見出し画像

夢を歩く #7

大きな仕事が来た。


「かぐや姫の物語」
14年ぶりの高畑監督の劇場長編だ。
コンテが描けて、絵も描ける人を求めているらしい。
これを逃したら、高畑さんと仕事をする機会はない。
高揚した気持ちで参加を決めた。


初めてお会いした高畑さんは気難しそうで、後で「あれは人見知りで緊張してましたね」と同席した制作から聞いた。


高畑さんとの1年は、私の財産になった。
高畑さんは、絵からどんな「感じ」を受けるかを、絶えず自分の感覚に問いかけ、判断されているようだった。だから絵の描ける人を必要としたのだろう。
演出術を、何か真似て身につけられたらと思っていたが、これは真似できないと思った。繊細すぎる。絵を読む力と、追求する力。何度も描き直しをさせられた。
「観客に味わわせたい感情」
それが狙い通りに表現できているかどうか。
当時の私には、ない視点だった。


私の描いたコンテを、高畑さんにチェックしてもらう。
絵巻物の本が何冊も置いてある、長机の端でやるのが恒例だった。
チェックをお願いすると、高畑さんは長考に入る。私はそっと席を立ち、コーヒーを淹れに行く。
戻ってくると、高畑さんはそのままの姿勢だったり、ご自分の机に向かっていたり、はたまたソファに横になっていたりした。


「ここの絵を、7:3になるようにしてもらえますか」
登場人物の顔の向きの話だ。
「正面だと強いんです」
高畑さんの中には、経験が理論としてあるようだった。


嬉しかったが緊張した話もある。
物語の中で、御門がヒメをさらいにくる場面。ここで初めてヒメは能力を発露させる。
私はヒメの顔のアップを描いた。正面顔で、冷たく、無表情で人を寄せ付けない感じだ。
高畑さんに見てもらうと
「これは良く描けてますね」
気に入ってもらえた。褒められてにやけた。
「ヒメの顔を入れるつもりはなかったんですが、これは良く描けているから、入れましょう」
私は青ざめた。いえ、要らないなら別にカットしてもらって構わないんです……
「でも御門から見た感じにしたいので、この絵を9:1くらいで」
リテイクだ。
これは難しかった。
描いてしまうとその絵で描きたかった事は自分の外に出てしまい、中には残らない。それをもう一度思い出して描く。微妙な表情なので、鉛筆の傾きひとつで、眉毛もまぶたも違うものになってしまう。なんとか同じ印象の絵を描いて提出した。


コンテは1年かかった。半分くらいは描いたと思う。
休みを取ってから、作画で復帰した。演出助手枠は今回も空いていなかった。
かぐやの絵は鉛筆のタッチを生かす線で、これは楽しかった。筆頭アニメーターの田辺さんの絵は描きやすかったし、真似するのも楽しかった。上手に真似できたのを田辺さんに褒められたのも嬉しかった。


かぐやは結局公開時期が遅れた。だが、スタッフはみんな難しい事に挑戦してやり遂げた充実感があった。(と思う)
打ち上げでは高畑さんに、高畑さんとの仕事は、私の財産になりました、と伝えた。
高畑さんははにかみながら、そうですか、と答えた。
かぐやを作ったスタジオ、かぐスタ(別名第7スタジオ)がこのまま存続すればいいなと思った。が、人はそれぞれ散り散りになり場所も解約して解散となった。
私も次の職場に移った。


8へ続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?