DOWNLOAD JAPANで接触通知が来て絶望した話
はじめての接触通知
接触時間128分
DOWNLOAD JAPAN 2022に参加してきた。私にとってはSUMMER SONIC 2019以来のロックフェスで、それはもう楽しかった。
どの楽曲もバチバチに強く、そんな曲で客を煽るバンドに対して、ルール上は応じられないながらも実際にはモッシュを繰り返してしまうメタラーの「性」を遠目で見て爆笑した。
だが笑ってもいられないことが起きた。帰宅後、COCOAアプリが接触通知を出してきたのだ。通知内容は、フェスの時間内に「1日、128分の接触」とのこと。
この時点でわかったことは、おそらく大トリのDREAM THEATER中に接触が発生したということだ。DREAM THEATERのセットリストは文字通り重厚そのもので、120分の持ち時間に対して演奏曲は9曲、つまり平均して13分/曲。終盤には20分曲を2連発するなど、まさにプログレメタルの王道を往く、容赦なきライトリスナー殺しを決めてきた。朝から参加し続けてきた観客の体力は大いに奪われたことだろう。
絶妙なガラガラ感
私はもともとDREAM THEATERメインで参加するつもりでいた。2014年のLOUD PARKで、感染性胃腸炎のために彼らに会えないまま途中退場した思い出があったからだ。
それに、フェス前半に集められたメロデスやスラッシュメタルは、私が好きなジャンルでもなかった。体力と時間を消費して、感染リスクを冒してまで前に突っ込む気はなかった。
私が大好きなネオクラシカルメタルやシンフォニックメタルは、おそらく日本のメタル界では端っこのジャンルなのだろう。参加者の格好を見渡してみても、今回は出演しない親日メロデスバンド・ARCH ENEMYのTシャツが想像以上に多く、ジャンルの影響力を実感せざるを得ない。
そんなわけで、当日の参加も中盤から、会場後方のスペースでゆったり見ることに決めていた。だいたいの行動プランを立てながら会場に入ってみると、会場全体の広さももちろんだが、後方に発生していたスペースも想像以上に広かった。
幕張メッセのホール三つをぶちぬいた会場の、ステージの前1/3はVIPスペース。残りが自由スペースだが、左右端は人がごくごくまばら。たいていの人は中央に固まるも、それでも15-30センチくらいは各人のスペースがある。中小ライブハウスか、あるいは声優ライブのZepp Tokyo(小さなリュックが足下に置ける程度)といった程度の混み具合。
後方は、そんなもんじゃない。前に行きたい人はみんな前に行ってしまうので、密度の差が極端に発生し、ついには各人の間に前後2mくらいの空間ができてしまった。
ここまでのガラガラ具合はめったにない。というか事故レベル。運営の赤字を覚悟するレベル。
COCOAの判定は、陽性者の周囲1mで15分程度の接触があった場合に発生する。率直に言って、DOWNLOAD JAPANの後方スペースでは、そんな状況はまず発生しなかったと思う。
スペースがあれば人は動く。前に行く人、トイレに向かう人、ビールを買いに行く人。顎マスクでビールをすする輩も2桁は見たが、それでも留まりはせず過ぎ去ってゆく。私のスペースに立ち止まる人はいなかったし、そういう人が出たときにはわずかに移動した。
唯一その状況が崩れたのがDREAM THEATERだった。
私も悪いのだが、会場中央PA横に周囲1mくらいの間隔を空けながら視聴可能なスペースがあったので、そこに移動して見ることにしたのだ。
先述したように長尺曲が容赦なく繰り返され、朝から見ていた人たちは疲労がピークに達していた。日曜日のフェスなので、明日は仕事で早く帰りたい人も多かったことだろう。ステージが進むごとに前の人が抜け、気がつけば隣の人も、後ろもいなくなっていた。
ライブ終盤、メンバーがハケて、アンコールの手拍子が数分続いた後の「Pull Me Under」イントロが流れた瞬間だけ、急に人が前に流れ出したのが唯一の例外。
……このスペースで発生したのが、128分の接触だった。誰が感染者だったか、だいたいイメージでわかるレベル。それから12時間ごとに感染者と時間が増え、現時点で「合計446分間の接触」が観測されている。
COCOAログチェッカーを通すと、8/14には50件の陽性登録者を確認している。それらがすべて1m内にいるわけでもなく、それらが私の感染可能性に影響したわけでもないだろうが、日常の中でちょっとそこまで買い出しに行くだけでは、ここまでのスパイクは発生しなかった。
日曜日にライブに行ったから、こうなったのだ。因果関係を、ここに見なければいけない。
接触と感染はイコールではない。感染者が発する飛沫を吸い込み、かつ免疫が対応できなかったときに感染が発生する。
私の場合接触通知が来たのが水曜日で、その時点では体調に問題もなく、木曜日に念のため受けた抗原検査は陰性。金曜日の現時点でも熱もないため、潜伏期間72時間のオミクロン株の性質を考慮しても、まず感染はしていないだろう。とはいえ今回はそうでも、次回以降もこうなるとは限らない。可能な対策は打っておきたいと考えた。とりあえず欧州で着用義務化されていたN95マスクと同程度のスペックを持つKN95マスクを調達したり、万一の感染のために食料を買い込んだりはしている。
しかし、こんなガラガラのフェスで接触が発生するなら、そもそもどうすれば接触と感染を回避できるというのだろう?
今と将来の計算
何によって感染が防止できるか
新型コロナウイルス感染防止策は各レイヤーにおいて数々提示されているものの、オミクロン株とその変異種の流行により、「感染防止策をしても感染した」事例が多発しているように見受けられる。また、2022年夏以前は感染者数が減り続け、感染対策が残念でも結果として感染しない状態が続いていたように思われるため、個人・組織ともに対策レベルが落ちていた、という認識である。
個人的に危惧しているのは、「不織布マスク」の一般化が達成できた一方で、欧州レベルのN95/KN95マスク着用にまで至っていないこと。同時に、自分はN95/KN95マスクを調達することができても、他者がそうでないために、結果として感染防止策がプラマイゼロの状態になること。
これに加えて、「感染防止策をしても感染する」という認識が市中に広まることにより、実質ノーガード戦術に移行する人間が出てきかねないという懸念もある。
しかし、これらの懸念はすべて無意味である。物事は起こるか起こらないかの二択で、それをコントロールする方法は非常に限られているためだ。
何が信頼できて、何が信頼できないか
大前提として、自分の行動はコントロールできるが、他者の行動はコントロールできない。また、イベントに参加する限り、運営組織が敷いた仕組みの中で行動することを強いられる。
そのため、隣に感染者が来ないということは保証されないし、並んだ椅子の幅を勝手に広げてソーシャルディスタンスを確保することもできない。
できることは、自分が撤収するか、そもそも最初から来ないか。
また、人間は自分の都合いいように動くものなので、感染を隠してイベントに参加する可能性は十分ある。特に、数年ぶりの来日、年に一度のイベント、誕生日など、再演可能性が低いイベントであればあるほど、参加者は万難を排して参加しようとする。
配信や複数回開催など、その瞬間に参加できない人が別の方法で参加できる可能性があったり、キャンセルによる返金などサンクコストの発生を抑える仕組みがあれば、感染者や懸念ある人間が「今回は諦める」という選択をとりやすくなるはずだが、今の興行ビジネスに、そのような構造はほぼ存在しない。
リセールは直前になれば終了してしまう。チケット分配は自分の分まで分配できない。個人間売買すれば規約違反になり、アーティストによってはファンクラブ資格停止すらありうる。
諦めたらそこで試合終了なのだ。
確実に回避することはできない
それでも、特定のライブに行かなかったからといって、自分が感染しない、というわけではない。別の場面で感染者と遭遇する可能性もあるし、家族や同僚が感染した結果不可避的に感染させられる事態は容易に想定できるだろう。だとすると、感染を回避することはできないという前提で、感染のダメージを減らす方策に集中するのが、確かに効率的である。
経済合理的観点からしても、感染によって発生する社会的・経済的コストと、感染対策によって発生する社会的・経済的コストを天秤にかけて判断するのが正しいのは事実。
しかし、社会としては、経済合理的にそれが正しくとも、個人には個人の選好があり、個人の事情がある。私がいま経験しているのは、推しのファーストライブに参加できるか? という課題だ。
感染までのタイムリミット
もしも自分が新型コロナウイルスに感染した場合、発症日によって療養期間が定められる。
有症状の場合
無症状なら
濃厚接触者なら
療養期間が推しのライブに重なるなら問題になる。逆に言うと推しのライブに重ならなければ、感染してもコラテラルダメージと言える。私は2022年2月時点でワクチンの三回目接種を終了しているため、現時点でこれ以上のワクチン接種を受けられない。抗体量も時間計画のために低下していると思われ、オミクロン株の性質まで考えると、重症化防止は対応できるかもしれないが、感染防止効果はほとんど期待できない。
やれることはやったが、それゆえに、もうやれることがほとんどない状態なのだ。
DOWNLOAD JAPANは、万一感染しても本当に行きたかったライブの前に療養から復帰できるという点において、ギリギリ冒険可能なチャンスだった。そこで安全性を検証しようと思っていたのだが、いきなり接触通知が来てしまったものだから、ここまで真剣に悩んでいる。
こうして私はチケットを無駄にする
ここまで考えて、私は、数枚のチケットを無駄にすることにした。
8/19、ちょうど今この記事を書いているタイミングで開場し、あと30分で開演しようとする、Unlucky Morpheusの東京公演。
8/20、五反田のシーズレシピで開かれる、声優の安東心さんのイベント。彼とはいろいろな縁があるわけだが、彼の開催した前回のイベントにも直前で参加できず、悔しい思いをした。また繰り返してしまうのが辛すぎる。
それと8/30、茅原実里さんとのご縁で知った、日本最重量チェリスト・向井航さんの参加するロッキンカルテット公演。
合計で20000円程度になるだろうか。
それを犠牲にして、9月1日から3日に河口湖で開催される「音楽熱想フェス」により確実に参加することを試みる。茅原実里さんのバックバンドCMBから派生したプログレッシブロックバンド、Time Capsule Orhestraのファーストライブがその中心にある。
11000円のチケットを取って、河口湖に二泊三日するのだ。せっかく得た機会を、無駄にしないわけにはいかない。
それでも結局全部無駄にすることになるかもしれない。
感染発覚時には、河口湖のホテルのキャンセル料も発生して、チケット代も含めてさらに5万円程度無駄にする可能性がある。だが、ひとりの人間にできることはこのくらいしかない。
もちろん感染ガチャを回し続けて、全部当たり(外れ?)が出るのを祈るのも、不完全な人間たる行動としては十分に合理的だろうが、私はそういうことができるほど、他者も自分も信用できないのだ。
ノーマスクの酔っ払いに絡まれたら? 微熱のある熱狂的ファンが隣にいたら? 陽性判断された人が帰りの電車にいたら? 感染者のいるところでうっかりマスクを外して水を飲んでしまったら?
それよりは、人口密度も参加者数も少ない河口湖で過ごす方が感染リスクは低いだろう(同時に、地元住民にリスクを押しつけているのだが)。また感染者数のグラフは下降傾向にあるため、後ろに行けば行くほどリスクは下がるはずだ。
無駄になったチケットと金はどこへ行くか。
チケットはどこにも行かず、ただデータの中に消えてゆくことだろう。金はアーティストの懐には入ってるんじゃないかな。
しかし空席はどうやっても埋まらない。かわりの席を用意してくれることもないだろう。ひとりの欠席など、数字にすぎない。
こうして、ひとりの欠席は数字にされ、誰かにお金と後悔が発生し、時間は流れてゆく。