黎明の蜜蜂(第12話)
その居酒屋談義の一週間後に結菜は部長に呼ばれた。『ゆうゆう銀行再生案募集』で役員賞を取った提言を、結菜は「再生案検討委員会」に説明するようにと言うことだ。委員会には企画部長自身も入っているから、その趣旨も教えてもらえた。
今、当行の長期戦略としての次期10年計画の作成が佳境に入っている。株主総会で発表する計画に結菜の提言を入れ込むかどうか、入れるとして、どの程度入れ込むかで役員の意見が割れている。
それで、来週の水曜日に委員会の特別会合で結菜の提言を掘り下げて検討し、結果を役員会に上げることになった。
「はい」
結菜の体幹がビリビリと音を立てそうになった。役員会はおろか「再生案検討委員会」でさえ結菜にとっては威圧感のある響きがする。
「ゆうゆう銀行再生案募集」の最終選考に残った三人が以前「再生案検討委員会」でプレゼンはした。しかし、今度は掘り下げた議論がなされるのだ。それだけ、鋭い質問や厳しい意見も覚悟しなくてはならないだろう。
結菜は怖気づきそうになる自分の気持ちを奮い立たせる。少なくとも、機会は与えられるのだ。ありがたい。
だが当日、委員会のメンバーが長机の向こうにずらりと並んだ部屋に入った途端、結菜の奮い立たせた勇気は失せ、膝が震えだした。膝が震えていると気がつくと、頭が真っ白になる。
委員会は企画部長を委員長として、営業部長など経営に関係しそうな部門のトップが苦虫をつぶしたような顔をして座っている。自分を睨んでいるような気がしてきた。
実際、矢継ぎ早に飛び出す質問は、役員賞選考過程でのプレゼンをした委員会の時よりずっと突っ込んだ厳しいものだった。今から思うと、「ゆうゆう銀行再生案」の募集は行員の意識向上を図ったお祭り的なものだったのではないか。
質問の大半は、提案の具体化に関するものだった。結菜は先週、間島と真一が時間を割いて結菜のプレゼンに色々アドバイスをくれた点を踏まえて精一杯答える。しかし、形勢は変わらなかった。
どうやって人を集めるのだ。そもそも農業なんて興味を持つ人がどれだけいるんだ。だから、農村は過疎化しているんだろう?
だから、それは前回聞いたよ。農業に興味を持つ若者が増えているって? その統計は? 君の思い過ごしでないと確信させてほしいね。
たとえ興味を持つ人がいても、上手く手伝えるのかはまた別の話だ。農業なんて全くしたことのない人が何をするの? 下手をすると、却って農作物にダメージを与えるだけで終わるよ。
それも前回聞いたよ。しかし、君の話は君の頭の中だけで考えた物語だろう? 手触り感に欠けるんだよ。
委員会メンバーからの質問が続き、結菜はその圧迫感を押し返そうと力を入れ過ぎたためか、喉が詰まったようになり声もしわがれてきた。
今、当行の次期10年計画を作成中だということは君も知っているね。厳しいことを言うようだがね、それに組み入れる戦略は株主総会でも発表するんだから、よほど説得性のある中身でないとね。世間の批判はこんなものじゃないからね。
今日の委員会での検討内容は次の役員会で次期10年計画が最終議論される際に報告されて、計画の一部として組み込むか検討される。組み込まれるとなったとして、どこまで対外的に発表するかも検討される。
頭も朦朧としてきて立っているのも辛くなった結菜に、最後に委員長である企画部長が言った。
「今日は櫻野君にとっては、かなりチャレンジングな日だったと思うけどね。だが、当行にとって正念場の今、君の提案を次期10年計画に反映させるかどうかをここまで真剣に検討しようとしているんだ。それは、名誉なことだと思って良いんだよ」
「はい、光栄に存じます」
結菜は、振り絞るように、しかし姿勢を正してはっきりと言った。
ご苦労さん、という企画部長の言葉を合図のように、委員会はそれで終了となった。
(第13話に続く)
黎明の蜜蜂(第13話)|芳松静恵 (note.com)
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