹園管理も、組合員の指導で順調です。
私が職場復帰するときも、義母が孫の世話をさせろと鬼気迫る勢いだったので、子供園には預けませんでした。
でも、3歳になったら必ず保育所へ預ける条件で、義母に預けました。
父が亡くなり、一人になって、一人で生きていくのかと思っていた時から見れば、ここはまるで花が咲く楽園になりました。
穏やかで慌ただしく、遠慮がちらほらする中で、イヤミの一つや二つが混じる微笑ましい会話の楽しい暮らしが、続いて行きます。
この明るさは、私の両親と暮らした頃とは違う明るさです。
明るい家庭って、基準は無い、模範も無い、レベルも無い、ハードルも無い。暮らす人の心の持ち様で様々だと思いました。
そこにいる家族が、作っていくんだと思いました。
直ぐ機嫌の悪くなる人、人の悪口を言う人、自分勝手な人が家族に居ると、上手く行かなくなります。
明日美の家族を見ていたので、強く思います。 でも、明日美はそんな環境でも良い人になっています。
誰か傍に居て、心の支えになってくれていれば悪い人にはなりません。 私の母が傍に居る役をしてくれました。
若い頃は、それが私の嫉妬の要因でしたが、今に思えばそれでよかったのだと思います。
妬みや僻みが高じて、明日美を嫌いになったり、攻撃しなくて本当に良かった。
2年後、男の子が生まれました。そして、その3年後にまた、男の子が生まれました。
長女は小学校へ、長男は保育所へ、次男は義母の元へ、私はJAへ、パパはホームセンターへ、義両親は果樹園へ。
役割分担が出来ています。この分担が崩れる時、大きな溝が出来そうで心配になります。
でも、翼君と義両親なら何とかなりそうです。
頼れる人が傍に居る事がどれほど心強いか、本当に良く分かります。
3人の子供を育てて行こうとしていた矢先、翼君が勤め先を辞めたいと言い出しました。
「辞めてどうするん?」と聞くと。
「ここをキャンプ場にしょうかぁ思うとる。梅や栗の収穫も大変そうやし、観光農園風にすりゃ、手間が省ける。」
ドヤ顔の翼君が、嬉しそうです。深刻な顔をしていません。それに少し、イラっッとしました。
「キャンプ場、、、観光農園、、、売上の見込は?、、、安定収入は?、、、」
「キャンプ用品の店を置く。通販もする。雪は勤めを続けて欲しいんじゃ。今はワシより多う貰うとるし、、、」
「子供は?、、、もうすぐ下の子らが小学校へ行くんよ。」
「わしが立ち回る。今まで全然できんかったし、上の子の運動会やお遊戯会も行けん時あったし、なんかすげえ損しとった気分なんじゃ。」
「あ~、、、分からんでも無いねぇ、、、」
「親父とお袋にゃ俺から話す。駄目じゃゆうてもやってみたい。やってみて駄目じゃったら、、、そん時考える。」
不安はもちろんあります。果たして本当にうまくいくのかどうか。でも、やってみなくちゃ分かりません。
翼君の希望通りになっても、休みの日は家族と合わせられません。休みの日が忙しくなります。
でも翼君の好きな釣りも、結婚以来自由に行けていないのも、申し訳ない気がします。ここでの仕事なら、平日に休みが自分の予定で取れます。
それに、翼君には負い目を感じています。
こんな田舎の、三拍子揃った女と一緒になってくれて、子供を3人も授けて貰い、義両親と合わせると7人の大家族を味わう事が出来て、
これと言う資格も無いのに仕事も続けさせてもらい、新しい家を建てても良いと、しかも好きな間取りにしろと、、、
翼君に好きな様にして良いよ。と伝えました。
昔、林檎や柿、梨を植えていた所をオートキャンプ場にしたいそうです。
新しく建てる家と、受付事務所、売店、キャンプ用品を置くお店、トイレ、シャワー室を一緒に作りたいそうです。
造成工事は、ホームセンター馴染みの土建屋さん。家や事務所関連は、農協にもホームセンターにも付き合いのある工務店さん。
義両親が借りていた耕作地付き別荘は、その工務店さんのものでした。
土建屋さんに相談すると、その場所は緩やかな斜面なので、大きな半円形の駐車地と芝生で数台用のスペースを2段で作ろうとの話になりました。10台分位できそうです。
新しく建てる家は、平屋建てとしました。高齢者になった時、階段の上り下りは辛いからと言う理由です。
売店、お店は別荘のコテージを流用。トイレとシャワー室は、男性用と女性用を別棟としました。
約一年の工期で、完成しました。
折からのキャンプブーム。キャンプ用品も”忘れて来た”、”壊れた”の理由で、そこそこ売れます。それに、より良い物を持っている人のギアを見ると、欲しくなる人もいます。
果樹園の方は、梅の実の成る6月と、栗が落ち始める9月から10月に、千円で入園して貰い、一定数を引渡し残りは買い取ってもらうか、貰い受けます。
予約を入れて貰わないと、入園出来ないくらいの評判になりました。
これで、青木雪子、今は新谷雪子の半生の投稿を終わります。
これと言って、悲劇の無い半生です。むしろ、幸運に恵まれた方だと思います。
これから、今までと同じくらいの年月を生きていくと思います。
大家族となったので、旅立ちやお見送りはその数、あると思いますが、ありがとうの言葉を添えます。
もし、私の方が早く居なくなる様なら、ありがとうの言葉で旅立つつもりです。
大家族でもう一つ家族が2頭増えました。果樹園管理担当の山羊のハクとボク(墨)です。主に下草の処理を担当して貰っています。
ではみなさん。うちのキャンプ場と観光果樹園に起こしください。
また、お会いしましょう。