芳松静恵

民間の資産運用会社での勤務と、国際公務員の経験があります。仕事柄、今起きていることを経…

芳松静恵

民間の資産運用会社での勤務と、国際公務員の経験があります。仕事柄、今起きていることを経験知という道具を使って見てみたり、新しい情報を調べたり、そして先の予想をする習慣がついた気がします。それを小説の形にしてコミュニケーションできたら嬉しいなと思っています。

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  • 黎明の蜜蜂

    経済や社会や政治や思想はそれぞれ独立してあるのではない、互いに相互作用し合って強靭な一つの動力となる。その動力は地球の資源の効率的な収奪を進め、人類の爆発的繁栄を可能にしたが、今や地球を疲弊させてしまった。 この小説は普通の人々が、その原点に立向かう物語である。 平凡な地方銀行員の結菜が銀行再生案募集で提案したのは、一見関連性のない遊休農地の再利用で、大方の冷笑を買う。だが本質を話合う仲間たちは独自で柔軟な行動力で案を実践して成果を積み、次の時代の基盤を原点から築き始める。 小さいながら究極の民主主義の社会を持つという蜜蜂と似ている人々の羽ばたきこそが、地球の未来を築く新たな動力となる予感もさせる

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神秘とロマンに満ちたウナギを通して人を知る話

最近読んで、もう何年かぶり位にすごくワクワク、感動した本について書きたいと思います。本の題名は「ウナギが故郷に帰るとき」です。この記事は「だ・である調」で書きますね。 先日Noteに掲載した「迷霧の虹」という小説に私がウナギを重要な役で登場させたのを知った友人が、こんな本もあるよと教えてくれた。という訳で、このワクワク感は個人的な思い入れから来ているところもあるかもしれないが、「アウグスト賞」「ナショナル・アウトドア・ブック・アワード」を受賞し、34か国で翻訳され、ニューヨ

    • 黎明の蜜蜂(第23話)

      田植えが終わって一週間経つころ、涼子に章太郎から連絡が入った。事件解決と栄転のお祝いをしたい、と言う。いつものスナックに行くと、章太郎はもう来ていた。 「こんな時は豪華なレストランにでもご招待すべきだと思ったんですが」 「そんな気を遣わないで。私の方こそ助けて頂いたお礼をしなくてはいけないのに」 「僕は単に情報をお伝えしただけですよ。でも、僕は何故かここが落ち着くので。無粋ですが、ここでシャンパンでも開けてお祝いを言わせて頂こうと」 「あら、それは嬉しいわ。シャンパンは久

      • 黎明の蜜蜂(第22話)

        6月末、環奈の祖父の水田の周りにおよそ50人の人々が集まった。今日は田植えをする。 農家側の参加者は5軒、間島たちの飲み会メンバーはもちろん、それぞれの友人、親戚、友人の友人など、多彩な顔ぶれだ。結菜は一家全員でやって来た。 2週間前、結菜は章太郎に田植えの話をしたが、今回はすんなり応じてくれたのに内心驚いた。前は、あんなにしり込みしていた一家総出の行動、それにそもそも関心のなさそうな農作業なのに、と思ったが乗り気を削がないようにと理由は聞かないことにした。 大夢(ひろ

        • 黎明の蜜蜂(第21話)

          その情報は、この度も章太郎からもたらされた。 「どうやら島袋常務が関わっているらしいです」 「島袋常務? リテール部門西日本地域の支店が管轄の?」 「そうです。彼は年齢的にも頭取コースは既に外れてしまっていますから、次の行先を探すのに躍起になっているらしいです」 「そういうことは私も聞いたことがあるけど。支店への業績向上プレッシャーを強くかけるのは、天下りの条件を良くしたいという思惑もあってだとか。でも、支店長は例の不動産売買を自分から引いたのよ」 「そこなんですよ。高

        • 固定された記事

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        • 黎明の蜜蜂
          23本

        記事

          黎明の蜜蜂(第20話)

          前回の飲み会で環奈と健斗の「実験」話を聞いてから2週間後、午前9時10分前に結菜はゆうゆう銀行本店8階のエレベーター・ホールに着いた。受付のカウンターにはまだ人はいない。  腕にはプレゼン資料を下げている。全て暗記してきたが、手元にあると何となく安心感があるから持ってきた。 2分待たず、環奈と健斗が現れる。 「今日は、ありがとう」 「いいえ、私たちも農業シェア実験の話ができるなんてワクワクです」 「間島先輩が強力に押し込んでくれたらしいって、乾先輩から聞きました。役員会議

          黎明の蜜蜂(第20話)

          黎明の蜜蜂(第19話)

          涼子は大阪環状線の天満駅を降りると駅前の比較的広い道を横断し、右に歩き出す。3分も歩くと通りに面した6階建てビルの1階に、間口4メートルほどの店が見えてきた。 間口一杯に巽不動産という横長の看板がかかっている。その下の4枚に区切られた全面ガラスには、ドア以外を除いて所狭しと物件情報の紙が貼られている。 ゆうゆう銀行へ出向する前、取扱い不動産売買案件を確認するため来た店だ。中にはカウンターがあり、顧客用の椅子が3つ入り口側に、カウンターの向こうには事務机6台が2台ずつ向き合

          黎明の蜜蜂(第19話)

          黎明の蜜蜂(第18話)

          例の居酒屋の引き戸を開ける時、結菜はここに来るのは何回目だろうと思った。最初の日からまだ半年も経たないのに、初対面同士のようだった者たちは今や同志のような関係になりつつある。 職場でいろいろあっても、落ち込んでいても、ここでこの仲間たちと色んなことをわいわい話合うと、その活気に心が沸き立つ。嫌なことを言われても、以前ほど堪えなくなってきている。 いらっしゃい!という威勢のいい店員の声に迎えられて、弾む気持ちで奥へ進む。一室だけある畳の間は、いす席のフロアと背の低い和風の衝

          黎明の蜜蜂(第18話)

          黎明の蜜蜂(第17話)

          あの日、支店長を激怒させてしまった後、涼子は外出中に溜まった書類を片付けて夜遅く帰宅した。憂鬱だったが、しかたないな、という気分であった。 その次の日は、支店長と自分の見解の相違は、やはりコンプライアンス部門という第三の視点からの評価を仰いだ方が良いかと考えながら業務をこなしていた。 鷺沼はその間、店のフロアには一度も出て来ず支店長室にこもりっきりだったが、午後遅く急に涼子の席にやってきた。昨日とは態度をころりと変え、妙に下手に出てくる。 「例の不動産案件はお箱入りにし

          黎明の蜜蜂(第17話)

          黎明の蜜蜂(第16話)

          支店に戻ったのは午後五時前だ。担当者を呼ぶ。 「例の不動産案件ね。うちは手を引くわよ」 担当者は驚愕の表情になる。 「ここまで来て何故ですか。もう引き返すなんて無理ですよ」 「あのレントロールね、現実的でない賃料の羅列よ。そんなもので計算した価格なんて空論。実際はその六割近くの価値しかない」 「えっ」 担当者の今井は絶句した。 「どういうことなんですか」 涼子は今日見てきたことを掻い摘んで話した。 「そんな物件、うちが関わる訳にはいかないでしょう。こんな話に私は決裁印なん

          黎明の蜜蜂(第16話)

          黎明の蜜蜂(第15話)

          スナックの木のドアを開けると、奥のカウンター・チェアに涼子が座っているのが見えた。声を掛けてくるバーテンに頷き返して、奥へ急ぐ。 「お待たせして、すみません」 「いえ、私も今来たところ。メッセージになかなか返信できなくてごめんなさい。午後6時まで拘束されていたのよ」 涼子は少しいたずらっぽく微笑んだが、眼のどこかに真剣な光が宿っている。 「僕にできることがあれば、何でもします」 「今日のニュースに出た不祥事に私が関わっていると、もう既にM銀中に噂が広がっているようね」 「

          黎明の蜜蜂(第15話)

          黎明の蜜蜂(第14話)

          いつものようにシャワーを浴びて髭を剃っている時に、スマホ・ニュースの着信音がした。 「M銀行が不動産取引で詐欺か」という見出しが画面に映し出されている。章太郎は右手に電動シェーバーを持ったまま、スマホ画面を急いでタップした。 M銀行の大阪浪速支店で、富裕層向けアドバイスの一環で不動産物件を紹介する際、価格が不正に吊り上げられた物件の販売に加担した、という内容だ。 銀行には「他業禁止」のルールが課され、今でも不動産業を営むことは許されていない。しかし、富裕層へのアプローチ

          黎明の蜜蜂(第14話)

          黎明の蜜蜂(第13話)

          涼子の机上の電話が鳴ったのは、他の部員がほとんど食事に出かけた昼過ぎだった。行内からだ。左手を伸ばして受話器を取る。 「調査部。高島涼子です」 「ああ、高島君。大澤です」 大澤? 頭取? ゆうゆう銀行に出向した時も、それ以降も直接話をする機会はなかったから、声で判別できない。頭取ですかと電話口で声に出すのを躊躇った。机2つ隣に同僚がいる。 「ちょっと八階の僕の部屋に来てくれませんか」 八階は役員室と応接室と秘書室しかないから声の主は頭取に違いない。それにしても秘書に掛けさ

          黎明の蜜蜂(第13話)

          黎明の蜜蜂(第12話)

          その居酒屋談義の一週間後に結菜は部長に呼ばれた。『ゆうゆう銀行再生案募集』で役員賞を取った提言を、結菜は「再生案検討委員会」に説明するようにと言うことだ。委員会には企画部長自身も入っているから、その趣旨も教えてもらえた。 今、当行の長期戦略としての次期10年計画の作成が佳境に入っている。株主総会で発表する計画に結菜の提言を入れ込むかどうか、入れるとして、どの程度入れ込むかで役員の意見が割れている。 それで、来週の水曜日に委員会の特別会合で結菜の提言を掘り下げて検討し、結果

          黎明の蜜蜂(第12話)

          黎明の蜜蜂(第11話)

          もうすっかり慣れた手つきで表のガラス戸をガラガラと引くと、店員たちの聞きなれた声に迎えられる。左手のカウンターを横目に迷わず奥に進んだ。 真一、健斗、環奈がもう来ていた。席に着くなり結菜は間島から預かったパワーポイント資料のコピー二部を取り出す。今日役員会議室で使われた資料だ。  「間島さんから皆で読みながら待っていてと渡されたの」 健斗がヒューと軽く口笛を吹く。  「トップ・シークレットじゃん、これ」  「経営改革プランはいずれ対外的にも公表されるけど、それまでは内部

          黎明の蜜蜂(第11話)

          黎明の蜜蜂(第10話)

          月曜日の朝、結菜はいつもより早めにオフィスに着いたが、部次長以下、主だった人たちの姿はすでになかった。午前中の取締役会で経営改革案をプレゼンするにあたって、ミーティング・スペースで最後の打ち合わせに入ったのだろう。 小手提げ袋に入れた貴重品を机の右引き出しに入れると8時になったのを確認して、結菜は席を立つ。エレベーター横の階段を上がる。7階、8階と昇り、すぐ横にある秘書室のドアをノックした。 中からドアが開かれたので所属と名前を告げる。  「ご苦労様です。今日使う資料は人

          黎明の蜜蜂(第10話)

          黎明の蜜蜂(第9話)

          章太郎は玄関の鍵を開け、ドアノブをゆっくり回した。音をさせないようにそっとドアを開く。もう寝ているはずの大夢(ひろむ)を起こさないためだ。 大夢は慣れた日常と違うことが起きるのを嫌う。と言うか、耳慣れないこと、見慣れないこと、予測していないことが起こることに敏感で、時にはそれでパニックになる。 自分が家に入ってきたことを大夢に知られないようにという、これまでの経験則にしたがった動作を無意識にする。ふと、自分はここでは異邦人なんだなと思った。 いきなり、玄関奥のリビングに

          黎明の蜜蜂(第9話)