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さよならのあとさきに 小雪 (2)


  女性としての幸福って何?
  私は、家庭より女を選んだ。
  でも、女は変われる事を知った。

 
 お腹の子を堕ろす事にした蒼。いつ手術とするかスケジュールを立て始める。

 向井、井上には話さない。父親はどちらかだとは思うが、違う可能性も心当たりが無くはない。あの前にワンナイトが3人続いた。置き忘れと妊娠が直接関係するのか、分からない。
 2人に話したところで何かしてくれるとは思わない。多少の資金援助は期待できるが、そんな貸しは作りたくない。
 手術は行きつけの婦人科で良いのか別のところか?費用負担をどうしようか?
 婦人科で診察すれば、役場へ行って母子手帳を作れと言うはずだ。そうすると妊娠出産準備金が支給される。生存出産の有無に関らない為、墮胎手術費用にまわせる。
 堕胎手術自体は日帰りが可能だと聞く。しかし自身の場合はどうだろうかと考える。一週間くらいの休養は見込んだ方が良いだろうかと思う。
 何時のタイミングが良いんだろうか。勤務先の都合優先か?自分優先か?、、、自分優先でいいか。
 仕事を一週間も休むとなれば、根掘り葉掘り聞かれるに違いない。隠し通せるとも思えない。診断書の提出を求められるかもしれない。
 いっそ仮病を使おうか。実家の誰かの葬式にしようか。旅行へ行くとしようか、、、、どれも嘘を通せるか自信が見えない。
 【あ~あ、面倒臭いなあ~、、、生んじゃおうかな〜。一人で育てようかな、、、あの男には言わないといけないよな、、、それもやだな。母さんの法事から帰ってないし、連絡も一方的にメールが来るぐらいだし、、、
  子供か、、、これが最初で最後のチャンスだろうな、、、、これから先、子供が居た方が寂しくないのかな、、、仕事とかもっと頑張れるのかな、、、
  いや、私の事だ。面倒臭くなって育児放棄しかねない。あの母親の娘だし、SEX依存症だし、人の事、信用できないし、、、】

 ああでもない、こうでもないと逡巡する日々の中、またあの男から連絡が来た。
 『来週末の金曜日上京する。話したい事が有る。時間を作ってくれ。
 変わった事は無いか?病気してないか?お金は足りてるか?遠慮しないで良いぞ。』
 世間並みの父親を演じている。本心かもしれないが、取り繕ってるとしか蒼は受け取れていなかった。
 血の繋がりの無い、母の夫だけの話なのだ、あの男は。
 父親らしい事と言えば、高校時代に暴走族の集会から連れ戻した事くらいだろうか、、、それも当時、要らないおせっかいだと感じていたし。
 母親の役目を放棄したあの女の夫として、学校や地域の行事には参加していたし、役割を熟していたんだろうとは思う。
 しかし思春期の自分には理解できない存在で、反対に自分を理解してくれていたとも思えない。
 必要なものは自分で買え、とお金はくれた。学校で必要だと言うお金は直ぐに出してくれた。誰から見てもそれが嘘だと分かっていても、あの男は直ぐに出した。
 確かめろよ。状況を聞けよ。実の子じゃないかもしれないが娘だろ、良くない事はひっぱたいてでも直させろよ。いつもそう思っていた。実際にそれをされると、もっと反発したに違い無いのだが。

 そんな男がやって来る。しかも話があると言う。
 【この際、お腹の子の事、話してみるか、、、実家に帰って産み育てる事、言ってみようか、、、どうするだろう、あの男、、、】

 蒼にもう一つの選択肢が浮かんだ。
 子供を産み育てる。実家なら生活費は殆ど要らないはずだ。実家自体に不動産収入がある。
 縁を切るつもりで生きてきたから今まで実家に頼った事は無い。看護大学費用を出して貰ったくらいだ。それも親なら当然だと思う。
 【……それもありかも、、、、】
 金曜日の夜仕事終わりに一緒に食事をする約束のメールを返した。お店は寿司屋を予約しておいた。

 久しぶりに父と言う男に会った。
 「元気そうだな。少し丸くなったか、、、いやすまん。太ったという意味じゃない。柔らかくなったみたいだ。」
 「そうね、もう年齢も年齢だし、仕事もまあまあだし、、、リア充って奴かも。」
 【あれ?】以前なら出なかった軽口まで出て、自分で驚いた。
 「何?話って。」
 「ああ、、、蒼は今、美容サロン、っていうか脱毛サロンへ行ってるって言ってたよな?」
 「そうよ。10年になるわ。」
 「眼医者の早乙女さん、知ってるだろ。俺の同級生で眼科医院をしている。」
 「ええ、高校の時に眼鏡作って貰ったから。そうか同級生だったんだ。で、その眼医者が何?」
 「早乙女が今度、医院内に脱毛サロンを開業したいって言っててね。そう言えば娘さん、そういう仕事じゃなかったっけ。って話になったんだ。」
 「えっ、眼科で脱毛サロン?、、、へえ~、、、そういう時代になったんだ。」
 「眼医者だけじゃ年寄りばかりで儲からないし、他でもやってるらしいんだ、眼科で脱毛サロン。結構流行ってるらしくて。」
 「一応医者だもんね。安心できるわよね。うちも提携してますって看板掲げてやってるし。」
 「それで、そのサロンを一切合切、任せてみたいって言うんだ。早乙女が、、、」
 「私にサロンの?、、、、で、いつ開業予定?」
 蒼、悪い話じゃないと思えた。
 「来年の春以降で始められないかなって言ってる。」
 【準備は妊娠中に出来る事は進めることが出来る。開業自体が出産とひと月程度被らなければ、始められるかも、、、】
 心の中でそんな皮算用をする蒼。
 「機材とか設備とかは?、もう業者と話してるの?」
 「いやまだらしい。どこに頼むのが良いのか分からないし、一社聞いたところは2年先まで設置は無理って言われたらしい。忙しいらしいんだ、その業界。」
 「そう、私に心当たりがあるから聞いてみたげるよ。」
 「そうか、、、じゃあ蒼も前向きで良いのかな、、、そう早乙女に話しておくぞ。」
 【しまった、、、先走った。】と内心思った。お腹の子供の事も実家に帰るという事も話していないのに、開業前提で私、考えていると。
 「……ねえ、父さん、、、、私も話があるの。来週くらいに実家に帰っていい?」
 「良くも悪くもお前の家だろ。何時でも帰って来いよ。理由なんか要らないんだし。」
 「……ありがと、、、休みが水木なんでその日に帰るわ。」
 「分かった、、、掃除しとく。布団も干しとく、、、珍しいな、、いや初めてかな、蒼がありがとなんて、、、」
 「そう?、、前にも言ってた気がするけど。」
 「そうか、最近忘れっぽくて、覚えていた事も変わってきちゃってるし、、、歳だな。」
 「もうすぐ60かあ、、、もうそんなになるのね。とのろでさ、、、父さんがこっちへ来るのって家政婦だった美園さんに会う為でしょ。毎月来てたんじゃなかったっけ?」
 「ああ、そうだよ。美園さんに会う為、毎月来てる。お前には連絡はしてないけどな。」
 「美園さんももうすぐ55くらい?、、あの頃が今の私くらいで、女盛りだったから。」
 「来年54だ。付き合いも20年以上になる。よく長く続けて貰えたよ。感謝だな。」
 「母さんとの夫婦生活を続ける為のスケープゴート、息抜き、ガス抜きって言ってたわよね。今ならそれも有りだって分かるわ。」
 「お前も大人になったな、、、母さんとは違う堅実な人生かな。良かった良かった。」
 【ううん、母さんと一緒よ。SEX依存症で男が途切れた事が無くって、10年15年のセフレもいるそんな女よ。……ごめんね、父さん、いやおじさん。】
 「あ、来週帰るんだったら駆(かける)君に会ってみないか?」
 「駆君?、、、父さんの仕事手伝ってるって言う、、、、元ヤンキーの?」
 「ああ、今は真面目だよ。一生懸命だよ。葡萄栽培が面白くなって来てるし、工夫も出来始めてきた。いずれ全部譲っても良いと思ってる。あっ、お前には国道沿いの不動産収入があるから心配するな。いずれお前のものだ。」

 斎藤駆。一方的なメールで見た記憶のある父親の後継者。元ヤンキーの前科者。少し不安はあるが、この男が気に入ってるなら問題はないか。と蒼は思っている。

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