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茅原実里「Innocent Age」~10年に一度のコンセプトアルバム

はじめに

茅原実里「Innocent Age」は、10年に一度のコンセプトアルバムである。リリースから5年が経ち、声優アーティスト・茅原実里の終わりが近づいた今でも、この認識は変わらない。むしろ、あの時よぎった「このアルバムがよくも悪くもターニングポイントになるのではないか」という漠然とした懸念が、本当に形になってしまったように思う。
世界のメタルバンドは、名作を作ると、崩壊してしまうのだ。

「Innocent Age」とは~漠然とした懸念の正体

まず、「Innocent Age」という言葉遣いそのものに違和感があった。
人が「Age」=「時代」と口にするとき、それはもうすでに終わった時代のことを想起している。たとえば「巨人の黄金時代」「ローマ帝国の黄金時代」という言葉があれば、V9時代だったり五賢帝時代だったり、明確に「黄金時代」と呼べるだけの根拠を備えた、一定の期間を示す意味で使われている。
「○○時代」は、その○○が未知の概念でないとき以外は、常に過去を示しているのだ。

そして「Innocent」という言葉もまた引っかかる。
「Innocent」を「無垢な」と訳すと、「純粋な」という程度の、いい意味で捉えられてしまうが、それでは足りない。誰かが「Innocent Age」と口にする時、その主体は「無垢だった頃」=「何も知らなかった頃」を振り返っている。「Innocent」を振り返る主体は、かつては「Innocent」であったが、今はそうではない。無垢な時代を捨て去ったからこそ、過去が「Innocent」であったことを認識できるのだ。

時間は常に前に進み、かつての「時代」に戻ることは絶対にできない(「第二の黄金時代」であれば可能だろうが、それはかつてと同じではない)。「Innocent Age」というタイトルは、二度と戻ることのできない、何も知らなかった頃、汚れていなかった頃の自分を、もう戻れない彼岸から振り返るイメージを想起させる。
これは、今までの茅原実里の、どのアルバムとも発想が違うところからスタートしていることを示している。

過去作のタイトルは現在か未来、他者に向いていた。たとえば「Sing All Love」は「愛を歌う」という決意であり、「Contact」は他者と「接触」すること、「D-Formation」は電脳アリスが世界へ飛び出す物語である。
「Innocent Age」は「何も知らなかった頃の自分」の物語に他ならない。
ここで私は「自分」という言葉を補った。それは、「何も知らなかった頃の、誰かの物語」を客観的に歌うような隔たりを、楽曲から感じなかったためだ。

1992年にB'zがリリースしたコンセプトアルバム「FRIENDS」は、友人関係と恋愛関係の狭間の物語を繰り返し描いている。その中でも人気の高い「いつかのメリークリスマス」を振り返ると

いつまでも 手をつないでいられるような気がしていた
何もかもがきらめいて がむしゃらに夢を追いかけた

B'z「いつかのメリークリスマス」

この曲は、動詞のほとんど全てが過去形である。美しい光景はどれもこれも過去。それも、無数の時間と意味に埋もれてしまった「いつかの」メリークリスマス。茅原実里「Innocent Age」と並べて考えると、1曲目は「いつかのわたしへ」だったな……

まとめると、「Innocent Age」とは、茅原実里が、初めて一人称で過去を向いたアルバムである。「一人称」というところも注目してほしい。巨視的に世界を眺めていた「Contact」から、自分の恋を振り返るところまで、世界のスケールが変化しているのだ。
必然的に、物語は私小説性を帯びる。恋愛が苦手なオタクは、みのりん本人の経験を想像してしまうし、ストリングスや世界観の装置が止まり、生身のバンドサウンドでそれを見せつけるということは、私小説と取られてもいいという本人の覚悟すら感じてしまう。

ストリングスとバンドサウンド~不在と過剰

「Innocent Age」の楽曲的なポイントは、「恋」「春風千里」などにみられる、強いバンドサウンドである。これも過去の茅原実里楽曲とは対極にある。その一方で「ありがとう、だいすき」「会いたかった空」などストリングスを駆使した従来型の名曲も数多く、これまでにない幅広い楽曲スタイルが楽しめる。

茅原実里楽曲における不動のヴァイオリニストといえば、室屋光一郎氏である。本作では演奏者として・室屋光一郎ストリングス主宰としてのみならず、ストリングスアレンジにも名を連ねている。Wikipediaから書き起こしを転載し、室屋光一郎ストリングスの演奏に☆、ストリングスアレンジに★をつけてみると、

1. いつかのわたしへ [2:35] 作詞:畑亜貴、作曲:黒須克彦、編曲:須藤賢一
☆★2. Awakening the World [4:21] 作詞:こだまさおり、作曲・編曲:堀江晶太、ストリングスアレンジ:室屋光一郎
3. 視線の行方 [5:05] 作詞:こだまさおり、作曲:田代智一、編曲:菊池達也
☆4. きみのせいだよ [4:36] 作詞・作曲:楠瀬拓哉、編曲:多田彰文
5. あなたの声が聴きたくて [4:29] 作詞:松井洋平、作曲:俊龍、編曲:藤田淳平(Elements Garden)
6. 恋 [4:26] 作詞:茅原実里、作曲・編曲:堀江晶太
☆★7. 月の様に浮かんでる [5:29] 作詞:松井洋平、作曲・編曲:藤末樹、ストリングスアレンジ:室屋光一郎
8. 春風千里 [5:29] 作詞:茅原実里、作曲・編曲:山元祐介
9. ラストカード [4:29] 作詞・作曲:楠瀬拓哉、編曲:中土智博
☆★10. Love Blossom [5:25] 作詞:茅原実里、作曲・編曲:黒須克彦、ストリングスアレンジ:室屋光一郎、ウィンドアレンジ:ただすけ
11. Dancin' 世界がこわれても [4:29] 作詞:畑亜貴、作曲・編曲:山下洋介
12. カタチナイモノ [4:29] 作詞:茅原実里、作曲・編曲:藤末樹
13. ふたり [3:58] 作詞:茅原実里、作曲・編曲:黒須克彦
☆14. ありがとう、だいすき [5:18] 作詞:畑亜貴、作曲:rino、編曲:Evan Call(Elements Garden)
☆15. 会いたかった空 [5:25] 作詞:畑亜貴、作曲:菊田大介(Elements Garden)、編曲:藤田淳平(Elements Garden)
☆16. はるかのわたしへ [2:46] 作詞:畑亜貴、作曲:黒須克彦、編曲:須藤賢一

ストリングスアレンジとして三曲、演奏としては七曲に関与している。

前作「NEO FANTASIA」では打ち込み系「TOON→GO→ROUND!」~「endless voyage」以外の全楽曲で演奏して、ストリングスアレンジとしての関与はゼロ。ストリングスアレンジの話を深掘りすると、前々作「D-Formation」では俊龍作「暁月夜」で辣腕を振るっている。
このあたりは想像だが、茅原実里楽曲の制作過程で、作曲・編曲者がストリングスパート制作に不慣れな場合に「ストリングスアレンジ」という業務が出てくるのだろう。Elements Gardenの菊田大介さんや藤田淳平さんなら自分でこなしていたものを、堀江晶太さんや黒須克彦さんの時は室屋氏に頼んだ、というイメージが浮かぶ。室屋氏はクラスタシア「Unification」シリーズ3作で、打ち込みあふれる茅原実里楽曲をアレンジした経験があり、そもそもライブ演奏で誰よりも楽曲を熟知しているのだから、当然といえば当然の業務だ。一方でストリングスアレンジが特殊な工程なんだな、というのもわかる。

そしてもうひとつわかったことがある。「Innocent Age」では、おそらく意図的に、ストリングスの入った曲が分散しているのだ。
これは、新境地のバンドサウンドを前面に押し出したい一心でもあるだろう。だが、綺麗に散らばりすぎてはいないか?タイアップ楽曲でストリングスが入っているとはいえ最後だけ三曲連続でストリングス入りなのも不思議な気がする。

作詞家・茅原実里の実力

声優アーティスト・茅原実里には、作詞家という別の側面がある。アコースティックギターを抱えて路上で歌った、下積み時代の経験が、名盤「Sing All Love」の最後を飾る「Sing For You」で、本人作詞作曲の隠れた名曲「一等星」で、茅原実里ライブの定番曲と化した「Freedom Dreamer」で、徐々にふくらみ、開花していった。
その実力は前作「NEO FANTASIA」で開花した。リード曲「TREASURE WORLD」の、ガヤガヤとした、賑やかで明るい世界観は、まさにテーマパークの王道。それに対するカウンターパートとして彼女が描いたのは、孤独なショーケースの中にたたずむ人形の物語「Lonely Doll」。アルバム後半に注ぎ込まれるシングル楽曲たちの間に突き刺さり、強烈な印象を残した楽曲だった。クレジットに刻まれた「作詞/作曲 茅原実里」の衝撃たるや……。

本作では中盤~後半、感情が前後に揺れ動く時期の詞を紡いでいる。その言葉には、たどたどしさは一切見られない。職業作詞家と肩を並べて、同じ世界を支えている。

遙かなる憧れは 遠くにあるから思い焦がれる
大切に思えば思うほど 傷つけても気がつけずに

茅原実里「ふたり」

歌い出しからこの言葉だ。とても冷静な言葉遣いと、「傷つけて気がつけずに」の韻の踏み方にハッとする。

テーマは「恋が愛に変わる物語」

いまさらだが、「Innocent Age」というアルバムは、恋に落ち、それを自覚し、迷い、交際し、恋に溺れ、立ち直り、愛に至る一方向の物語を構成している。全16曲が、その順で構成され、ひとつのストーリーを形作る。
これを音楽業界では「コンセプトアルバム」と呼ぶ。

他アーティストのコンセプトアルバムを例示すれば、先述したB'z「FRIENDS」はまさにそれ。洋楽の有名どころではQueensryche「Operation: Mindcrime」、Dream Theater「METROPOLIS PT.2 : SCENES FROM A MEMORY」、Royal Hunt「Paradox」など。どれもシリアスな物語をアルバム中に充満させ、満足感たっぷりだが、一度ではストーリーを理解するのが困難なため繰り返し聴き続ける必要もあり、「スルメ盤」と呼ばれることもしばしば。

もう少しゆるい形で解釈したものとしては、「エメラルド・ソード・サーガ」シリーズとしてアルバムを作り続けたイタリアのシンフォニックメタルバンドRhapsody(Rhapsody of Fire)の各作品がある。クサメタルの代表曲となった「Emerald Sword」はコンセプトアルバムの一部の一曲だが、歌詞の意味が分からなくてもとにかくかっこいいという意味で、コンセプトアルバムであることを忘れるほどの名曲。
日本のバンドDragon Guardianは毎作違ったコンセプトアルバムを出しているが、どれもストーリーのファンタジー感と声優ボイスが強烈でオススメ。特に「暗黒舞踏会」は「Emerald Sword」に並ぶ大衆性を誇る。

これらと比べると、「Innocent Age」はとてもわかりやすい。日本語だし、キリスト教の知識も必要ないし、アルバムの世界観から理解を始める必要がない。日本の音楽は恋愛をテーマにしたものがとても多いし、人間と恋愛は切り離せないのだから、「コンセプトアルバム」と言われなければ、そもそもその枠で認識されていなかったかもしれない。

さあ、聴いていこう。


いつかのわたしへ~メインテーマの提示

これは楽曲そのものがメインテーマである。イントロだけでなく、歌もほぼそのまま、後の「Love Blossom」として結実する。ツアー直後に開催された2016年の河口湖ライブ「SUMMER DREAM 4」では、このメインテーマを3拍子にアレンジした楽曲が披露されたのも思い出深い。

歌詞の「いつか」は過去方向を向いている。物語の全てが終わった後の視点から、物語のスタートラインに立つ自分へ向けた歌詞であると同時に、物語の一番最初の視点から、さらにその過去へ向いた視点からにも読めそうだ。一度、ここからの楽曲とは切り離して考えたい。

余談だが、この楽曲を聴いた瞬間に脳裏に浮かんだのが、Van Halen 「Van Halen 3」である。

ボーカルも雰囲気も、全米No.1を連発していた時期から激変し、Van Halenの文字通り「黒歴史」となったアルバムだ。ロックギターを変えた張本人、エディ・ヴァン・ヘイレンがアコギで奏でる「Neworld」のイントロは最終曲「How Many Say I」へ、メロディは次曲「Without You」へとつながる。この作品はコンセプトアルバムとは認識されていないが、エディの中では全部がつながっている気がする。
聴いてみてほしい。どことなく、「Innocent Age」みを感じないだろうか?

Awakening the World~バンド on ストリングス

歌い出しは四拍目で始まる。いきなり透明感のあるボーカルが冴える。「朝に変わる」の瞬間に、歌の感じも切り替わる。そして裏拍のシンバルとベースが踊り出す。Aメロはキックとベースが同期して響き、後ろにストリングス、最後にギターがやってくる。サビはベースとストリングスが前、ギターがやや後ろに。
これぞ茅原実里という絶妙なバランスで楽曲が回り出している。何よりストリングスとバンドが全く喧嘩せずに、引くところでは引いて、出るところで出ているのが気持ちいい。ミュージシャン表記では「Violin」だけど、チェロがしっかり鳴っていて、そっち側の低音パートからゆるやかに楽曲に入り込んでいるので、ベース中心のバンドサウンドに溶け込んでいるんじゃなかろうか。
作曲者はベーシストの堀江晶太氏。明らかにこれまでのどの楽曲とも違うベースを出していて、新世界を構築している。

視線の行方~ゆったりAOR

音の流れは一気に落ち着いて、TOTOを思い出すゆったりした展開に。この曲に関しては、歌い出しからしばらくの音の空白が、本当に気持ちいい。二番からはシンセが賑やかに色をつけ、ときおりオルガンやスライドギターが流れてくるのも趣がある。同時に、いつもなら茅原実里に充満しているストリングスが入っていないのがこんなに効くのか、と思ってしまう。
歌詞の世界は、「自動的に」彼を探してしまう自分に気づく、という話。

きみのせいだよ~ロック+ストリングス

作曲者は初登場の楠瀬拓哉さん。ドラマーで、元Hysteric Blue……ということで、かつての大ヒット曲「春~Spring~」の作詞作曲者でもある。ラジオであの曲を聴いた時の驚きは、今でもわずかに思い出せる。原曲はSpotifyで見つからなかったが、強制わいせつで逮捕されたギターの人(この時代のギタリストとベーシストは逮捕されすぎだろ……と勝手に思う)を抜いたふたりのバンド「Sabao」のセルフカバーが視聴できる。

いい意味で伸びきらない、Tamaさんのほろ苦ボーカルは相変わらず。

で、「きみのせいだよ」は真っ当なロック楽曲。Aメロでは茅原実里では逆に珍しいパワーコードが冴え、サビでは一気にストリングスが多幸感を奏でる。ストリングスが板についていると思ったら、編曲が「Reincarnation」の多田彰文さん。なるほど。あと、イヤホンで聴くと右側で薄くアコギがしっかり鳴っていることにも注目。
ドラマーらしいなーと思うのが、リズムを変えて楽曲に変化をつけてくるところ。Aメロで綺麗に収まったところにBメロで再び緩急をつけ、サビへの高低差をつけていく。特に大サビ前からの流れが強烈で、大サビは細かいドラミングがボーカルを食っている。

あと、まあ、この歌詞は純粋に凄い。「春~spring~」も驚くが、トロットロにキラッキラな恋物語を書けるドラマー、何者だよ!

あなたの声が聴きたくて~恋俊龍

イントロからずっとスラップが鳴っている。後に茅原実里バンド=CMBのベースを務める岩切信一郎さんの初仕事。ギターがソロ以外はカッティングに終始しているので、全体的にベースの独壇場でずっと暴れ回っている。チャイナ風なシンセが随所にちりばめられていて、時折鳴る明るい効果音含めてハッピー感全開。乙女の恋心を歌にしたらそのまんまこんな感じなんだろうな。
作曲者は茅原実里楽曲でおなじみの俊龍氏。「LINEをやらない👏俊龍」のクソコールで超有名になったので、歌詞でも「SNSもI don't know」「既読スルーでもI'm in blue」なんじゃないか、なんて思ってしまった。楽曲としては全体に王道進行でわかりやすく、ギターソロも入っている。ソロ明けのフレーズ

カフェテラス…3PM、いつもの席…You're sitting
隣の席があいていました
勇気をださなきゃ、ねえ、ねえ、今すぐに!

単語のひとつひとつが生き生きと浮かぶ。音と物語がここでシンクロしている。

恋~物語の第一ピーク

この楽曲はこの位置しかない! タイミング的に先行シングルとして発売された楽曲だが、「Innocent Age」の物語から見れば逆に「シングルカット」だ。まあ、このあたりの話は細かいから置いておこうか……。
「恋」は一度下記noteで語ったが、それでもまだまだ語り足りないのだ。

物語はここで一度目のピークを迎える。ここまで「運命が動き出す瞬間」→「事件」→「ずっと弾む心」→「高まるこの思い」と紡がれてきた言葉が、「あなただけが好きだって気づいちゃった」と爆発する。
これ以上に表現できる言葉はないし、これ以外では表現できなかった言葉だろう。人間は言葉で生きる動物で、言葉にできないものをどうにか言葉にした途端に、みんな一気に分かってしまうのだ。

「恋」は私の大好きなハードロックど真ん中。食い気味のドラムが猛烈に気持ちよく、ギターもベースも爽快、その上に乗るオクターブ奏法気味のピアノが最高に快感! そして何より、今までストリングスのオブラートに包み込まれてきたロックボーカリスト・茅原実里の魅力が存分に発揮されているのが素晴らしい。

月の様に浮かんでる~切ないシンフォニックメタル

この曲大好きなんですよ。ストリングスが歌に絡みつき(イヤホンでしっかり聴くと、サビでチェロが独立して動いていることも分かる)、ドラムはヘヴィロックのビートを奏でる(四拍目の感じがとてもいい……)、ベースは派手ではないが滑らかに踊る。
そしてツインギターのソロがクサい。
大サビで「会いたいよ」のコーラスが左右に響いていくのも、なんとも切ない。

「恋」までのハッピーモードを覆い隠すヴェールのような不安が、ストリングスとともにやってくる。「月」(ラテン語: Luna)は太陽の陰であると同時に、人を狂わす(lunatic)。
この楽曲は、歌詞の言葉が多い。「恋」を自覚したことによって溢れてきた感情が、それまでは想像しなかった孤独によって、誰にも届くことのない言葉として湧き出てきたイメージ。
音楽的には、メロディー自体はクラシカルで緩やかだったために、その部分を埋める(加速させる)言葉が必要だった感じだろうか。

ちょっと違うかもしれないけど、Nightwishの「The Phantom of the Opera」を思い出した。

春風千里~恋するヘヴィメタル

最初からやってくる「グルーヴ感」(でいいだろうか、この感覚)に圧倒される。第二期WANDSに漂っていた妙な退廃感に近い、やたら熱い曲だ。ドラムがずっと重く、ギターがずっとエモい。裏で執拗かつリズミカルに鳴り響くピアノ系シンセも気持ちいい。この曲はライブハウスで頭を振りながら聴きたい。大好きな曲。

「春風千里」のテーマは、嫉妬か。前の「月の様に浮かんでる」と比べて言葉の密度が低く、あのウェットな心情を抜けてきたことが音からも伝わる。ただJealousyと言えば厄介なもので、自らを蝶にたとえた一途さと紙一重の破滅志向、そしてそれゆえの美しさ、全部が一度に詰め込まれている。これはメタルだよ。あまりにもメタルだよ。真っ先に浮かぶのは「Silent Jealousy」か。
また、自らの身を顧みず恋に突き進むモチーフは、次作「SPIRAL」の「金魚」と共有するところがありそう(作詞:唐沢美帆)。

「カノジョの影」という言葉が急に重い。ここまで思い焦がれているのに、まだここでは「好きだと言え」ていない。ものすごく重い恋で、思い続けることはいくらでもできるのに、それを形にできない、という感じ。「カノジョの影」に嫉妬は燃え、もっと進め、突っ込んでしまえと決断を促す……

ところで、この曲のギターソロのチョーキングに、どことなくMegadethのマーティ・フリードマンを感じてしまった。あの人ああいう演歌風のチョーキングするんだよね。

ラストカード~最後の一押し

物語としては「ふたりがひとつになる直前」みたいな感じだろうか……。このふたりにはそれぞれに確信はあって、でも、恋人というわけではない。何のせいで先に進めないのか、それとも先に進んではいけないと思っているのか……そんなギリギリの距離感のストーリー。
オルガンとアコギがずっと鳴っているオサレな楽曲で、闇も嫉妬もどこかへ行ってしまったポップな曲なのに、歌詞だけは「このままぶつかれば 壊れてしまうの?」と妙に重大。

Love Blossom~物語、第一の終着点

画像1

画像は2017年にもらったサイン。まさにLove Blossom。

メインテーマがここでフルサイズで戻ってきて、オーケストラが入った状態でリフレインし、恋が成就した喜びに溢れたボーカルと歌詞が流れ出す。これこそがコンセプトアルバムの美しさ。

恋の花が咲き誇り
ああ、薄紅色の願い 真っ赤な実を結んだ

この言葉、茅原実里にしか書けないはずだ。とてもまっすぐで、表現はシンプルなのに、歌に完璧に乗り、華々しい。たぶん畑亜貴さんだったら、もっと違った表現になっただろう……。
また、「喜びも悲しみも 寄り添って奏でよう」というのは、「mezzo forte」の「いつか重なるふたつのフォルテ」とも、どこかシンクロしているように思う。

特にこの曲は、ボーカルを囲うようにいろんな楽器が鳴っている感が強い。ここまで前に出てきたベースもかなり引いている。弦楽器アレンジは流石大先生というできばえ。
また、「おっ」と思ったのは1番Bメロのドラムがギャロップ的に動いていて、サビへの期待を煽る。間奏後半ではバリバリに歪んだギターがストリングスとメインテーマをユニゾンするのがエモい。また、一番最後の「愛しいあなたとのメロディ」からのパートだけ、ボーカル全体に薄くエフェクトがかかってる! わずかにディレイかかったコーラス?

……普通の物語ならここで終わってもいいだろう。不思議な気持ちを恋と知り、恋に目覚め、好きの気持ちに揺らされ、思い切って動いたゴールが、この「Love Blossom」、綺麗なまでの恋愛の成就だ。それでいいだろう。楽曲的にもちょうど10曲。初期B'zならこのあたりでアルバム終わっていたぞ。

ところが、物語はまだ続くのである。

Dancin' 世界がこわれても~野性のエクスタシー

問題作である。茅原実里史上でも衝撃の問題作である。今までの純愛ストーリーからあまりにも逸脱した衝撃の楽曲。激烈に歪んだリフから、いきなり奇妙なコーラス全開のダンスビート。恋の物語はどこへ行った?

恋は愛に発展するものである。愛はエクスタシーを生む。エクスタシーは、もう当人にしか分からない世界。永遠に言葉にできない世界だ。
人間はどんなに取り繕っても動物でしかないのだ。そして動物は快楽からは逃れられない。
そんな物語として理解すれば必然性も分かるだろう。恋人たちは愛に溺れているのである。

音楽としてもメチャクチャ面白い。茅原実里ではめったに聴けないSuperfly風のトライバルなコーラスは、一度聴けば頭から離れなくなるだろう。エレピの後ろでずっと響くカッティング、時折前に出てくるワウペダルを踏んだギターサウンド、サビ前の仰々しいシンセのオブリガード、硬質で電子的なギターソロ、どれも90年代前半の音を感じるだろう。
種明かしをすると、この楽曲は、B'z「NATIVE DANCE」のほぼ完璧なオマージュなのだ。

どのくらい似ているかというと、B'z「憂いのGYPSY」とAerosmith「What it takes」くらいには似ていると言っていいだろう(気になったら是非ぐぐってほしい。似すぎて貼れないレベル)。
茅原実里本人のB'z愛と、B'zのAerosmith愛までオーバーラップさせながら話を進めていくと、B'zだってAerosmithと共演できたんだから、茅原実里だってB'zと共演できていいと思うが、まあそれはいつか先の話として……。

せっかくなので「NATIVE DANCE」の世界も取り上げてみよう。

ちゃんとみてボクの最高のステージ 何も隠さないから
キライならキライと合図して それからはじまる

恋人といい関係になるまでに、無理したり背伸びしたりしていたのを、もうやめよう! というストーリーだ。ボーカル・稲葉浩志の描く世界はダメ男・不倫・セックスの隠喩にばかり目が向くことも多いが、この世界はとても素直である。
実は「Dancin'~」も、その延長なのではないか? 世界がこわれても、それで傷ついても、それでも正直なままに愛し合おう、と。

なお、「Dancin'~」のギターは現代のスーパーギタリスト、菰口雄矢氏が弾いている。使い方が超贅沢でありがたい限り。

カタチナイモノ~メンヘラメタル

過剰に響くピアノ、スライドバーをめいっぱいにきかせたエレキギター。バラードと形容するには音がギスギスしていて、ロックと表現するには抑制されている。これだけでも音楽として面白いのに、間奏でテンポチェンジして爆走する。一変した曲調の中で茅原実里の歌は駆け抜け、大サビではX JAPAN「Rusty Nail」を思わせる展開に。そして最後に、強烈なシャウト。これは完全にメタルですよ。歌詞の世界観含め、完全にメタル。
「カノジョの影」(春風千里)など、うっすらと出てきた不安が、エクスタシーの後だからこそ増幅される。一度手に入れたからこそ、失う恐怖におびえる。「好き」という言葉はあのときと変わらないのに、どれもこれも、重い。

歌い出しから凄い。

足りないIが増えてく 欲張りになる心

「I」なのは「愛」とのダブルミーニングだ。「I」の解釈は「私が足りない」=満ち足りないのと、複数回の「I Love You」の「I」が足りずに「I Love Love Love You...」くらいになって、「Loveが多い」=感情が溢れて止まらない、というところだろうか。
「愛が足りない」のは、与える愛に対して、恋人から帰ってくる愛が足りないと感じている、というそのままの意味。それをもっと求めるということだ。歌詞の一行目で、この楽曲の世界観が全て説明されてしまっている。

心のカタチ 愛のカタチも
幻想なんだって 分かってる
弱い自分の戯言… でも
どうしても、どうしても、覚めない夢みたい

この言葉の重さはじわじわくる。カタチナイモノたる恋の感情に振り回されて、突き動かされたあげくにここまできたはずだ。結局は人間なんて動物で、動物の自己保存本能と生殖プロセスから逆算されたのが快感であり恋愛である。が、作詞家・茅原実里は、そこまでたぶん見えていながら、非合理的な世界に突き進む人間の愚かさ、そしてそれゆえの美しさを、自ら描写しているように思う。

卑近な話だが、主人公たちが同棲して、男性の帰りを待つ女性(性別役割分業!)が、いつもの時間になっても帰ってこない彼氏を思っている世界観に見える。きっと男は嘘をついて出て行った。それをうっすら感じているから「私」は不安になる。不安になるというか、「大人になれない」からこそ、そんなことで不安になる自分が嫌になりつつも、その不安が荒れ狂っているのだろう。好きなのにそれだけでは足りず、全部が私を向いていなくちゃダメ……。

一番最後、

あなたの 声も 指も 瞳も 愛も 嘘も…

この配列は時系列順だ。声をかけられ、指に触れ、瞳を見つめ、愛を感じる。そしてその最後に「嘘」。もしかして、B'zの歌詞みたいに、既婚者の男と恋に落ちてしまったのかもしれない……。
あるいは「あなたへ 堕ちて いくの」というところから、全てみんなわかってる男に振り回されたのかもしれない……。

余談。テンポチェンジで爆走するメタルといえば、Sonata Arctica「Fullmoon」。ソナタは悲恋系の楽曲が最高に熱い。

そして、初期の茅原実里楽曲がX JAPANを参考にしているという話があったが、この曲が一番「Rusty Nail」っぽいと思うのだ……。


ふたり~「ALONE」の反対側

最初に考えておきたいことがある。「カタチナイモノ」から、「ふたり」がかなり飛躍しているように見えるのだ。そりゃ小説じゃなくて音楽なんだから、どんな飛躍だってできるだろうが、飛躍は免れない。
やはり、あのメンヘラな夜は、一夜のすれ違いでしかなかったのだろうか? あのときの不安は永遠に去ったのだろうか……?

ああ、恋に恋をしてた
そう、好きになって知ったの 自分の弱さ

ふとした時に現れる孤独、弱さ。ふたりの心に降り注ぐ嵐を乗り越えて、最後にこの自覚に至った。
ここから先は「Love Blossom」で垣間見えた物語が続くのだろう。物語は静かにエピローグへと流れてゆく。

ところで、茅原実里本人作詞の歌詞には、しばしば「強くなる」という言葉が流れてくる。

強くなると願った 強くなると祈った
静かに目を閉じると 未来の姿浮かぶ

茅原実里「一等星」
"君を守りたい" その気持ちだけで僕は強くなれた

茅原実里「夢のmirage」

どの楽曲の主人公も、前に進み、成長して強くなる。いつもなら一曲の中でしか説明できなかったバックストーリーが、「Innocent Age」の楽曲たちを通して語られる。ここでは

ひとりじゃないって ふたりなんだよって

この言葉がゴールだ。距離感に注目すると、

こんなに愛しくてくっつきたい 距離をゼロにしたい(ラストカード)
これからは ずっと一緒だから…(Love Blossom)
奪いたい世界はあなただと 狂おしい願い(Dancin'~)
私は ひとり 彷徨う(カタチナイモノ)

「ラストカード」で予見されていたバッドエンドに踏み込んでしまったことがわかる。「距離をゼロにしたい」という思いが、エクスタシーの中はじけ、また現実の中でも裏切られてゆく。
ふたりでひとつになることはできない。だが、ひとりではなく、ふたりで居続けることはできる。

補助線として置いておきたい楽曲がふたつある。偶然にも、どちらもB'zだ。

欲しい気持ちが成長しすぎて
愛することを忘れて
万能の君の幻を 僕の中に作ってた

B'z「LOVE PHANTOM」

好きという感情をどこまでも全力でぶつけていった結果、やがて恋人が見えないようになる。ときに理想化された抽象的な恋人を胸に抱き、過剰な期待をぶつけ、失望し、不幸になる。
「Innocent Age」の物語後半そのままの世界観だったりする。

もうひとつ。こっちは「ふたり」という言葉の解釈について。

I was born to fall in love
You know, we're all alone

B'z「ALONE」

この歌詞は、こう訳したい。

この身は生まれた、恋するために
そう、私たちはずっと一緒

「Alone」という単語には、「独り」だけでなく「ふたりきり」という意味もあるそうだ。「自分・相手のほかに、世界がない」という状態ということだろう。「ALONE」という楽曲はかつて愛した人を思い出す切ない曲だと思っていたが、心の中にはずっといる(alone)ので、まだ救いがあったのかも。
「ひとりじゃないって ふたりなんだよって」とは、そういうことではなかろうか。適度な距離を保ちつつ、ふたりのままでも、ひとつになることはできる。

楽曲的にはデジタル強めのポップ。明るい歌にいろいろ癒される。

ありがとう、だいすき~物語のエンディングテーマ

一気に音が優しく、やわらかになる。ルート弾きのベース(前半楽曲では激しく動いていたこととは対照的)や、アコースティック楽器で包み込まれるふわふわした感じは、バンドサウンドの強いこのアルバムでは清涼剤。いいイヤホンで聴くと、鳥がさえずるようなフルート・オーボエがしっかり聞き取れるだろう。ストリングスも「Love Blossom」ぶりに戻ってきた。

この曲は歌詞の距離感が絶妙。

こんなにも、だいすき…ねえ待ってて私のこと

「好き」の思いが突っ走らず、「優しい風」のようにゆるやかに、自然と流れてくる。物語の中ではもうゴールに達しているような感じだ。

会いたかった空~物語のアンコール

この楽曲は単体ですでに完成している。それがアルバムの中に入ると、まるで物語のページをもう一度めくり直すときのBGM、たとえば映画のエンディングテーマとして、左側に映像が、右側にキャストが流れるようなイメージそのものとして映りだす。主題歌として使われた「境界の彼方 未来篇」が、実際にそんな形だった気がする。

オクターブで鳴るピアノは渡辺シュンスケさん。単体でもしっかり聴けるサウンドに、菊田大介楽曲王道の強いメロディ、そしてストリングスが彩りをつける。これぞ茅原実里楽曲の様式美そのものである。

変わらずにいついつまでも
同じ熱さの愛で お互いをずっと追いかける

ここでの愛は「永劫回帰」そのもの。時間によって変わるものでも、衰えたり燃えあがったりするものでもなく、無限に続き、均等に展開される、自己(相互)充足的なものとして提示されている。リフレインされる「いついつまでも」というリズムよいフレーズが、その愛の神秘性を強く強く盛り上げる。

本当は、そんな愛を展開できるのは神だけではないか? と思ってしまう。たとえば、「崇高な夢を絶え間なく見れる」(「この世界のモノでこの世界の者でない」)存在ならどうだろうか。
確かに神なら愛することはできよう。たとえばキリスト教の神とその子たるイエス。しかし「追いかける」という動的なものではなさそうだ(そもそも三位一体の間で「お互い」たりうることはできるのだろうか????)。どちらかといえば古典古代、ギリシア神話のイメージか。だが実際には「お互いをずっと追いかける」ほど相互に固執し続けた神々は存在しない。神々は浮気者なのだ。
もちろん可死的存在である人間にもできることではない。だが、「お互いをずっと追いかける」ことならできるかもしれない。

「会いたかった空」に描かれるのは、理想的な愛。きっとそこにはたどり着かないかもしれない。しかし、たどり着きたいとは思える美しい世界。

歩き出そう 走りだそう 光に飛びこもうよ
悲しみを喜びに置き換える旅へ

私はこのフレーズが大好きだ。

はるかのわたしへ~再びメインテーマ

粒が立ったピアノで奏でるメインテーマ。「いつかのわたしへ」からキーが上がっているのと、ストリングスが入り、音の開放感がとても高くなっている。

歌詞は未来を向いている。アルバムの上での物語は終わるが、この世界の向こうには希望が開けている。
「会いたかった空」で終わらなかったことによって、物語の可能性が開けているように思う。コンセプトアルバムの手法としてはメインテーマのリフレインで終わる形が一番締まっているし、いろんな音楽が入ったアルバムでなく、ひとつのストーリーを分解したコンセプトアルバムであることを再想起させてくれる。

おわりに~Over the Innocent Age and far away

「Innocent Age」は2016年4月6日に発売され、6-7月には同名のタイトルを掲げたホールツアーが開催された。
ここまで完成されたコンセプトアルバムだと、それに添う形のセットリストになることは想像していたが、ふたを開けてみれば7曲目「月の様に浮かんでる」までアルバムと同じという、ほぼ完全再現ライブ構成に。違ったのは「あなたの声が聴きたくて」を半音下げしていたところ。このアレンジは正解だった。
もともと16曲も詰まったアルバムだったので、順番を微調整し、隙間にライブに強い楽曲を入れた形するのは必然。映像にもなった最終公演のハイライトは、日替わり曲に「Defection」が入ってきたことだろうか。愛知の最終公演から二週間後には、河口湖ステラシアターにて「SUMMER DREAM 4」を開催。ファンの期待するいつもの茅原実里が見られた。

が、ここから約一年半の間、ライブは行われたものの、「Innocent Age」に続く楽曲はリリースされなかった。ファンはその間をやきもきしながら待っていた。

2017年にはZEPPツアー「Take The Offensive」を開催し、ひさびさのオールスタンディング+実質ヘヴィメタルの楽曲ラッシュでメタラーは沸いた。しかしそのツアー終了直後に事務所移籍(個人事務所で独立)が発表され、声優デビューからのビジネスパートナーだった瀬野マネージャーと袂を分かつ。河口湖ステラシアターの毎年恒例ライブは開催され、無事に100回記念のライブを迎えることはできたものの、直前には文春砲によってパーソナルトレーナーとの交際が発覚。ファンはデートの場となった池袋駅北口の楽太郎に聖地巡礼し、茅原実里はバーナーでラクレットチーズを炙り続けた。

ようやく新曲が発表されたのは、2017年の末になってのこと。「みちしるべ」という、苛烈なまでにまっすぐな楽曲だった。ライブで披露された時はマイクスタンドを前に、とても苦しそうに歌う姿が印象に残った。

2016年から2017年の間に何が起こったかはわからない。しかし、D.C.クーパーを失ったRoyal Huntや、燃え尽き症候群に陥ったQueensrycheのように、名盤が生まれた後には傷跡が残ることの実例がまた増えてしまった。