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「ハイウェイ・ホーク」第三章 鷹の目(5/6)【創作大賞2024ミステリー小説部門】

 安井はバカにする木場田を無視して梯子を昇り出した。木場田もその後に続いた。二人は懐中電灯の明かりを頼りに、橋桁の間に取り付けられている狭い検査路へと移動した。検査路の床は鋼製とは言え網目状になっており、眼下轟々と流れる梨田川の水面が微かに見える。目的の場所に着くと、安井は人目に付かないように隠していたバッグを指差した。木場田がそれに手を伸ばし、ロープを解こうとした時、安井と落ち合った場所が点滅する赤い光で照らされていることに気付いた。懐中電灯のような明かりも見える。木場田は安井から懐中電灯をむしり取り、橋脚の方に光を当ててみると、数人の警官が梯子を昇って来る様子が見えた。
「はめやがったな。おまえ、殺すぞ」
「だから言ったろう。おれとおまえは、共犯者だって。もう逃げ場はない」
 
 安井は木場田と接触する直前に、金の分け前に関して共犯者と口論になり、身の危険を感じたので、自首する代わりに共犯者を逮捕してほしいと谷川に連絡を取っていた。
 警官隊が橋桁の検査路を走ってどんどん近づいてくる。木場田は袋のネズミだった。逃げ道を探した木場田は、橋脚の隅から橋の上に昇ることができる昇降梯子を見つけて昇り始めた。そして梯子の上端まで昇りきると、夜なのに橋の上がなぜか異様に明るい。そこは道路規制の真っ只中で、無数のライトで照らされていた。
「兄ちゃん、ここから一番近いインターまで二十キロはあるで。そんなに走れへんやろ。走ってる間にハイウェイパトロールに捕まるか、車に跳ねられて死んでまうで」
 そこには野村が立ちはだかっていた。木場田の足元には、すでに警官隊が押し寄せている。木場田は梯子上で上着の内ポケットからダイナマイトとライターを取り出した。
「近づくなっ! ダイナマイトに火をつけるぞ!」
「待て、そんなところで爆発させたら、おまえもただですまんぞ」
 警官隊を率いてきた谷川が、木場田の気を落ち着かせようと説得を試みた。
「うるさいっ、捕まるくらいなら死んだ方がましだぁ!」
 木場田はダイナマイトの導線に火をつけた。谷川はすぐに退却命令を出したが、検査路が狭くて思うように後退できない。木場田は警官隊に向かってダイナマイトを投げつけようとしたその時、木場田の体が宙を舞っていた。木場田の背後に人の影が見える。野村が木場田を抱きかかえたまま、橋の上から飛び降りたのである。野村と木場田はそのまま川の中へと落ちて行った。そして、轟音と共に水柱が立ち上った。
「ノムさんっ、あぁぁぁぁぁぁ!」
 暗闇の静寂の中で、安井の絶叫だけが響き渡った。
 
 狭くうす暗い取調室で、安井に対する事情聴取が始まった。すでに安井は犯行を認める供述をしていた。共犯者は死んだ野村、木場田の三人。動機はただ金が欲しかっただけ。
「あの日、雨が降ったのが誤算だったな。ところでなぜ東出さんの携帯番号を知っていたんだ」
 谷川が聞いた。
「あの人は、元々管理事務所で統括管理をやってました。本線規制を各工事会社が勝手にやってしまうと、規制が重なったり近かったりしたら困るので、定期的に調整会議ってものをやってます。そこで配布される資料に責任者の東出さんの名前と緊急連絡先として携帯番号が記載されてました。おれたちは孫請けで末席に座らされるので、こっちはあの人の顔をよく知ってますが、あの人はおれたちの存在すら気付いてない」
 安井は淡々と答えた。
 
「一つわからないことがあったんだが、おれたちが軽トラを追跡している間、不審な車両は一切見なかった。それなのにあんたはなぜおれたちがどこを走っているって、正確に分かったんだ。社長の軽トラを印西インターチェンジで降ろした時も、寸分の狂いもなく電話をしてきたよな。あれ、一体どういうからくりなんだ」
「高速道路を走ってたら、黄色のトラックとかパトカーとか、たまに見かけるでしょ。おれたちはほとんど毎日それに乗ってるんですけどね。あれって制限時速で走らないとだめなんです。大体時速八十キロ。だから同じ速度で走り続けてくれれば、何時にどこを通過したかも、感覚で分かるんですよ。」
「へぇー、大したもんだな。しかし渋滞とか事故とか、突発的なトラブルは想定していなかったのか」
「ええ、公団が発信するラジオの渋滞情報をずっとチェックしてました。それに三宮さんが事故を起こせば、すぐに計画は中止するつもりでした。おれたちは三宮さんが走るルートの途中で本線規制をやってましたからね。ずっと通過するのを監視してました。時間通りに通過しなかった場合も計画は中止してました」
「長年の経験が成せる業ってことか。もったいないねえ、そんな才能を犯罪に使ってしまうなんて」
「おれたちは日陰者なんでね。こんな才能なんて、いくらあっても一生浮かばれることはありませんよ」
「ほー、ところで一億円、川の中に落としたって、それ誰が信じると思っているんだ。」
「信じるも何も、落としてしまったんです。あの時は真っ暗闇でしたし、どうしようもなかったんです」
「最後に一つ聞いていいか。犯行前に公団の本社ビルの前を、あの派手なトラックに乗って通過したか」
「さぁ、会社が近いですからね。通ったかもしれませんが覚えてないです」
「鷹の目・・・、まぁどっちでもいいか」
 谷川はそう言い残すと、取調室を出て行った。その後、安井の実刑が確定し刑務所に服役することになった。

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昭真(shoshin)
「通勤電車の詩」を読んでいただきありがとうございます。 サラリーマンの作家活動を応援していただけたらうれしいです。夢に一歩でも近づけるように頑張りたいです。よろしくお願いします。