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日曜日の夕方は、手を繋いで一緒に歩いて下さい。(1)

(1) 日曜日と火曜日

「冴子。もう一緒には住んでるけど、結婚してくれるか?」
「……うん……」冴子、小さく首を縦に振る。
「こうやって、日曜日に買い物をして夕方、手を繋いで帰るのが俺の小さな夢だったんだ。」
「……うん……」もう一度、小さく首を縦に振る。
「いずれ、子供が出来たら、前抱っこして買い物袋を持って、手を繋いで、、、子供が少し大きくなったら、真ん中に挟んで、夕方、家まで歩きたい。」
「……うん、うん……」なんども、なんども、首を縦に振る。
冴子の眼には涙が溢れている。秀と繋いだ右手、さっきスーパーで買った食材が左手。頬を伝う涙が拭えない。
歩く先が涙で良く見えないけど、心配要らない。だって秀が引っ張ってくれているから。
「はい。………よろしくお願いします。……どこにも行かないで、、、」涙声、鼻水だらけの顔で応える、冴子。


藤島 冴子(さえこ)高校一年、入学式後、最初のクラスでの説明と教科書配布。
出席番号が書かれた机に座り、待っている所に前の席に座った女の子。
背が高く170センチはあるが、スレンダーで、手は長く脚も長い。髪は少し赤く、瞳の色はブルー、鼻は高く、歯は白く、薄い褐色の肌。
【ハーフの子だ、、、もしかして、、、陸上の、、、】
「こんにちは、藤里キャサリン茜です。あなたは?」ハーフの子が私を見て、笑ってる。
【……か、可愛い、、、綺麗、、、】顔が赤くなっていくのが判る。「あっ、ハイ、藤島 冴子《さえこ》です。」
「よろしくね。茜って呼んで。」その子が右手を出してきた。握手かな?
「あっ、…ハイ、、、、よろしくお願いします。」赤くなった顔を隠すように伏せて、差し出された手を両手で受け取り握り返す。
【うわっ!、、、スベスベっ!、、、指、長っ!細っ!、、、完璧じゃん、、、】顔をあげて、改めてその子、茜を見る。微笑んでいる。
【……惚れちゃった、、、一目惚れだ、、、】

中学校時代の冴子は、男子へは憧れで、先輩や同級生の気になる女子に恋心を抱く女の子だった。告白は出来ず、遠くから見る淡い恋。
茜の事は噂で『隣の市に足の速いハーフの子がいるらしい。モデルみたいな綺麗な子』と聞いていた。
まさか同じ高校、同じクラス、前の席になるとは思わなかった。学校が楽しくなった。行けば良くおしゃべりする。
もっとも冴子は引っ込み思案な子。ちょこっと茜に話しかけては、茜に話して貰うようにしていた。茜も嫌な顔、一つしない。
2週間くらい経った頃、茜から「ねえ冴子、陸上部のマネージャー、やってくれないかな~」と頼まれた。
マネージャーをしていた3年生が受験の為、引退したいらしい。
好きな子の頼まれ事は断れない。「失敗とか、物忘れとか多いかもしれないけど、、、、やる。」と答えた。
練習用のシャツやパンツ、タオルの洗濯、スポーツドリンクやプロテインドリンクの準備。大会用のユニフォームやゼッケンの準備。
シャツやパンツ、タオルを洗濯機で洗うのが6時過ぎから、7時頃に屋根のある旧自転車置き場へ干してから帰宅。
翌日まで置いておくと、何とも言えない悪臭が漂うのが嫌で、無理をしてでも洗濯して帰る。顧問の教師へも談判の上、了承済み。
毎日が楽しい。茜の練習を目で追いながら、他の部員から言いつけられた用事をこなしていくが、ありがとうの一言で報われる。
部員の中に、同じ一年生だが、違うクラスの背の高い男子がいる。山根 秀(しゅう)。かなりのイケメン。身長は180センチはある。
秀と茜で、一年生から短距離種目の学校代表になった。地区大会では優勝できても、県大会では、一位にはなれずじまい。
その秀が洗濯ものを干している冴子の所へ来て、「藤島さん、いつもありがとう。」と言ってくれた。
生まれて初めて、男の子が好きになった。茜の事も好き。秀も好き。
【えっ、私ってバイセク?、、、】乙女の悩みが増えた。誰にも言えず、心にしまう。
遅くまで一人残ってやる仕事も、あれやこれやと用事を言いつけられることも、部員の誰かが大会で自己ベストを出したり、
優勝してくれたりするとそれだけで報われた。全ての苦労が吹き飛んだ。自分には何の才能もない平凡な女の子が自分の事の様に嬉しかった。

二人を遠くから見て、声援を送り、出来る事をこなし、あっという間に卒業。
茜は、家電量販店の陸上部に入部が決まった。卒業まであと少しの一月。冴子と茜、一緒に歩く帰り道。
「冴子、ホントにありがとね。冴子のお陰で最後まで陸上が出来た。」
「ううん、、、私、出来る事をしただけ、、、茜の助けになれたんなら、すっごく嬉しい、、、」
冬の夕暮れ、暗くなり始めて来た。
「冴子、私の事、好きでいてくれてありがとう。私も好きだよ。」茜が歩くのを止め、俯き、恥ずかしそうにしている。
「え、、、気が付いてた?、、、茜の事、私が好きだったって事、、、」冴子、また顔が赤くなり始めてきた。
「うん、バレバレだった。みんな知ってたよ、、、だから、、、お礼、、、思い出。」冴子と正対しする。冴子も真っ直ぐに茜を見る。
茜が、両手で冴子の肩を優しく掴み、そっと口づけた。その後、両手で冴子を包み込む。
茜の胸の中で顔を埋め、両手を茜の背中へまわし、小さな声で「ありがとう、茜」と冴子。

秀は、大学で陸上を続けようと、名門校へ進学。冴子、告白しないと誓い、卒業式はつくり笑顔でバイバイ。帰宅後の大泣き。

冴子の家庭。母と二人暮らし。母は家庭で和裁をしている。
週2回、呉服屋さんが反物を持ってきて、出来上がりを引き取って帰る。
時々、豪奢な柄の着物を見せてくれて、「これ、あの○○(有名な演歌歌手)がステージで着るんだって」って悦に入っている。
また、乗れないと言っていた自転車を買ってきて、衣装ケースを後ろの荷台へ括りつけ、呉服屋まで片道30分かけて納品し始めた。
その自転車は、後輪が二つある倒れない電動自転車だった。
呉服屋への納品の帰り、大きなスーパーで、近くのスーパーでは置いていない物を買って帰る。
「アイスクリームとか冷凍食品が買えないのよね、、、溶けちゃうから。」って楽しんでいる。
父はバブル景気の頃、輸入車の販売を手掛け失敗。多額の借金を負い、少しでも返そうと軽トラックで赤帽便を始めた。
無理をし続け、疲労が溜まっていた時に事故を起こし、他界した。
自動車保険や生命保険が出た。農家だった為、田畑とかの不動産を売却し、借金は返せた。冴子が2歳の頃。その後は母が女手一つで育ててくれた。
多少まとまった額が残ったので、冴子の大学進学が可能になった。
『お父さんのお陰だよ、ありがとう』の一つの形。

冴子、大学進学。教育学部に入学するも、目標は地方公務員へと変わる。
まじめで、目立たず、小さな体と地味な外見で、少しの友達と大学生活を過ごし、男性とのお付き合いも無く、3年生になる。
来年受ける公務員試験対策の講座や模擬試験を、民間の専門学校で受ける事にする。
講習代や試験費用はコンビニのアルバイトで稼いだ。

関東アカデミー公務員講座。
毎週火曜日の夕方5時から9時まで、講義を受ける事にする。
初日、教室の窓際の後ろの方に座って講師が来るのを待っていた所に、背の高い男性が冴子のすぐ横に立った。
「あ、藤島、、、冴子か?」
聞き覚えのある声を聞いて、びっくりした。顔をあげると、180センチはあろうかと言う身長。
「ひゃっ!、、、や、や、山根君っ!、、ど、ど、どうしたの?、、、こ、こ、こんな所で、、、」冴子、顔が真っ赤になっていくのが分かった。
「お前こそ、どうした?教育学部へ行ったんじゃなかったっけ?教師にはなんないのか?」
「う、う、うん、、、私、、、きょ、きょ、教師は無理っぽい、、、」冴子、俯く。
「で、公務員か?、、、ま、良いんじゃね。」と言いながら、冴子の隣の席に座った。
「や、や、山根君は?、、り、り、陸上、続けないの?」恥ずかしさが増す冴子。話題を探す。
「ああ、怪我したからな。……肩、外れやすくなってさ、走る度に抜けてちゃもう駄目だ。」
「え、怪我?、、、そう、つ、つ、辛かったんだね。」秀が可哀そうに見えた。走っていた秀が格好良かった。声を掛けてくれた秀は優しかった。
「や、や、山根君も公務員志望?、、、な、な、なにになりたいの?」
「喋り方、変わってねえなあ~。冴子っぽいや。、、、俺、消防士志望。」
憧れていた人が傷付いていた。何かしてあげられないだろうか。力になってあげられないだろうか。
初日の講座は全く頭に入らず、秀に何がしてあげられるか、頭の中でリストアップの時間になった。

それから毎週火曜日は、憧れだった人と隣同士の幸せな時間になった。
講座の帰り、駅前のフタバコーヒーで40分くらいの、コーヒーを飲みながらの語らいを始めた。
10時には電車に乗らないと帰れなくなる為、シンデレラみたいだと、冴子はほくそ笑む。
「あ、あ、茜、頑張ってるみたいよ。ラ、ラ、ラインしたら、今度関東大会だって。」共通の話題と言えば、茜の事。
「そうみたいだな。あいつは身体の創りが違うから、怪我に強いみたいだ。」
「か、か、身体の創り?、、、見て分かるの?」【あれ、茜の事、詳しいの?】
「うん、筋肉がしなやかだ。筋トレしても固くならず、ばねとゴムで出来てるみたいだった。羨ましかったよ。」
「……で、出来てるみたいだったって、み、み、見たの?」【いつ、何処で、どうして、、、】
「見たよ。付き合ってたからな。」秀、あっさり。
「えっ、つ、つ、付き合ってたって、、、いつ?」冴子、ショック。分からなかった。気が付かなかった。
「2年生の終わりぐらいからかな、、、大会とか遠征とか良く二人で行っていたからな。まっ、教育委員会の人も同行はしてたけど、夜中に抜け出したりしてさ。」
「え、え、、、た、た、大会前ってそんな事して良いの?、、、体力とか、気力とか、え、え、影響無いの?」冴子、うろたえ気味。
「無いよ。余計な力抜けて、むしろ良い感じだった。もやもやして、自分でするより気分良いだろ。」
「む、む、むしろ良い、、、じ、じ、自分で、、、」また、赤面の冴子。
「ワリイ、冴子には刺激強すぎたな、、、ってか気が付かなかったのか?俺と茜の事。」
「ぜ、ぜ、全然、、、今の今まで、、、分かんなかった。……本当に私って、ぬ、ぬ、抜けてるわよね、、、」
「らしいと言えば、そうか、冴子らしいかな。余計な詮索やら無くてさ。良い所じゃねえの?」
「そ、そうかなあ~。」
「そんな気がするけどな。俺は。」
冴子、褒めて貰えたような、呆れられた様な複雑な感情。

少しずつ、秀を好きになってる。
憧れだった気持ちから、今はもっと知りたい、もっと知って貰いたい。良くない所教えてほしい。我慢する所は何か、知りたい。
怪我の事も、今からでも何か、出来ないだろうか?と冴子は考えていた。

「あ、あ、あの、、、秀君は今、つ、つ、付き合ってる人、いるの?」
講座終わり、いつものフタバコーヒー。
「居るよ。二人な。」あっさりした答え。
【や、やっぱり。だよね~、、、まわりが放っておく訳無いもん。】「そ、そ、そう。、、、、、え、二人?」
「うん、二人。二人とも、分かって付き合ってる。仲良くシェアしてるって、あいつら話してた。」
「シェ、シェ、シェアー、、、」冴子の想像を、越えて来た。
「冴子、お前はどうなんだ。付き合ってる男は居ないのか?」
「い、い、居ない、、、て言うか付き合った事無い。男の人と。」
「そうか、誰かいると良いな。出来ると良いな。」
「う、うん、、、そうだね。出来ると良いね。」【秀君、、、私、秀君と、、、無理か、、、】

秀に何がしてあげられるかという、頭の中でリストアップされたものは
・前向きになれる様に、励ます
・嫌な気分を忘れる様に、遊びに行く
・整形外科の名医を探す。
・立ち直れるまで傍に居る。立ち直れたあとも・・・

次の週もフタバコーヒーでおしゃべり。
「ね、ね、ねえ、、、秀のか、か、彼女ってどんな人?。ど、ど、何処で知り合ったの?だ、だ、大学?」
「どんなって、知りたいのか?、、、、、、ま、いいか。」秀、冴子の顔をみて、眉間に皺が寄る。本当は話したくなかったのか?。
「一人目は、正論しか言わない奴だ。OLだ。落ち込んでいる時には、『君には目標があるでしょ!』って言ったり、
 背中を叩いて、『先ずは目の前の事をこなしなさい』って、言ったり。立ち直りかけには有難い存在だ。」
【・前向きになれる様に、励ます、、、は、もう駄目だ。】「う、、、、うん、ふ、ふ、二人目は?」
「二人目は、同じ大学の同級生。明るい奴だ。人の都合はお構いなし。マイペースで勝手で、時々怒る。
 でも、何も考えずに遊んだり、ライブ見に行ったり、旅行行ったりする。何かと、構ってくれる。
 嫌な事を一時的にでも忘れさせてくれる奴だ。」
【・嫌な気分を忘れる様に、遊びに行く、、、もう、されてるか。】「そ、そ、そう、、、良いね、そんな存在って、、、」
【・整形外科の名医を探す。、、、これは、まだかな?】「か、か、肩の怪我、直してもう一回、陸上は、しないの?」
「……もう良いよ。俺より才能が有る奴とか、努力する奴、山ほど居るし、、、もう、俺は良いよ、、、」
【三つめも却下か、、、残るは、・立ち直れるまで傍に居る。だけど、もう二人も居るんだもんねえ~。出る幕無いなぁ~】
店内の時計の針は、9時50分を指している。来週、言うか?今日、言うか?冴子、迷った。
「ねえ、秀君、、、わ、わ、私、何かしてあげられないかな?、、、」冴子、思い切った。
「はあ?、、、冴子が、俺に?、、、、、、、、、、、、、、、俺と付き合ってくれ。」
「うん、わか、、、えっ!、ダ、ダ、ダメっ!、もう、秀君には居るし、ふ、ふ、二人も、、、ダメ、、、私は、ダメ、、、、、、」狼狽える冴子。
「ダメか、、、そうか、、、分かった。忘れてくれ、、、もうこんな時間だ。急ごう。」秀が席を立つ。
【あ、、、、秀君、怒っちゃった、、、あ~、、、ダメじゃん、、、どうしよう、、、】冴子も席を立つ。
二人で小走りに、駅の改札を抜ける。22時発の電車に間に合った。
秀は反対方向の電車で、22時02分発。と言っていた。
冴子は電車の中で、胸の鼓動を何とか抑えようと、ずっと手を当てていた。
【秀君に付き合ってと言われた事。まだ処女だという事。女にして貰えるなら秀君が良い事。でも、それは言えそうにない事。
 秀君を怒らせてしまった事。来週、どんな顔で会おうか分からない事。秀君は忘れてくれと言ったけど、絶対、忘れられない事。
 今の彼女さん達に知られない様にするにはどうすれば良いか分からない事。知られても良いから、私もシェアさせてと言ってみようかという事。
 お母さんには、相談できない事。相談できる友達は、、、?有希?、、、亜里沙?、、、クラスのみんなに話しそうな予感が。
 どうしよう、、、答えなんて出ないよ~。】


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