『択一六法 2024年版』シリーズ

『択一六法』シリーズの2024年度版が順次発売されている。冒頭の紹介リンクには、最高法規たる憲法を記した。

11月19日時点で、民法、憲法、商法、刑法、行政法の順に発売。いずれも書籍版とKindle版の両方が発売されている。Kindle版は書籍版に数日遅れて発売されるようだ。残るは民事訴訟法と刑事訴訟法。それも20日と22日に発売予定。Kindle版も11月中には発売されると思う。

今まで逐条解説本にはおもに『新・コンメンタール』シリーズを読んでいた。先日、Amazonレビューに『択一六法』シリーズのが有用とあり、気になって入手し、読んでみた。通読まではしていない。ざっと目を通し、気になる条項をいくつか読んだ程度。

法の専門家でも法学生でもない、一般国民の嗜み程度の視点で、『新・コンメンタール』『臨床実務家のための家族法コンメンタール』シリーズと読み比べた感想を記す。

逐条解説系の主な所有書籍は以下のとおり。ただし六法+行政法の範囲に限定した。

なお、この記事では以下のように略記する。
『新・コンメンタール』シリーズ→『新コンメ』
『臨床実務家のための家族法コンメンタール』シリーズ→『家族法コンメ』
『択一六法』シリーズ→『択一』
各書籍→シリーズ略記+書籍法令名(『択一憲法』など)

比較

基本構成

どれも逐条解説の形式を採っている。つまり、条文を1条ずつ、さらには条文内のキーワードとなる言葉を掘り下げて解説している。加えて、それらの条文あるいはキーワードの法的解釈を記している。法的解釈に争いがある場合、それらの違いを掘り下げるという形を採っている。

『択一行政法』は若干形式が異なる。行政法の性質上、行政法総論などにあたる部分には条文がないため。「行政代執行法」「行政手続法」「行政情報公開法」「個人情報保護法」「行政不服審査法」「行政事件訴訟法」「国家賠償法」「行政組織法」「地方自治法」は、ものによって網羅的にあるいは一部が、逐条的に解説されている。

図表の用いられ方

すぐに目につくのは、『択一』における図表の多用。
『新コンメ』や『家族法コンメ』では、ほぼ文章のみで説明している。『択一』では図表を多用している。

憲法9条の戦争放棄を題材に比較する。

『新コンメ憲法』では、以下のように文章で解説している。

4 放棄の条件-「国際紛争を解決する手段として」
本条1項は、戦争・武力の行使・武力による威嚇を、「国際紛争を解決する手段として」放棄する。この一節が、放棄についての条件を加えたものと解するかどうかで、次の(a)~(c)に学説が分かれる。
(a) 限定放棄説
……
(b) 全面放棄説
……
(c) 戦争/武力の行使分離説
……
政府は、本条1項に関しては、(a)限定放棄説の立場をとっている。また、最高裁も佐川事件判決(→本章〔前注〕Ⅲ2(3))において、「同条1項において永久に放棄することを定めたいわゆる侵略戦争」と述べており、本条1項に関しては限定放棄説の立場をとっているとみられる。

『新・コンメンタール憲法』P.101

対して『択一憲法』では、表を用いている。
9条1項および2項の争点となる以下の3要素をどのように解釈するか、そこからどのような結論を導き出しているか、それらを表形式にまとめて、4つの説を記している。
・「国際紛争を解決する手段としては」の掛かり先
・「国際紛争を解決する手段として」の「戦争」の意義
・「前項の目的を達するため」の意義

なお『新コンメ憲法』の「(b)全面放棄説」は、『択一憲法』では「全面放棄・峻別不能説」「全面放棄・遂行不能説」の2つに対応する。そういったところも、表形式にまとまっているからこそすぐにわかる。

これに限らず、『択一』では学説比較をするときに表を用いていることが多いように思う。

また、複数の条文を対比するケースでも、図表を用いている。例えば、『択一民法』P.779で用いられている。下表に示す遺言の方式の7種類が、樹形図で示されている。番号の飛んだ関連性の深い条文を、初出の時点で一覧できる。

遺言の方法分類
『択一六法 民法 2024年度版』P.779の樹形図をベースに作成

『新コンメ民法(家族法)』では、これに類する情報はない。
『家族法コンメ民法親族編』では、これに類する情報はあるものの、文章で記されている。967条の解説の中で、特別の方式が4種あることが示されている。しかし一瞥して全7種あるとまで読める記述になっていない。

法学生だとこういう条文間の違いを満遍なく知る必要があるだろうから、この種の情報は重要かもしれない。

一般国民の嗜みとしても、図表はあると理解に有用と思う。

制定経緯などの掘り下げ

条文の制定経緯などの掘り下げ度合いが異なる。
総じて、『新コンメ』や『家族法コンメ』がより掘り下げているようには感じる。

たとえば、『新コンメ憲法』9条の構成は以下のようになっている。
なお、この節建てが思想的にフラットかは、ここでは触れない。

第2章 戦争の放棄
〔前注〕
Ⅰ 日本国憲法の特色としての平和主義
Ⅱ 憲法における平和主義の系譜
Ⅲ 戦後日本政治と日本国憲法9条
 1 占領期における「再軍備」
 2 日米安保体制の確立
 3 自衛隊の発足
 4 日米安保条約改正反対運動と憲法9条の定着
 5 日米防衛協力のための指針による日米安保体制強化
 6 湾岸戦争を契機とする自衛隊海外派遣の動き
 7 国際平和維持活動(PKO)への自衛隊参加
 8 「安保再定義」と有事法制の整備
 9 反テロ戦争と自衛隊海外派遣の拡大
 10 安倍内閣による憲法9条の限界突破の試み
Ⅳ 憲法9条の規範性をめぐる議論
 1 政治的マニフェスト論
 2 政治的規範論
 3 憲法変遷論
 4 穏和な平和主義
第9条
Ⅰ 本条の趣旨
Ⅱ 本条の制定経緯
 1 本条制定の背景
 2 GHQ草案における戦争放棄条項
 3 憲法改正草案における戦争放棄条項
 4 帝国議会の審議
Ⅲ 戦争の放棄
 :

『新・コンメンタール憲法第2版』P.66~P.99
節タイトル抜粋

抜粋の最後、P.99の「戦争の放棄」と題されたところ、ここからが逐条解説の本編となる。第2章はP.66~P.110の全45頁。そのうち33頁、約3/4を逐条解説以外が占めている。

対して『択一憲法』では、第2章はP.35~40の6ページに留まる。
構成は以下のようになっている。

第2章 戦争の放棄
《注釈》
一 9条の法規範性
二 戦争の放棄(9Ⅰ)
三 戦力の不保持(9Ⅱ前段)
 1 自衛権
  (1) 自衛権とは……
  (2) 自衛権行使が正当化されるための要件
  (3) 自衛権の放棄
 2 戦力の意味等
  (1) 「戦力」
  (2) 集団的自衛権の政府見解
  (3) 「武力の行使」と「武器の使用」(PKO法)
四 交戦権の否認(9Ⅱ後段)

『択一六法 憲法 2024年度版』P.35~P.40
節タイトル抜粋

制定経緯などはなく、ほぼ全体が現行法解釈の解説となっている。現行法解釈でどの程度の争いがあるかを示すところに特化している。

法学生の受験という意味では、『択一』が使いやすいように思う。他方、一般国民の嗜みと考えれば、『新コンメ』が充実しているように見える。

なお、制定経緯などの解説が思想的にフラットかは、注意深く見る必要があるように思う。たとえば、『新コンメ民法(家族法)』の以下の記述には、典拠となる書籍情報や判例などが示されていない。著者の考えが乗ってしまっていないかという視点で、注意深く見る必要があるように思う。

明治民法の下では、家制度に基づく家族法が構築されていたことはよく知られている。第二次世界大戦以降、憲法が改正され、男女平等、夫婦の平等などが採り入れられた。民法の家族法も、封建主義的な家制度から離れて平等主義等を取り入れ、民主主義的な家族法に改正された。しかしながら、家制度は、社会の変遷により、戦前からすでに家の内部から崩壊が始まっていたと分析されている

『新・コンメンタール民法(家族法)』P.2
典拠なき記述の例

日本の民法典では、親族の範囲に関して包括的な規定を設けて、一定の続柄にあるものを親族と呼ぶ。しかし、民法典の中では、個々の規定でもって、法的効果を一定の親族に定めている(たとえば、民法877条参照)。それゆえ、包括的規定で親族の範囲を定める規定は、家制度を基礎とした明治民法の名残りであると批判され、その存在意義が疑問視されている。

『新・コンメンタール民法(家族法)』P.6
典拠なき記述の例

血族
血族に関しては、六親等内を親族としている。このような広範囲を親族としていることに対して批判がある。
配偶者

血縁に基礎を置いていないにもかかわらず、わが国の民法典の下では、配偶者も親族である。しかしながら、配偶者を親族とすることは、本来、合意を基礎とする婚姻関係を、血縁を基礎とする関係に取り込むことになり、古くから批判されている。

『新・コンメンタール民法(家族法)』P.7
典拠なき記述の例

『新コンメ』における、解釈に争いがある場合の扱いについて。
『新コンメ憲法』は、典拠となる書籍や裁判例を比較的示している印象。
『新コンメ刑法』は、「学説は……が多数派だが、判例は……」「最高裁は……」などのように、書籍や裁判例を明示しないまでも、各説の出所を解説している印象。また、そのようなものがない場合でも「公共危険罪説は……」などのように説の名前を示しているものが多い印象。説の名前がありさえすれば、より深く調べることは可能。
それに比して『新コンメ民法(家族法)』は、概説部分にやや典拠不足の印象を受ける。

なお家族法に関しては、『家族法コンメ』も比較対象となる。
『家族法コンメ』では、それぞれの条文に「本条の趣旨」「立法の経緯」「実務の運用」が記されている。これらのうち「立法の経緯」「実務の運用」は、『新コンメ』よりも詳しく記されているように思う。とくに旧民法や明治民法や諸外国法制との対比という点では、『家族法コンメ』が勝るように思う。

たとえば、親族の範囲の解説は以下のようになっている。

725条 親族の範囲
2 立法の経緯
 この条文は、旧民法の草案当時から存在しています。これが旧民法から明治民法に至り、現在の民法に引き継がれています。旧民法の草案理由説明書をみると、当時のフランス民法が12親等まで相続を認める規定を置いていたり、イギリス民法が10親等までの親族の範囲を規定していたのを参照していますが、なぜ6親等内の血族、3親等までの姻族を親族と定めたのか、その理由は、必ずしも判然としません。日本ではせいぜい従兄弟くらいまでが親族と観念される限度だということが記載されているだけです。そこから推察すると、従兄弟の子どもたち世代までの6親等血族を親族としただけで、さしたる根拠はないようです。
 また明治民法の説明書である梅・民法要義巻之4・2頁以下によると……

『臨床実務家のための家族法コンメンタール民法親族編』P.3

また、解説の視点が、学説上の争点になっているかというより、実務上の問題を生じているかという点に注力されているように思う。そのあたり、上に続く以下の点を読むとそのように感じ取れる。

725条 親族の範囲
3 実務の運用
ところで、実務でしばしば問題になるのは次のようなケースです。
 (1) 親族の申立権
……。例えば、民法7条では、「配偶者、4親等内親族」に後見開始の申立権があると規定しています。……。
 具体的には、配偶者の従兄弟が近くにいて本人の世話をしていても後見開始の申立てはできず、その反面、全く面識のない本人の従兄弟の子は後見開始の申立てができるということになります。
 それでは、例えば身寄りのない63歳の高齢者が認知症となり、後見開始の必要が生じた場合、どうしたらよいでしょうか。上記4親等内親族を探して、申立てをしてもらうことができます。しかし、見つからない場合、どうすればよいでしょうか。老人福祉法32条は、……

『臨床実務家のための家族法コンメンタール民法親族編』P.4

『新コンメ民法(家族法)』P.7は、「このような広範囲を親族としていることに対して批判がある」程度のものだった。これに比べて『家族法コンメ民法親族編』はかなり具体的であり、かなり掘り下げたものと感じる。

そのため、一般国民の嗜みという視点で考えれば、家族法に関しては『新コンメ』よりも『家族法コンメ』が読みごたえがあるように感じる。

価格帯

『新コンメ』は、3,740円~7,370円とばらつきがある。
ただし、Kindle版はより書籍版より安価な価格設定となっているうえに、多くがKindleUnlimited対象となっている。逐条解説本でKindleUnlimited対象となっているものは、このシリーズだけと思う。その点はやや優位。逐条解説本で最初に手を出したのがこのシリーズというのも、KindleUnlimited対象という理由が大きい。

『家族法コンメ』は4,000円付近の価格域。ただし親族編と相続編に分かれているため、合わせると8,000円近く。『新コンメ民法(家族法)』の3,300円、同Kindle版1,650円と比べると高価な印象。とはいえ、条文制定経緯などの解説を含むことを考えれば、値段相応に充実しているとは思う。

『択一』は比較的安価。3,000円付近の価格域。法解釈に特化しており、条文制定経緯などの解説を含まないものの、分かりやすさの優位性もあり、内容とのバランスがとれた価格域には思う。民法が財産法と家族法を含んだ1冊構成にもかかわらず、民法以外と同価格帯に抑えている点も、手を出しやすい。

司法試験のサポート

これは確実に『択一』が勝る。

司法試験や予備試験の試験年別の論点一覧表が記されている。そして各条文にも、「司」「予」と双方共通出題の「共」のマークが示されている。さらに各条文には、2024年度の出題予想マークまで示されている。

この種の情報は『新コンメ』や『家族法コンメ』にはない。

ただ、一般国民の嗜みという視点で考えれば、ここは必ずしも必要ない。試験に出るくらいに重要な内容という程度の意味はあるかもしれない。

各法令への関心度合い

コンメンタールの示す各法令への関心、その背景を簡単に記しておく。つまり、法の専門家あるいは法の専門家を目指す者、どちらでもないのに関心を持った、そのあたりの背景を少し記しておく。

憲法

憲法への関心は、近時の情勢を受けて。つまり、改憲議論やウクライナ有事などを受けて。改憲対象の条文がどのように解釈されているのか、それぞれの解釈に対してどのような批判があるのか、それらを知らずに賛否など決められないだろうというところにある。

関心の中心に憲法9条が来る。中心となる憲法9条だけを対象とした書籍という選択もあったと思う。ただ、改憲議論には憲法9条以外もあることから、憲法を網羅的に解説する書籍を選んだ。また、憲法9条だけを対象とするものは著者の考えが色濃いことから、共著性があってフラットさが期待できるという理由でも逐条解説本を選んだ。

なお、どのような形が良いのか、まだ考えをまとめ切れていない。

刑法・刑事訴訟法

これらにはニュース報道などでもしばしば触れる機会がある。そこから関心を持つという流れが強い。

今年起こった事件を思い起こせば、現行犯逮捕、建造物侵入(トイレ)、自殺幇助、詐欺、強盗などがある。成立の要件、既遂未遂の分水嶺、準備罪の成立時期などの確認で書籍を使用した。

現行犯逮捕の要件などは『新コンメ刑事訴訟法』(第3版)P.534あたりに詳しく記されている。記事にまとめるには旬を過ぎているようにも思ううえ、まとまってもいない。気が向けば、まとめたうえで公開するかもしれない。

民法・民事訴訟法

これらは、憲法や刑法・刑事訴訟法に比べると関心の度合いはやや下がる。これまで民事にさほど関心を持っていなかった。交通事故の過失割合という観点で関心を持った程度だった。

交通事故は前触れもなく起こるもの。だから交通事故の民事の扱いには以前から関心があった。過失割合に関わる書籍『別冊判例タイムズ38号全訂5版』などは逐条解説本を入手する前から持っていた。

この状態よりもさらに関心を持つことになったきっかけが2つある。

ひとつは、ある裁判系のYoutubeチャンネル。このチャンネルに辿り着いた経緯は覚えていない。何かの裁判に関する情報を探している中で、その裁判の判決を取り上げていたことがきっかけだったように思う。もしかすると、農業アイドル訴訟かもしれない。

そのチャンネルでは民事裁判が取り上げられている。そのため、関連する民法や民事訴訟法にも関心を持った。

もうひとつは、最近のとある裁判群。軽く触れると、東京都で住民監査請求や住民訴訟の話が昨年末くらいからあり、それに関わる当事者の周辺で民事訴訟が発生しているというもの。以下のつぶやきも、それを受けたもの。

ただ、すでに発生した民事訴訟やその行方には関心があるものの、民事訴訟に至る前の民事トラブルそのものにはあまり関心がない。とくに、侮辱や誹謗中傷の類にはあまり関心がない。そのあたりが、民法や民事訴訟法に今までさほど関心を持たなかった理由だと思う。

一部の民事訴訟は、侮辱や誹謗中傷の類というより真っ当な批判を封じるためのものと感じる部分もある。どの訴えがどの程度認められるか、どのようなものであれば真っ当な批判と扱われるか、このあたりには引き続き注視していこうと思う。

商法

一番関心が薄い部分。

いままで、商法の特定の条項を意識したことがなかった。ニュース報道などでも見かけることがない。そのため、今のところ逐条解説本を引こうという気にあまりならない。

ただ、気になったときにすぐ確認できるように、手元に置いておくことにした。

行政法

商法の次に関心の薄かった部分。

行政法は単一法令を指すものではない。たとえば道路交通法なども行政法に含まれる。そして、このような個別法令の性質を、行政法という枠組みで意識したことがあまりなかった。一度は『伊藤真の行政法入門(第3版)』で理解したつもりでいたところ、忘れてしまっていた。『新コンメ』シリーズに含まれていなかったので触れる機会がなかったという背景もある。

ただ、民法・民事訴訟法のところに書いた、東京都での住民監査請求や住民訴訟を中心に、今は関心を持っている。

これより以前は関心がなかった。もっと広く、行政だけでなく政治にも関心がなかった。ウクライナ有事がなければ、おそらく今もそうだったと思う。

ウクライナ有事→国防への関心→政治への関心→地方政治への関心→前述の住民監査請求や住民訴訟への関心。このような経緯。前述の住民監査請求や住民訴訟は、多くのメディアでほとんど取り上げられていない。ウクライナ有事がなければ、この住民監査請求や住民訴訟に触れる機会などなく、関心を持たなかったと思う。

『択一』の行政法以外は、字引き的な使い方のつもり。対して『択一行政法』は、ざっと通読しようと思う。



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