推しメタル~Alcatrazz: 終わらない伝説~
自分がメタル沼に落ちた瞬間を考えると、一枚のアルバムにたどり着く。それは1984年のライブ盤の再発で、当時でもたった3枚しかアルバムを出していない……というか、アルバムを出すごとにメンバーチェンジして、ついにはしぼんでしまった懐かしのバンドのライブアルバムだった。
それに手を出したのはただの偶然。横浜ビブレのHMV(今はタワレコが入居している)に、会社帰りに立ち寄って、わりと好きだったボーカル、グラハム・ボネットが作ったバンドのアルバムと知って購入した。なんとなく気になったギタリストがいたのもあった。
それが、Alcatrazz「No Parole From Rock'N'Roll Tour Live In Japan 1984.1.28」だった。
B'zがきっかけでハードロックをかじり、Deep Purple, Michael Schenker, Rainbow、Van Halenと王道をひととおりたどったところで、自分を「メタル」と呼べる世界に引きずり込んだのは、ほぼ間違いなくAlcatrazzだ。
野獣 vs 貴族
何も知らずにCDを聴いてみると、猛烈なギタープレイに圧倒されてしまった。あらゆる点において容赦がなく、ボーカルを無視する勢いで荒れ狂う。しかしサウンドはどこまでもクリアで、バンドの中でも嫌な感じは全くしない。
これこそがイングヴェイ・マルムスティーンだった。あとから調べてみると、このライブ当時、20歳。まさに化け物。
昔、ハードロック音源をレンタルショップで集めていた頃に、イングヴェイのベストアルバムを借りてリッピングして、しかも聴いていた記憶はあるんだが、そのときはなぜか、ここまでの衝撃を感じることはなかった。もしかすると音が余りにもクラシックすぎて、私の琴線からは外れていたかもしれない。ともかくイングヴェイという奇跡を聴き逃してしまっていたことを、私は強く後悔した(このとき2010年。2013年にラウドパークに参加するまでの間に多くのメタルバンドを知り、イングヴェイのみならず数々のアーティストの来日を逃したことに対し、さらに強く後悔することになる)。
イングヴェイは後に「俺は貴族なんだ。正確には伯爵だ」という発言を残している。 あまりにもネタすぎる名言だが、貴族かどうかは誰も知らない。
しかしリーダーはあくまでもグラハム・ボネット。リッチー・ブラックモアがDeep Purpleを抜けてまで自分のやりたい音を追求したバンド・Rainbowで、二代目のボーカルを務めた男だ。
グラハムもまたとんでもないボーカリストだ。彼は今でも「ヘヴィメタルなんか大嫌いだ」と主張していて、それが「バンドが安定しない」という彼の致命的欠点に結びつくのだが、そんな言葉が嘘に思えるくらいのボーカルなのだ。ヘヴィメタルが息をして叫んでいるかのような、人間の限界を超えたボーカル。
時系列的には先になるが、この曲がとてもわかりやすい。Impellitteri「Stand In Line」。
軽々と歌っているが、音域の上下が異常に激しく、ロングトーンも厳しい。2:00頃からのヴァースは、一番のメロディーを完全にぶっ壊しながらも、猛烈に生きるフレーズだ。グラハムの真骨頂と言ってもいい。
RainbowとAlcatrazzの活躍を受けて、新人ギタリストのクリス・インペリテリは、彼をボーカルに迎えた。その生き生きとしたパフォーマンスを是非見てもらいたい。実を言うと、Alcatrazzの二代目ギタリストのオーディションにインペリテリも参加して、落ちていた。その理由は「あまりにもイングヴェイすぎる」ということなのだった……。
このように圧倒的歌唱力のグラハムだが、同時に圧倒的奇行でも有名である。スーツを着て歌い始め、突然脱いでいき、さらに突然三点倒立を始める、なんてこともあったようだ。彼がMSG(Michael Schenker Group)を脱退したのは、初ライブで泥酔し、歌詞を覚えられずに広げたカンペが飛び散り、動揺した最中にジッパーが壊れてアレを露出して逃げ出したためだった。せっかく「Assault Attack」という名盤を作ったのに。
あらためて、イングヴェイとグラハムの組み合わせも聴いてほしい。「LIVE SENTENCE」より「Island In The Sun」。
スピーカーの右側で強烈なサウンドを鳴らしているのがイングヴェイだ。ボーカルのグラハム・ボネットに負けない勢いがある。何よりもギターソロは信じられないほど早く、同時にメロディアスである。音楽を殺さないギリギリのラインを心得つつ、あえてそれを踏みに来ている感じ。
グラハムも負けてはいない。アウトロ周りのフェイクがとても爽快で、ライブレビューで見かける「不調」とはとても信じられないレベル。
余談だが、この音源は先述のアルバム「Live In Japan 1984.1.28」と同日の録音のはずなのだが、フレーズにはかなりの異同がある。「Live In Japan 1984.1.28」の方はイングヴェイがギターの多くを差し替えていたこともあり、差し替えかな?とも思ったが、差し替えにしては異同が多すぎるため、どちらかが別日の収録なんじゃないか?という感じがする。それとも二回まわしなんだろうか。
そして、このバンドの神髄とも呼べる「Jet To Jet」も紹介したい。こっちは「Live In Japan 1984.1.28」のビデオからのはずだ。
正直なところボーカルは不調。もともと曲がとんでもなく難しいので、不調でも十分凄いわけだが、イングヴェイが悪魔的演奏力を遺憾なく発揮して、グラハムの存在を潰してくる。そもそもグラハムのバンドなのにカメラがイングヴェイを追い続けている時点で、なにかとんでもないことが起こり始めている予感がする。
こんな難曲でもイングヴェイは最初から遊び始める。1:19, 1:28のような超高速手癖フレーズを挟み込んだと思ったら、指一本で弾いてみたり。ソロ前にはカメラに向かって無邪気にアピール、そこから一転のギターソロは化物級。最後にはリッチー・ブラックモア・インスパイアのギター投げまでやらかす。
ここまで注目を奪ってしまうと、リーダーでありボーカリストであるグラハムとは並び立たない。イングヴェイがキレやすいのもあって、殴り合いの喧嘩が勃発。結局にイングヴェイがバンドを脱退、グラハムとイングヴェイの組み合わせはこれっきりになってしまった。
わかれみち
イングヴェイは自身のソロアルバム「Rising Force」を作り、Alcatrazz在籍中の1984年3月に日本限定でリリース。日本版が逆輸入されるほどの話題になり、次作「Marching Out」以降のキャリアを着々と築いてゆく。
ファーストアルバム「Rising Force」内の奇跡の楽曲、「Far Beyond The Sun」。Alcatrazzで弾き倒していたノリのフレーズがバリバリ出てくるのが分かるだろう。この楽曲に漂うのは、クラシックの香り、そしてそれらを全部包み込む、華麗で高速で圧倒的な、オンリーワンの世界。
イングヴェイはスウェーデンで育ち、子供の頃からクラシックを聴き続け、祖母の家の地下室で朝から晩までギターを弾き続けていたという。彼のルーツは、「悪魔に魂を売り渡した」と呼ばれたヴァイオリニスト、パガニーニにある。パガニーニの孤高さ、偏屈さが、後のイングヴェイ・マルムスティーンを形作ったのかもしれない。
イングヴェイが出会ったのはギドン・クレーメル版のようだが、わかりやすいので石川綾子さんバージョン。
余談だが、「24のカプリース」24番は、次々に引用されていくうちにネオクラシカルメタル各バンドの定番曲と化している。イングヴェイ自身の引用では「War To End All Wars」収録の「Prophet of Doom」。
本人もあとで後悔するほどの音質の悪さだが、なかなかかっこいいじゃないですか。該当パートは2:48から。
一方グラハムはAlcatrazzを諦めなかった。先述のインペリテリを含め、優秀なギタリストをオーディションで募り、迎え入れたのがスティーヴ・ヴァイ。その時点で次のライブが決まっていたために、イングヴェイの演奏した楽曲を一日で覚えてライブに挑んだという強者だ。
ただし完コピは音符の話で、フレージングはかなりヴァイ流を入れている。
同じ曲だと違いが明白だ。ギターフレーズについては軽快かつ丁寧なこと甚だしく、自由だったフレーズもかなり固まっている。ギターソロは前半の六連をフルピッキング +ライトハンドで、後半のScorpionsフレーズがカッチリと演奏されている。イングヴェイのフリーダムな演奏にはついていけなかったのか、想像が深まるところ。
青いスーツでリーゼントのグラハムも元気だ。いつのまにかジャケット脱いでるし。
この編成でセカンドアルバム「Disturbing the Peace」をリリースする。
ところがヴァイは脱退してしまう。Van Halenの前ボーカリスト、デイヴィッド・リー・ロスのバンドに参加するためだ。グラハムはむしろヴァイを心地よく送り出したとのことだ。ヴァイはその後、Whitesnakeに参加するなど、華やかに活動。ソロでは異次元のギター演奏を披露し、リスナーをドン引きさせている。
2021年「Knappsack」は「右手が使えないので左手だけで弾ける曲を作った」というもの。もう常人には理解できない域に達している。グラハムのバンドメイト、伝説的な人が多すぎる。
ヴァイ脱退後のグラハムはそれでも諦めずにサードアルバムを出すが、こっちは本当に鳴かず飛ばずだった。それ以降の彼は、Impellitteriに参加したりソロアルバムを作ったり、日本のANTHEMとアルバムを作ったり、「Rainbowのボーカル」としてのキャリアと「Graham Bonnet」としてやりたいことを両立させるキャリアを過ごしていた。ここ数年は過去作も再発され、さらにはマイケル・シェンカーのマルチボーカル企画「Michael Schenker Fest」にも参加、恋人をベースに迎え、Alcatrazzの元メンバーも加えたGraham Bonnet Bandとしての来日と、上り調子の気配があった。
四度目の正直、そして崩壊
2019年には信じられないことが起こった。Rainbowのカバーをやったり、過去のソロをやったり、超絶ギターのメンバーを入れたりと、グラハム周りがだんだん暖まってきたと思ったら、Graham Bonnet BandがAlcatrazzに改名、Rainbow「Down To Earth」とAlcatrazz「No Parole From Rock 'n' Roll」再現で来日、さらに34年ぶりのニューアルバム「Born Innocent」を発表。
このバンドにおいて、ボーカルに次ぐ最重要パートであるギターには、ジョー・スタンプが就く。重度のイングヴェイマニアであり、シンフォニックメタルバンド・Holyhellのギタリスト。2019年の来日時には、リッチー・ブラックモア版とイングヴェイ・マルムスティーン版のギターソロを弾きわける曲芸まで披露したスーパーギタリストだ。ただしリード曲「Born Innocent」では、ジョーではなくクリス・インペリテリが凶悪なギターを披露し、新たな門出に花を添えた。
70歳を超したグラハムのボーカルはちっとも衰えていない。荒々しさが際立ち、トム・ウェイツのようなオンリーワンのシンガーとして、輝いている。
やはり彼は現代を生きるメタルシンガーなんだ。少なくとも私はそう思っていた。
しかし先日、その思いは裏切られた。完全に裏切られた。
Alcatrazzが、グラハム・ボネットを追放。後任のボーカルはドゥギー・ホワイト。なんと、Michael Schenker Festでのグラハムの同僚である。
https://www.facebook.com/alcatrazzband/posts/109140824365561
Facebookのアカウントもグラハム以外のメンバーに乗っ取られ、グラハムはGraham Bonnet's Alcatrazzを立ち上げる。ギタリストはジェフ・ルーミス(Nevermore, ex. Arch Enemy)。
https://www.facebook.com/grahambonnetmusic/posts/216072819882262
これから先はどうなるか分からない。グラハムがまた「ヘヴィメタルは大嫌いだ!」と言ったために追放されたものかと思っていたら、グラハム側のAlcatrazzも十分すぎるほどヘヴィメタルなギタリストを連れてきた。
物語はまさに現在進行形で進んでいる。アルカトラスはまだ死んでいなかった。
おまけ~没落貴族の再興は成るか
ここ数年のイングヴェイ・マルムスティーンは桁違いにひどかった。
専任ボーカルをクビにしたまでは許せた。だが自分が歌うアルバムを出すのはやめてくれ。スタジオ録音で全部自分で演奏してミックスまでやって、酷い音質のアルバムをBlu-spec CDで出す無駄遣いはやめてくれ。
わざわざネオクラとは水と油のブルースを演奏するのもやめてくれ。何も考えずに聴いていて、1番いいと思った曲がストーンズのカバーだったのはさすがにドン引きしたぞ。
https://www.amazon.co.jp/Blue-Lightning-Bonus-Yngwie-Malmsteen/dp/B07MXSSQMG
そんなイングヴェイが最近新譜を出した。イングヴェイでメタルに目覚めた私だが、前作「Blue Lightning」が酷すぎたので、手を出すべきか悩んでいる。
> 日本盤のみBlu-spec CD仕様でサウンド・プロダクションも良好、細かなギター・プレイまでクリアに再現した渾身作! !
と言うが、ここ10年間、イングヴェイのCDサウンドが良好だったこと、一度もないぞ……
まあ、そんなこんなで、Alcatrazzの問題児たちは、今でも健在なのである。いつかグラハムとイングヴェイの何かが見られるかもしれないが、たぶん無理だろうな。
おまけ2~Holyhellとは何だったのか~
日本でHolyhellの話題になることは一生に二回くらいしかないと思うのだが、私はCDも買っていたので宣伝しておこうと思う。
https://www.amazon.co.jp/Holyhell/dp/B002B8HMQY/
動画をもうひとつ。イングヴェイの代表曲「RIsing Force」の、非常に珍しい女性カバーだ。ジョー・スタンプが水を得た魚のようにソロを弾いていながら途中でフレーズを変える姿がほほえましい。
ボーカルのMaria Breonさんは黒髪の美女。ジョー・リン・ターナーのハスキーボーカルが映える楽曲を、すっかり自分のものにしている。素晴らしい。イングヴェイのカバーの中でも上質な部類。メタルみのりんである。
で、いつのまにかHolyhellの活動は止まっている。Manowarのライノがドラムを叩き、ジョーイ・ディマイオ閣下がプロデュースなさるという、ヘヴィメタル業界においては贅沢な構成でできていたと思っていたのだが。