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死んだ後、生きる事を選ばれた命 (5)


 旅の空と海

 俺は新潟、米沢、仙台を廻り最後に川口を訪ねる事にした。
 レンタカーを借りて、3泊4日の一人旅だ。
 お姉さんを誘ってみたが、「駿一人で行っておいで。私が途中途中で話すことが君にとって良い事になるとは限らないから。」と断られた。
 俺を産み、棄てた江藤美也子と言う女の生きてきた風景を見て見たかったのが最大の理由ではある。
 話を聞けるとすると、寺の住職さんと川口の元看護士さんくらいだと思う。米沢や仙台での友人や職場関係者に話を聞こうとしても、身分を明かす気には、まだなれない。
 それでも良いと思えた。
 その女が見た風景を見て、俺は何かを感じる事が出来るのだろうか?
 育てなかった恨みでも湧くのだろうか?
 死亡届まで出して、秘密出産した理由は何なんだろうか?
 それらを知った所で、俺は何か変わるのだろうか?
 変わる必要などないのじゃないのか?
 俺を産んだ女がそこにいた。同じような景色を見た。同じような風を受けた。
 それだけで良いんじゃないのか。
 訪ね歩いたと言う事だけでも構わないのじゃないか、気が済むんじゃないのか。

 俺はそういう答えを出した。

 10月20日火曜日、昼前に借りたレンタカーで関越道を北上する。
 学校もバイトも週末まで休む事にした。
 来月からは1月に控えている国家試験の最後の追い込みに入る。今しかないと思えた。

 関越道から北陸自動車道へ進み、新潟県村上市に入る。
 一般道へ下り、海岸沿いの国道を進む。
 右手の高台に、学校らしきものが見えた。カーナビを見ると ”村上清陵高校”と表示してある。
 【あの女の高校、、、行ってみるか。】
 カーナビを確認しながら高校を目指す。
 校門の横を抜け、グラウンド横のフェンスに車を着けた。
 グラウンドではいくつかの運動部が練習している。遠くからブラスバンドの楽器の音も聞こえた。
 俺自身は夜間高校へ通ったため、クラブ活動らしきものはした事がない。しかし羨ましいとは思っていない。
 【あの女も何か部活動、してたのかな、、、】そんな事を思う程度で、車を移動させた。
 高校の横にいつまでも居ると、不審車両が停車していると通報されかねない。
 今上がって来た道を下る。目の前に日本海が広がっている。美しい風景だ。きっとあの女も見た海だと思った。

 海岸線へ出た。今は営業していない海水浴場の道路沿いに”民宿 食堂”の看板を見つけた。
 時間は夕方4時。今日はここに泊まろう。寺には明日朝、行こう。連絡はしていない。居なければ居ないで構わない。住んでいた家でもあればそれを見れたら良しとしよう。
 そんな事を一瞬で考えた。
 民宿の玄関へと進むと、『御用の方は食堂へ』の文字があり、並びに建つその食堂へ入る。
 「あ、あの~、、民宿、、、、今日お願いできますか?」
 厨房に居た中年女性へ声を掛けた。
 「あ、ハイハイ。お泊りですか?、、、ではこちらにお名前、連絡先を書いてくださいな。一泊素泊まり、5000円ね。」
 出されたカード式の宿泊者名簿に必要事項を記入すると、鍵を渡された。
 「じゃあこれ、、、部屋は2階です。今夜と明日の朝の食事はこの食堂でどうぞ。別料金ですが。」
 中年女性から渡された鍵を持ち、車から鞄を下し民宿へと入る。
 玄関ホールの横に下駄箱があり、ここでスリッパに履き替える様だ。横の階段で2階に上がった。
 鍵についているネームプレートの番号の部屋のドアを開ける。部屋の奥に海水浴場、その先に日本海が見えた。
 窓際の椅子に座り、暫く海を見続けた。
 【そう言えば、、、旅行らしい旅行はした事が無いな、俺は、、、、】
 そんな事を考えた。

 今は誰もいない海水浴場へと下りてみる。
 コンクリートの階段に座り、波の音や顔を撫でて過ぎる冷たい風を感じ、潮の匂いを感じた。

 施設から学校へ通う俺は、小学校中学校とも修学旅行や野外学習などの宿泊を伴う行事には参加しなくなっていった。
 理由は、同級生からの気配りが煩わしくなったからだ。親切心なのか、マウント取りなのか知らないが、宿泊に必要な洗面道具や遊び道具を俺に渡してくる。
 自分の物はちゃんと持ってきている。寮母さんたちが準備してくれている。
 そんな気配りと言うか、親切活動は日常の教室でも起きていた。
 ちゃんと準備してきたものを持ってきてるか?、不足はないか、古くなっていないか確認しに来て、気になるところがあれば、貸してあげようと言う。
 文房具、習字道具、鍵盤ハーモニカ、縄跳び、、、、
 それでも低学年の頃は、ありがとうと言ってその行為に感謝の言葉を返していた。
 その感謝の言葉が減ってゆき、いつか口にしなくなり、あからさまに不機嫌な顔を作り始める。
 不機嫌な顔は相手も不機嫌にする。相手は、残念な意を態度に、言葉に変えていく。

 俺は、無表情な無感情を装い始めた。
 そして、団体行動を伴う課外授業や遠足、果ては修学旅行へは参加しなくなった。

 海から吹く風に心地良い思いをしているのに、、、何故、そんな事を思い出したのだろう。
 その時はそれで良いんだと思ってた事なのに、、、
 今回の旅行に、違和感が有る。
 それは、あの女の居た場所を訪ねると言いながら、単なるアリバイ作りをしてるという思いなのだと気がしている。

 誰に対するアリバイか、、、
 姉さんか、、、若林と言う元刑事か、、、
 それとも、、、あの女か、、、

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