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響子と咲奈とおじさんと(39)

  元気のいい人、連れて来い。

「ねえ、向井さん。向井さんは私の事、嫌いじゃないの?今までの子とか、他の部署の子は表面は何でもない様な顔してて、陰でグチグチ言ってるじゃない。カマトトとかぶりっ子とかあざといとか。」
中生を飲み干し、チューハイを頼み飲みかけた頃、安西が聞いてきた。
「言ってますね。私の耳にも入ります。でも、私、そんな話に”そうそう”って言って乗ることしないんです。昔っからそう言うの苦手で、、、学校でもちょっと浮いてました。さすがにイジメとかは無かったですけど、、、」
「へえ~、少し変わってる?、、、無理してでも周りに合わせなきゃ、ハブられるんじゃないの?今も昔も女の子の世界って。」
「私、九州の唐津なんですけど、田舎でもあるし同級生の半分くらいは小学校から一緒で、仲間外れとかほとんど無かったんですよ。」
「ふ~ん、そうなの、、、私なんか、中学校から一貫校へ行って、しかも女子ばっかで、苦労したわ、、、キャピキャピキャラ作んないと「お高く止まってる」とかで、静かにしてると「悲劇のヒロインぶってんじゃねえぞ」って言われてさ。」、
「そうなんですか、、、安西さん、普段皆さんとお話しされる時もキャラ、作られてます?」咲奈、前から気になっていた事を聞いてみた。
「うん、作ってる。ややおバカな子、作ってる。愛嬌の良い子、作ってる。でも、やる時はやる、出来る子をアピールしてる、、、イヤでしょ、こんな女。」
「いえ、嫌いじゃないです。むしろ、皆さんの信頼が得られてきてる気がします。見た目はそうでも結果は高評価みたいな、、、」
「へえ~、、、、向井さんてよく見てるのね。分かってたの?キャラ作ってたの?」
「ええ、最初は潤滑油的なアイドル的な存在かなって思ってたんですけど、仕事を受ける量とか作る早さとか、出来た時の正確さとか、この人、只物ではないって思いました。」
「キャハ、ちょっと恥ずかしいな、、、来週から意識しそう。向井さんにはバレてるって。ハハハハハ。」
「今まで通りにしてください。変わっちゃうと私も意識しますから。えへへへへ。」
「ありがと。良かった、、、向井さんの様な人に来て貰えて、、、向井さんなら、後継者になれるわね。」
「え、安西さん、辞めちゃうんですか?どっか異動ですか?」
「予定は無いわよ。今の所、、、でもね、いずれは本省へ戻りたいの。って言うか中央へ行きたいの。……だから、少しでも上に認めて貰おうってあんな事してるの。その為には、何でもするわ。枕営業以外はね。アハハハハハ。」
「枕営業はダメですよ、、、実力で行っちゃってください。応援します。力になります。なりたいです、私。」
「……良い子ねぇ、向井さんて。でも、気をつけなさいよ、その性格の良さを悪用する人もいるからさ。」
「ハイ。気をつけます。でも自信ないです。私、流されちゃうから、、、てへへ。」
「ま、私が居る間は見張ってあげるから、その間に修行しなさい。相手を転がす事をね。」

「あれっ、安西さん。どうしたの?ああ、女子会ですかあ、、、」と後ろから男性の声がした。
「え、ああ~、、武藤さん。御無沙汰してます。お久しぶりです。武藤さんはデートですか?」と安西が、椅子から降り、お辞儀をしながら高い声に変えて、挨拶をした。
「そうそう、デート。若い兄ちゃんとね。ってか、まだそういう趣味は無い。ぷんぷん。ガハハハ。」
「何も言ってませ~ん、私、、、フフフっ、いつものノリツッコミ、面白いですね。」安西、普段のスイッチが入ってる。
「安西さん、こっちに来て一緒に飲まない?奢るよ。」
「ごめんなさ~い。公務員は奢って貰ったらだめなんですぅ~。割り勘なら良いんですけどぉ、、、」安西、少し首を倒しながら言う。
「そうだったな、、、じゃ、割り勘にしよう。そちらのお嬢さんもいらっしゃい。割り勘で悪いけど。」と武藤と呼ばれた中年の男性から咲奈にも声が掛けられた。
「あ、どうも。安西さん、どうしましょう。」と安西の顔を見る咲奈。
「割り勘なら問題ないし、折角のお誘いですからお邪魔しましょうか。咲奈ちゃん。」
【え、いきなり咲奈ちゃんになった、、、私もスイッチ入れないとダメかな?】と余計な事を考えた咲奈だったが、ここは安西に任せようと思った。
「ハイ。お邪魔します。」

武藤さんは地元JAの経済部の部長さんだと言う。
農産物の集荷、市場への出荷、直営販売所の運営とかを手掛ける部署の責任者だそうだ。近々通販事業を立ち上げたいと話していた。
安西さんはいつも通り「うわっ、凄いですねぇ。」とか「さすがです。」「勉強になります。」「知らなかったです。」を連発し、部長さんを持ち上げている。
一方、一緒に来ていた若いお兄さんと言えば、盛んに咲奈に話しかけてくる。明るい元気な青年だ。
「サーフィン興味あるっすか」「釣り、行かないっすか」「サッカー見に行きましょうよ」「キャンプとか最近良いと思ってるす」などなど。
何でも、農協の農産物を運ぶ運送会社の御曹司と紹介された。「いや~、御曹司なんかじゃないすよ~。やんちゃしてたんで、頭悪いし、要領よくないし。」と照れていた。
【可愛いじゃん、、、裏の無い子に見える。】咲奈、山城 新太郎と言う男の子に、興味が湧いてきた。
結局、新太郎君とラインの交換をしてその日は別れた。お勘定はほぼ、割り勘とした。ほぼ。

河原崎との関係は続いてはいたが、咲奈は晴れない気持ちを抱えている。
SEXをするだけの関係。食事に言ったり映画を見に行ったり、買い物に付き合わせたりも無く、部屋に行き2、3ラウンドしては帰る。
たまの祝祭日にドライブには行くが、午後はラブホテルへ入り浸り、暗くなってからの立体駐車場でのさよなら。
【私、何やってんだろう、、、そりゃお付き合いのないセフレも良いかなとは思ったけど、、、、女としての欲求は解消してもさ、女の子としての願望は置いてけ堀よね、、、】
そこに現れた、元気のいい男の子。新太郎君はこまめにラインでトークをくれる。毎晩必ずくれる。
”なにやってんすか”・・・・・・”くつろいでるよ”
”ばんめし なにたべたんすか”・・・・・・”今日はアジのフライ”
”どっか あそびにいきましょうよ”・・・・・・”いいよ。都合のいい日連絡ちょうだい”
昼間はお互いに仕事中なので、トークは出来ないが昼休みとかはたまに来る。
”きょうはめっちゃ ゲキこみ くるますすまないす”・・・・・・”ライン、運転中は危ないよ。止まってからにして”
”きょうはとうきょうにきてるっす おみやげなにがいいすか”・・・・・・”東京バナナ”
”わたしたいっす あえますか”・・・・・”いいよ。何時が良い?”
”あさって どようび どうすか”・・・・・・”分かった。空けとく”
と言う事で、初デートの約束をした。
【ウフ、デート。何着て行こうかな。お姉さん風?お嬢様風?出来る女風、、、、そう言えば新しい服、買って無いや、、、帰りに寄ろうっと】
【いきなり誘われたらどうしよう、、、初回でエッチはさすがに、、、でも新太郎君は若いから良いかも。いや、ダメ。私の方が安売りしたくないし。
 ……でも、2回目が有るとは限らないし、、、う~ん、どうしよう、、、コンドーム、準備しとこうかな、、、ちゃうちゃう、初回はやっぱ、、、、2回目は良いよ。って事にしようかなあ、、、】

デート当日。アパートの近くまで迎えに来てくれた。シルバーの大きなワンボックス。
「うわぁ、大きい車ねぇ。バスみたい。」って咲奈が感想を言うと、
「向井さん、面白いっす。バスって初めて言われたっす。」と笑ってくれた。
「なんて呼べば良いすか?お姉さんとか、、、、咲奈さんとか、呼び捨てでも良いすか?」
「最初はやっぱり、さん付で呼んで。咲奈さんで、、、」

「了解っす。咲奈さん。俺は、新太郎で良いっす。呼び捨てでも良いっす。」
咲奈さんと呼ばれ、晋平を思い出した咲奈。おじさんからの響きと違う呼び方。正面から呼ばれている様な気恥かしさが有る。晋平の”咲奈さん”は、横から聞こえていた様な気がした。

「ううん、新太郎君にする。ウフ。」
晋平さんとさん付けで呼んでいたから、距離が有ったのかもしれない。君付けなら、、、いずれ呼び捨てなら、もっと近づけるのかな。とも思った咲奈。
咲奈は高校生の様な、恥ずかしさと晴れやかさが混在した様な気になっていた。

車は太平洋沿いに南に下り、銚子方面へと走った。助手席側に海が広がる。故郷の玄界灘とは違う、たゆたゆとした大きな海。
途中の公園に寄り、貸し自転車を借りて、海沿いのサイクリングコースを走る。風が気持ち良い。
お昼は、大きなドライブインの様な食堂へ行った。洒落たイタリアンレストランでは無い所が、新太郎君らしいかなと思い、思わず笑った。
でも食べた貝汁定食は抜群に美味かった。大きな皿に遠慮がちに乗ったパスタより、満足感が違った。
お土産物屋で、魚の干物や珍味を幸太郎君が買ってくれた。部屋は臭くはなるが、晩御飯が進みそう。お酒も欲しくなりそうで嬉しくなった。

アパートの近くまで帰って来た時、新太郎が落ち着きがなく、ソワソワしてるように見えた。
「どうしたの?具合でも悪くなった?」と心配そうに聞くと、新太郎は
「お、俺、咲奈さんと付き合いたいっす。でも、俺、あんまり経験なくて、、、女の子と付き合ったりしたの、ほとんど無くて、、、なんて誘えば良いのか分かんないっす。」
新太郎の言葉が本当か嘘かはどうでもよかった。交際を申し込んでくれている新太郎に応えてあげたいと思った。でも、、、やっぱり初回でエッチはちょっと、、、、と咲奈は考え、
「新太郎君、ありがとう。うん、付き合ってみよ。私も付き合ったのってほとんど無いの。どうしたらいいか、二人で考えてみよっか。」
「あざっす。俺、嬉しいっす。あ、あの~、、、今日は駄目っすか?」口を空けたまま、パッと笑顔になった新太郎が咲奈を見る。
「ゴメン。新太郎君、、、今日は、、、無理。……今度、、、うん、今度会う時は、大丈夫だから、、、約束するから。」と咲奈は答えた。
【言っちゃった、、、今度って言っちゃった。予定通りだったけど、、、、大丈夫って、約束って言っちゃった。】咲奈、恥ずかしさなのか嬉しさなのか分からないが、顔が火照ってるのが分かった。
「わ、分かりました。今度っすね。来週でも良いすか?土曜日でも良いすか?何処、行きましょう。」新太郎、嬉しがっている。
「うん、土曜日ね。分かった、約束する。……何処でも良いよ、ドライブでも、東京まで遊びに行っても。」
「そうすね。東京、行きましょうか、、、また、迎えにくるっす。」
「うん、じゃ来週。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
それで、その日は別れた。部屋に戻り、「ふ~、、」と高ぶった気持ちを落ち着かせるように息を吐いた時、有る事を思い出した。
【あ、、、忘れた。……初キッス、しなかったわ、、、ま、良いか。でも来週、いきなり本番?、、、やだ、本番って言っちゃった。】
新太郎と知り合ってからの咲奈、はしゃいでいる。新しい咲奈の始まりだ。


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