礼拝所不敬罪

石仏の蹴り倒しによって成立する礼拝所不敬とその周辺についてのまとめ
刑法典の第24章に含まれる他罪にも触れる。ただし第192条の変死者密葬を除く。

なお、法の専門家ではないので、正確性に欠ける素人の感想と捉えてほしい。

以下の書籍を参考とした。

刑法判例百選II各論』(第8版)には関係する判例は掲載されていなかった。

条文

第二十四章 礼拝所及び墳墓に関する罪

(礼拝所不敬及び説教等妨害)
第百八十八条 神祠、仏堂、墓所その他の礼拝所に対し、公然と不敬な行為をした者は、六月以下の懲役若しくは禁錮又は十万円以下の罰金に処する。
2 説教、礼拝又は葬式を妨害した者は、一年以下の懲役若しくは禁錮又は十万円以下の罰金に処する。

(墳墓発掘)
第百八十九条 墳墓を発掘した者は、二年以下の懲役に処する。
(死体損壊等)
第百九十条 死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する。
(墳墓発掘死体損壊等)
第百九十一条 第百八十九条の罪を犯して、死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。

刑法第188条から第191条

保護法益

保護法益は、国民の宗教的感情および死者に対する敬虔・尊祟とする見解が有力。両者ともに、社会諸集団の心理的・精神的基盤の安定を図ろうとすることに行き着くらしい。

国民の宗教的感情を保護するものが第188条、死者に対する敬虔・尊祟を保護するものが第189条から第191条となりそう。

国民の宗教的感情のうち、そのような感情に係る特別な空間を保護するものが第188条1項、そのような感情に係る特別な行為を保護するものが第188条2項となりそう。

第192条は行政刑罰規定であり、他の保護法益とは異質と言える。そのため、この記事では触れないこととした。

礼拝所不敬罪

神祠、仏堂、墓所その他の礼拝所に対し、公然と不敬な行為をした者は、六月以下の懲役若しくは禁錮又は十万円以下の罰金に処する。

刑法188条1項

礼拝所で不敬な行為をしたことによる罪。

客体は「神祠、仏堂、墓所その他の礼拝所」と記されている。礼拝所とあるため、宗教的なものを想像しがち。しかし特定の宗教に結びつかなくとも、崇敬の対象となる場所なら客体となり得るようだ。

『新コンメンタール刑法第2版』では追悼碑や慰霊碑、『基本刑法II各論』では原爆慰霊碑やひめゆりの塔が例示されている。津波の慰霊碑なども含まれるのだろう。逆に、礼拝所に付属する社務所等は含まれないようだ。

行為は「公然と」する「不敬な行為」。
「公然と」とは、不特定あるいは多数が認識し得る状態を指す。実際に人がいる必要はなく、その可能性があれば足りるようだ。つまり、ひっそりと秘密裏にではないということらしい。公然と行われている様子が防犯カメラに映っているケースでも成立するようだ。
「不敬な行為」は、礼拝所の神聖さを汚し、一般人の感情を害する行為を指す。

不敬という概念には曖昧さがある。どの程度の行為なら不敬といえるかということ。犯罪を成立する要素のうち、このような種類の曖昧さのあるものを規範的構成要件要素という。規範的構成要件要素の故意性は、意味の認識があれば事足りるとされている。意味の認識とは社会的意味の認識。今回のケースでは、その行為が不敬という社会的意味を持つ、そのことの認識があればよいという意味。

ある程度の信心があれば小学生ですらその行為は不敬だと理解できると思う。

説教等妨害罪

説教、礼拝又は葬式を妨害した者は、一年以下の懲役若しくは禁錮又は十万円以下の罰金に処する。

刑法188条2項

説教や礼拝や葬式を妨害したことによる罪。

客体は「説教、礼拝又は葬式」と記されている。妨害によって成立し、妨害で実際に阻止されなくとも成立可否に影響しない。

礼拝所不敬罪と同様に、宗教との関連性は必要としないようだ。

墳墓発掘罪

墳墓を発掘した者は、二年以下の懲役に処する。

刑法189条

死体や副葬品を埋葬する墳墓に対する発掘の罪。

土を掘り起こすだけでなく、墓石の破壊や移動など、墳墓を破壊する行為全般を含む。棺桶や骨壺や死体を露出しなくとも成立する。

墳墓発掘自体で礼拝所不敬罪が成立し得るため、本罪の成立にはそれを超える直接的あるいは物質的な法益侵害行為が必要とされるらしい。

死体損壊等罪

死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する。

刑法190条

死体や副葬品に対する損壊等の罪。

客体の中で、死体は全体か一部かを問わない。遺骨は祭祀権者(民法897条参照)が風俗慣習に従って処分するものは含めない。

行為の中で、遺棄は風俗慣習で埋葬と言える形態の埋没は、法令に反する場合でも本条の遺棄には含めないらしい。風葬、鳥葬、野葬のような、知らない人が見れば遺棄と思えるような葬送を指すように思う。

少し前の事件が思い起こされる。2023年2月24日に判決。葬儀会社社員による、女性のご遺体に対するわいせつ行為およびその撮影行為。トイレ盗撮の捜査の中で見つかったようだ。

この事件のときに一度調べたが、判例では死姦は損壊に含まれないようだ。判例を見ても理由らしき理由は書いていなかった。おそらく書籍で判例と記されているものは以下のものだろう。

裁判要旨
三 刑法第一九〇條に規定する死體損壞罪は、死體を物理的に損傷、毀壞する場合を云うのであつて、これを姦するが如き行爲を包含しないと解すべきものである。

全文抜粋
……。又、刑法第一九〇条に規定する死体損壊罪は、死体を物理的に損傷・毀壊する場合を云うのであつて、これを姦するが如き行為を包含しないと解すべきものであるから、原判決の右附記をもつて死体損壊事実を判示したものと見ることもできない。……

 最高裁昭和23(れ)584
判例検索

上の裁判、原審の事件番号が書いてない。原審の判決文を見ていないので推測が混じるが、この裁判における死姦の話は強姦殺人の中の出来事のように思う。殺人と姦淫の後先の影響を問う裁判だと思う。対して、先月判決の事件は礼拝所での独立の話。このような違いがある。

素人意見。死体損壊等罪の保護法益が死者に対する敬虔・尊祟ということを考えるともやっとする。上の事件では、強姦目的で殺人に至った以上はその時点で強姦殺人が成立し、別途死体損壊等罪は成立しないとされている。

印象を言えば、死体損壊は生体の死傷に対する死体への行為。いわば死傷行為の延長。そのため殺人に吸収されるように感じる。だから、上の事件では死傷行為に吸収されるから死体損壊等罪は成立しない、今回の事件は直前の死傷行為がないから死体損壊等罪が成立する。そんな感じが自然に思う。ただ、法解釈上はそうはいかないだろうとも感じる。

警察の対応にも疑問。結局罪状は東京都迷惑防止条例違反と建造物侵入。死者や遺族を被害者とできないなら、遺族に連絡する必要はなかったように思う。それにもかかわらず遺族に犯行があったことを伝えている。この部分がよく分からない事件だった。礼拝所不敬罪にならなかったことにも疑問。

墳墓発掘死体損壊等

第百八十九条(注:墳墓発掘)の罪を犯して、死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三月以上五年以下の懲役に処する。

刑法191条

死体損壊等罪と死体損壊等罪の結合犯。

その他

『新コンメンタール刑法第2版』の以下の観点は興味深いと思った。
立法趣旨とは懸け離れた社会になっていくことがあるもの。
臓器提供は死者に対する敬虔・尊祟を保てているといえるのか。

……本章は、……礼拝所不敬罪・説教妨害罪と、……墳墓発掘罪・死体損壊罪・墳墓発掘死体損壊罪とから成る。両者ともに、最終的には社会諸集団の心理的・精神的基盤の安定を図ろうとするものである。それは、反面において、現代社会における新たな宗教活動の展開、医療技術等の発展に伴う死体を含む人の臓器・組織その他の部分の資源化等々がもたらす葛藤状況において、本章の罪が新たな意味づけを得る可能性を示している。

『新コンメンタール刑法第2版』P.339





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