雪の降る日、拾った子猫 (2)
傷だらけの子
「うおッ、、、、客ってこの子か?」
風呂から上がってきた父の声。続けて
「いらっしゃい。遠慮せずくつろいでくれ。」
信がリビングへ入り、見るとその子は、父の大きな体にビビっているのか、肩をすぼめて立ちすくんでいた。
「大丈夫だよ。お父さんは身体はごついけど、優しさの塊だから。」と信はその子に声を掛けた。
その子は信を見上げて、「しろくまさん、、、」と呟いた。
確かに父は、上下白のルームウェアを着てモフモフのルームジャケットを羽織っていた。広い肩幅、分厚い胸、出っ張っていないものの大きなお腹、大きな腰回りと太い足。、、、確かに白熊に見えなくもない。
信は満面の笑みを浮かべ、その子を見ながら何度も頷く。
「ねえ、信。この子の名前は?」智が聞いてきた。
「ほのかちゃん、、、って言います。18だって。」
それまで父の仁、母の礼、妹の智は穂香の目の周りに青あざがあるのを認めてはいたが、触れずにいた。
智が穂香に近寄る。
「穂香ちゃん、一緒にお風呂入ろうか?、、お兄ちゃん、先に入るよ。」と智。
歩いて帰る外は寒い。家の中に入り、部屋に入ると外着のままでは汗が伝う程暖かい。しかも穂香には信のダウンジャケットが羽織られている。
そう、穂香が匂っている。幾日かシャワーも浴びていないと智は感じたのだった。
驚いた様に智を見つめる穂香、直ぐに信を見上げた。
「行っといで、さっぱりするから。」信は優しく諭すように穂香へ伝える。
穂香の顔が泣きそうに歪み、俯く。
「大丈夫、、、何も言わなくていいよ。一緒に入ろ、、、、穂香ちゃん着替えある?」智はさらに近付き穂香の方を片手で抱きながら優しく言う。
穂香、俯いたまま首を横に振る。
「じゃあ私の持ってくるね。使ってないやつだから、、、ルームウエアーも。」
智が自室へと行く。穂香は信を見上げる。信は微笑み、大きく頷く。
戻って来た智に促され、信のジャケットを脱ぐ穂香。智に連れられ浴室へと向かう。
「信、、、あの子、どうしたの?」母の礼が、キッチンで食事の準備をしながら聞いてきた。
「うん、、、さっき公園で、、、、、、拾った。寒そうにしてたから、あのままじゃ死んじゃうかもって思って。雪降りだしてたし。」
「あの顔、、、、色々ありそうだけど聞かないでおきましょうね。暫くうちに居て貰ってもいいわ、智が今はうちに居るから。」
「うん、その方が良い。自分から話すまで待とう。辛くて言えないならそれで良い。落ち着くまで置いてやろう、良いか母さん。」
仁のその言葉に母、礼は「はい。私もそのつもりです。」と答える。二人とも微笑みながら頷いた。
信はそんな二人を見て、【連れて帰って正解だったな。】と感じた。
穂香の両肩を押すように、脱衣所に入った智。穂香は下を向いたまま、肩が少し震えている気がする。
智は肩においていた両手を前に伸ばし下ろし、穂香を後ろから抱きしめる。
「大丈夫、、、穂香ちゃんに何があったのかは知らない。でも、どんな事でも受け止めてあげるよ。」
穂香は顔を上げ、ウンと小さく頷いた。
「脱いじゃおうか、、、穂香ちゃん、凄い華奢だね。私の半分くらいしか体重なかったりして。ウフフ。」
智、女性にしては身長高めで体格も良い。体育会系のがっしりした身体つきである。
下着姿になった穂香を見て、智の顔から笑顔が消えた。
腕や足、背中や胸、お腹には痣や傷跡が無数に確認できた。傷にはごく最近出来たらしいものも認められた。
胸や背中、太腿辺りに赤い筋状の傷か、痣が幾本か走っている。
【えっ、なにこれ、、、、どういう事?】智、今までの自身の経験や見識では判明できない。
「あ、、、、えっと、、、、お湯、入っても大丈夫かな?、、、痛くないかな、、、、」智はようやく声を出せた。
下着も脱ぎ始めた穂香、首を小さく横に振った。
「そ、そっか。じゃあ、軽くお湯浴びて流そっか。頭は?、、、傷とかありそう?」
その問いには穂香は頭を振る。
「髪、洗ったげるね、」
穂香、顔を智に向け少し微笑み、「ありがとう」と小さく呟いた。
夕食の支度も出来た頃、智と穂香が浴室から戻ってきた。
「さ、穂香ちゃん。ここに座ってて。……ちょっと、ゴメン。」穂香を自分の席に座らせた智、そう言い残し、そこを離れた。
智の目は赤く腫れ、涙が今にもこぼれそうだった。それを見た仁、礼、信は何も返せずにいた。
「じゃあ、食べようか。」母、礼が取り皿へ目の前の鍋から白菜や肉団子、豆腐などをよそい、穂香の前に置く。
「遠慮しないで食べて。じゃあ私たちも頂きましょう。」
それからは、信や礼の仕事の話、仁が臨時コーチをしているラグビーチームの話をした。
穂香はそれを聞くでもなく、話す人それぞれを見ながら、取り皿の料理を食べた。無くなれば礼がまた鍋からよそう。穂香が食べる。
その内、智もテーブルに着き何事も無かった様に家族の食事が進む。
穂香が「もう、、、食べれない。」と呟く。「うん、うん。」と皆、微笑む。
「穂香ちゃん、私のベッドで一緒に寝よう。先に休んでて。」
「おう、智のベッドは大きくて広いぞ。寝相の悪い智の為に買ったんだ。」と仁。
「そうそう、そのせいで俺の部屋が狭くなったんだよ、壁を移動してさ。ベッドが入んないってうるさいから。ハハハ。」と信。
「エヘヘへ。穂香ちゃんは寝相いい方?悪くても大丈夫なくらい広いからね、私のベッド。キングサイズなのよ。」
穂香、首を傾げ理解していない風ではあるが智に促され、部屋へと向かう。
「穂香ちゃんねえ、、、、体中に痣とか傷とかあるの、、、驚いたし、悲しくなった。」
「傷?、痣?、、、、誰にやられたんだろう?、、、男か、親か。」
「昔の傷みたいのもあるし、なんか、、、ロープで縛られていた様な跡もあったし、、、」
「ロープ~?、、、、なんで?、、、、SMか?。」信が驚く。
「いくら何でも、穂香がそういう所へ出入りするとは、、、思えないが、、、、見かけによらないとは言うが、、、」仁、困惑。
「そういう所って?」礼が仁の顔を見る。
「クラブ。SMクラブだな、、、飲み屋の奥に部屋があって会員制だったり、マンションの一室だったり。」
「……詳しいのね、お父さん。」と智。
「そういう趣味のやつ、知ってる。普段は優しい役場の職員だ。名前は言えない。」
「穂香ちゃんも可能性が無い訳じゃない、、、ってことか、、、」気が抜けた様に肩を落とす智。
「本人の口からそうだって言われたわけじゃないのよ。友達関係とか誰かに脅迫されて逃げてきたとか、、、家庭かもしれないし。父親がそういう方なのかも。だから、待ちましょう。穂香ちゃんが話してくれるまで。」礼が信じよう、信じてあげようという方向でまとめた。
「そうだな、それまでは親戚の子が来ている気でいようか。」仁が今後の方針らしき事をいう。
「うん、安心して貰う為に私、そう接するわ。」今は普段家に居る智が、引き受ける覚悟を示してくれた。
「俺、どうしようか、、、素のままで良いか。」
「うん、良いと思うよ。ってか穂香ちゃん、事ある毎にお兄ちゃんを見てたわよね。なんでかな?」
「ああ、最初俺を見て『くまさん、、、』って言ってたし、親父の事『シロクマ、、』って言ってたよな。クマさん好きなのかな、、、親近感?安心感?」
「ライナスの毛布なのかも、、、スヌーピーに出てくる男の子。そういう物持ってたのかもね。」と礼。
「それさえあれば安心、無いと不安になるっていう依存対象みたいな?」智が聞き返す。
「依存までとは言えない、よりどころみたいなもんかな。」と礼。
「よりどころか、、、ま、俺はここに居ればいいか。」と半笑いの信。
「そうそう、仕事終わったらすぐに帰ってきてよ。穂香ちゃん、安心するかも。」
「分かった。そうするよ。っつっても、いつもまっすぐ帰ってるし。」
「まあ、普段通りやって行こう。無理な気遣いもしない様に、気にしてみてくれるか?智。」
「良いわよ。一緒に家事しながら見るわ。私のリハビリにもなるかもだし。」
「じゃあ、そういう事で、休みましょう。私はお風呂入って来るわ。」と礼。
「私も入る。さっき洗えなかったし。」と智。
「よし、、、じゃあ、お休み。」仁が立ち上がると同時に発した言葉が、家族会議散会の合図となった。