女神 (24) 膨らむ恋心
膨らむ恋心
翌朝、7時過ぎ。雄大、目が覚めた。ベッドを見ると香織はまだ寝ている様だ。
トイレを借り、キッチンの水道から水を出し両手で受け、飲む。シンクに当る水の音に気付き香織が目覚め、上体を起こした。
「おはようございます。寝れましたか?」雄大、ジーンズのお尻ポケットに手を突っ込み、濡れた手を拭く。ハンカチを忘れていた。
「あ、タオル出します。すみません、、、気が付かなくて、、、」香織はベッドから降り、押し入れからタオルを出してくれた。
「すみません、、、ズボラなとこ、見られちゃいました、、、へへっ。」雄大、ちょっと恥ずかしい。
タオルを受け取り、形だけ手を拭く。そのタオルを香織が受け取る。
「何か買ってきましょうか。通りに出た所にコンビニがあった様な、、、」
「お金、出します。……うち、食べる物、今無くて、、、」香織、鞄の中の財布を取出し、一万円札を一枚、雄大に手渡そうとする。
「良いですよ、俺、出しますから。」
「駄目です。わざわざ来て貰ったんですから、、、」
「……じゃ、ボーナス出た時の山下さんの奢りって事で、、、」雄大、微笑みながら一万円札を受け取る。
「えっ、、、それはまた、別な時に、、、」香織、自分で言った後、恥ずかしくなって下を向いた。
【……誘っちゃった、、、】
「カギは掛けてください。チェーンも。じゃ、ちょっと行ってきます。」雄大が出掛けた。
香織、ドアを少し開け雄大を見送りカギを閉める。トイレに行こうとユニットバスに入る。
【わっ!、何?この頭、、、爆発してんじゃん、、、】鏡を見て驚いた。寝ぐせとぼさぼさの髪。
【あ~、起きてからずっとこの頭?、、、やだぁ~恥ずかしィ、…… もうっ、言ってくれれば良かったのに、、、】
水を入れた霧吹きスプレーを髪の毛にかけ、ブラシでとき、黒ゴムで止めた。
チャイムが鳴る。恐る恐るドアを少し開け外を窺う。知らない人だったらどうしよう、、、。雄大だった。
「今、開けます。」一度ドアを閉め、チェーンを外しドアを開けた。
「適当に買いました。」手に持ったコンビニ袋を顔の位置まで掲げ、香織に見せる。
雄大が買って来た物、紙コップ付きのコーヒー、ペットボトルのお茶、紅茶、コーラ、水。菓子パン4種類、サンドイッチ。チャーハン、牛丼。
「……何か、男の買い物ですね、、、これじゃ、、、」雄大が頭を掻きながら苦笑いするのを見て、香織、微笑む。
【笑った。少しは落ち着いたかな。】「これ、お釣りです。」雄大、お札と小銭とレシートを差し出す。
香織、それを受け取り財布に入れ、「お湯、沸かします」小さなキッチンの前に立つ。
【チャーハンと牛丼はお昼用かな?……何時帰って貰おうか、、、何時まで居てくれそうかな、、、】その二つを冷蔵庫に収めながら香織、考えた。
【髪の毛、整えてる。気が付きましたか、、、子供みたいで良かったけどな、、、】雄大、香織に見えない様に微笑んだ。
お湯が沸き、紙コップでコーヒーを作りサンドイッチから二人で食べる。
キッチンの籠に香織用の食器がある。茶碗、湯呑み、皿2枚、箸、しゃもじぐらいしか無かった。その横に小さな炊飯器と電子レンジ。
【普段、コーヒーとか飲まないのかな?、、、あ、湯飲みで飲めるか、、、】朝方、雄大がトイレに行った時思ったので買ってきた。
「落ち着きましたか?、、、少しは眠れましたか?、、、顔、ちょっと穏やかみたいで、、、」
【何話そう、、、立ち入った事は駄目そうだし、、、子供時代の事も、学生の時とかも、、、無理か。】
良太なら話題がポンポン出た。良太の事も知りたかったし、良太の居た業界の事は色んな人が居てモザイク模様の様で面白かった。
「はい、落ち着きました。おかげ様で、、、よくれ寝れました、多分。安心したみたいで、、、」
【渡嘉敷さんて、どんな人なんだろう。優しい人は判る。でも一度許すとオラオラ系の人がいるってネットにもあったし、、、見た目じゃ判んないし、、、
素直に直球で聞いてみる?どんな人とどんなお付き合いされたんですか?って、、、
でも、そんなこと聞いちゃうと、付き合って欲しいって思ってるって思われちゃうんじゃない?……それも困るし】
「良かった。来た甲斐がありました。……もっと頼って貰って良いですよ。出来る事は何でもしますから。……」
「昨日の犯人、捕まって無いんですかね、、、まだだったら近くに潜んでるかも知れないし、、、」
「ん~、どうですかね?、、、、、、さっき、アパートの下に警官の人が立ってくれてましたが、まだかも、、、ググってみましょうか?」
雄大、スマホで”西日暮里 強盗”で検索してみた。
「あ~、事件があったぐらいしか載っていないですね、、、」雄大がそう言うと
「……やっぱり、一人じゃ怖い、、、」香織、下を向き弱弱しく呟くように言う。
「今日も居ます。明日まで居ます。変な事、しません。約束します。」元気づける様に言う。
「……でも、、、お休みの日、色々とあるんじゃないんですか?、、、」申し訳なさそうに香織。
「な~んにもありません。最近、ゴロゴロするだけです。どっか行きたいとこなんて無いし。」
「……彼女とか、いらっしゃらないんですか?、、、いえっ、すいません!取り消します!変な事聞いちゃった、、、」
香織、さっき思っていた事への誘導みたく思えて、顔が赤くなった。
「居ません。居れば一人で映画、行ってないですよ。ハハっ。……いままで女の人と付き合った事も無いです。この歳で変ですよね、、、」
【付きあった事が無い?、、、】ちょっと意外な答えと香織、思う。
【普段はどうしてるの?男の人って我慢出来ないって書いてあったし、えっちしたいから女の人の興味を引こうとするって、、、
もしかして渡嘉敷さんってあっち?BL?、、、まさか、、、】
「なので、女の人に何をしてあげたら良いのか、食事とかデートとかどうしたら良いのか、さっぱり判りません。」
雄大はそう言って、笑った顔を香織に向けた。
【もう少し自分の事を少し話したら、山下さんも何か話してくれるかな、、、怯えている理由とか、、、それが判れば何かしてあげられるかも知れない】
「山下さんは?、、、お付き合いとか、、、」
「……ありません。それどころじゃ無かったので、、、」
【それどころ、、、か、こりゃ聞かない方が良さそうだ、、、】雄大、話が続けられない。
手持無沙汰の雄大。部屋の中をきょろきょろ見渡す。
「何も無いでしょ、置かない様に、買わない様にしてるんです、、、」雄大の仕草を見て香織。
「買わないって、、、何か理由でも?」
「……いえ、特に理由は、、、」【しまったっ。話がそっちに行かない様にしないと、、、】と香織。
「あっ、俺も部屋の中、殆ど何も無いんです。会社の寮として借りて貰ってて、で、営業所の異動とか転勤があるって聞いてたんで。」
雄大が自分の部屋の話をしてくれて香織、少しホッとした。
【何か訳、有るんだろうけど、、、別の話題、別の話題、、、なんかないか、雄大。】雄大も困った。
「晩御飯、どうしましょうか、、、また何か、買ってきましょうか?」
「……まだ、お昼前です、、、お昼は、さっき買って来て貰ったのを頂きましょう。」
「あっ!、そうだった、、、。その後、晩御飯どうしましょうか、、、俺何か作りましょうか?」
「いえ、、、道具とか無いんで、、、小さな鍋とフライパンがキッチンの下にありますが、、、すみません。何も無くて、、、」
「やっぱり、今日はもう大丈夫です。……お巡りさんも居るし、、、」
香織、本当は怖くて雄大に居て欲しいのはやまやまだが、居てもらってもする事は無く、話も弾まない。
ましてや、変な雰囲気になってしまったらそれも怖い。大丈夫なフリをした。
「そうですか、、、判りました。帰ります。……さっき買った物、二つともどうぞ。俺は適当に済ませます。」
「いえ、食べて行ってください、、、。一緒に食べてください。お帰りになるのは食べてからで、、、」
買ってきたチャーハンを雄大が食べ、香織が牛丼を食べる。雄大帰ろうとする。香織がドアまで見送りに出る。
「すみませんでした。ありがとうございました。」
「ホントに大丈夫ですか?……何かあったらすぐ来ますから、遠慮せず連絡ください。」
「はい、そうします。」香織、弱弱しく俯きながら言う。
「じゃ。」雄大、階段へ向かう。
【良いの?帰って貰って、、、居て欲しいんでしょ?まだ、間に合うよ。】
【良い人だってのは判る、、、何もしないで居てくれるとは思う、、、これ以上そばに居られると、私が、、、】
【また、会えるよ。連絡さえすれば、また、会えるよ】
【うん、そうする。……クリスマスだってあるし、、、】
【そうか、、、クリスマスだ。】香織、心の中での会話。
香織の心の中で、雄大の事が膨らんでいく。もう止められない。
雄大、アパート入口に立つ制服警察官へ向かって「よろしくお願いします。」と一礼し、自分のアパート方面へ歩き出す。
【山下さんか、、、何か事情があるんだろうな、、、怯えている理由、、、無理に押してく事はしない様に、、、避けられたら避けられたでしょうがない、、、」
世の中、自己主張の強い人ばかりでは無いと言うのは判る。
全て受け身に回る人もいる。でも香織は、どこかで自分にブレーキをかけている様な気がする雄大だった。