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死んだ後、生きる事を選ばれた命 (17)


 
 富田 一馬

 俺と瑞葉は指定された練馬駅前の喫茶店へと来た。
 昭和な雰囲気の純喫茶。一番奥のボックス席で、富田一馬を待つ。
 隣に座る瑞葉が明らかに怒っている様に見える。
 昨夜は姉さんの所へ泊り、瑞葉は姉さんと遅くまで話していた。おそらく、自身の事と俺の事を順序だて、どこの誰がこう言ったと時間をかけて話したんだと思う。
 「瑞葉、お前の件を話せよ。俺の事は話さなくてもいいから。」
 今、隣に座る瑞葉の状態からは、自分も含めあの女の事までの捲し立てる状況が予想される。
 「……分かってる。分かってるけど、、、、学資の件はダメだったらダメでも良い。どうにかするし、、、環さんも多少ならって、、昨日言ってくれたし、環さんと一緒に働くし、、、」
 「あ?、、、姉さんと一緒って、あそこのキャバクラか?、、、来年からはもう、俺は居ないぞ。守ってやれないし、、、」
 「誰も守ってくれって言ってないし、お兄さんはお兄さんで仕事すれば良いんだし。」
 やはり瑞葉の機嫌はすこぶる悪そうだ。俺の手に負えそうにない。友人間のトラブルとか言ったものを解決した事の無い俺には無理だ。

 それらしき男性が店内を見回している。
 俺はドキッっとした。俺と似ている。俺が中年になり、体重もあと20数キロ増えれば、そのままその男性になる、、、そう感じた。
 男性は瑞葉を認めると迷わずこちらへ向かってきた。俺たちに近づくにつれ、怪訝な表情に変わった。
 「…やあ、瑞葉、、、ちゃん。よく来たよく来た、、、写真を送って貰っただけだったから分かるかどうか不安だったよ。でも、すぐにわかった、、、うん、、、で、いきなりですまんが、こちらは?」
 瑞葉への挨拶の途中にも、明らかに俺を意識しながら話していた。
 「友達です。ここまで送って来て貰いました。」ぶっきらぼう気味に、瑞葉が答える。
 「と、友達、、、恋人かな、、、、そりゃそうか、瑞葉ちゃんも年頃だもんな、、、」力のない口調だった。
 「早速だけど、、、あの話の事、お願いできますか?」瑞葉はその男性、富田一馬に向かってしっかりした口調で頼んだ。
 「……もちろんだ。家内にも話した、、、了承してくれたよ。俺の稼ぎから出すから、駄目だと言われても構わなかったんだけどね。」富田は薄笑いを浮かべている。
 「奥さん、、、私の事、なんて?、、、、」
 「瑞葉ちゃんから初めて連絡くれた時、直ぐに言ったんだよ、、、昔、俺の子を産んだ女がいた、、、その子が高校卒業し、進学したがっている。入学金や寄付、債権、授業料を出してやるつもりだって。」
 俺は富田の言葉に、イラつきを覚えた。
 【俺の子を産んだ女、、、、金は出してやる、、、】こんな言い方で良いのか、、、
 瑞葉の横顔を見た。どんな反応か確認したかった。
 瑞葉は富田をジッと見ている。幾分唇が震えている、、、瑞葉もイラついたのかもしれない。
 「……よろしくお願いします。いつどれだけ必要か、また連絡します。」
 「ああ、いつでも良いよ。ところで住む処とか生活の目途はどうなってるんだい?」
 「これからです。でもご心配なく、、、この人の姉さんと相談して、その人も協力してくれそうだから、大丈夫です。」
 「この人のお姉さん、、、あ、そう。いやね、生活費も出してあげようかと思ってたから、、、俺個人の収入もそこそこあるし、20万くらいなら毎月、用立てられるしと思ってね。」
 【出してあげる、、、用立てる、、、か、、、】さっきのイラつきに、更にその言い回しが上乗せとなった。
 「ご心配、ありがとうございます。でも、大丈夫です。」瑞葉はそう、言い切った。
 「それでも都会じゃ何があるか分からないから、いつでも言ってきてくれ。」

 「ところで、、、富田さん、、、いえお父さん。確かめたい事があります。」
 瑞葉は、頼んでいたメロンソーダを一口呑み、ふ~と息を突いた後、そう言った。
 「あ、瑞葉、、、それは、、、、」もしかしてと思う俺は咄嗟に止めようとする。
 「良いの、、、これは私の踏ん切りの問題でもあるの。これからこの人とどう接するかの事でもあるの。」
 「ん、、、踏ん切り?、俺との接し方?、、、親子としてたまに会うとか、、、、の話か?」富田は瑞葉と俺を交互に見ている。俺が関係しているのではないかと思ったらしい。

 「この人は、、、川島駿さんと言います。」
 「川島、、、、奇遇だね。俺の旧姓が川島って言うんだよ。奥さんと結婚して富田になったんだけどね。」
 【あ、そうだったのか、、、
 あの人はその事を考えた上で施設へ棄てる時、わざわざ苗字まで書いたのか、、、】
 繋がり始めた。
 システム手帳の1ページに書かれた俺の氏名、「川島駿」 はあの人の、、、江藤美也子の思いだったんだ。

 「お母さんの名前は、、、江藤美也子さんと言います。」

 とうとう瑞葉の口から、あの人の名前が出てしまった。

 「あっ、、、えっ、、、江藤君?、、、、美也子、、、、……(ウグッ)」富田が目を見開き、生唾を一つ吞み込んだ。
 「ま、、、まさか、、、子供が出来てたのか、、、、
 知らなかった。なぜ教えてくれなかったんだ、、、教えてくれればせめて、、、何か、、、出来る事、してやれたのに、、、
 でっ、美也子、、、いや、お母さんは元気か?、一緒に暮らしてるのか?」 
 富田は身を乗り出し、俺を見た。

 【教えてくれなかった、、、してやれたのに、、、、、か、、、そういう奴かこの人は、、、】
 「いえ、4月に亡くなったそうです。一度もあった事はありません。」俺は淡々とそう答えた。
 「そ、そうか、、、、死んだのか、、、、、」

 目を瞬かせ、頭を小刻みに左右に振る男の言葉に、多少のイラつきはあるものの、俺は妙な諦めの様な気がしてくるだった。

 目の前の男は、教えてくれなかったと言い訳を言い、自らは動こうとしない、、、そんな男。

 ただ同時に、赤ん坊を抱く沙織がまた頭に浮かんだ。
 目の前の男と俺は、、、同じ道を歩くのかも知れない。

 人を蔑む資格なんか、俺に有るのか?

 ゾワゾワと、心が疼いた。

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