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紙芝居『だるま食堂』


ここは川崎の幸区さいわいく河原町かわらちょう団地の中にある「だるま食堂」。

今日もたくさんのお客さんで賑わっています。お昼休憩にやって来た工事の人もいれば、近所で一人暮らしするお年寄りもいます。かと思えば、何人か子どもの姿もあります。

壁には定食の札がたくさん貼ってありますが、どれにもなぜか値段が書いてありません。

出入口には高齢のおばあちゃんが杖を片手に座っています。この店の主人カツさんです。

幼い妹をつれた男の子がカツさんの前に来て、手のひらにのせたいくらかのお金を見せます。

「お代はいらないよ、コレもっていきな」

カツさんはニッコリ笑ってコロッケが入った袋を男の子に持たせると、妹の口元についたカレーをティッシュで拭いてやります。

「お腹いっぱいになったかい、晩ごはんも食べにおいで、待ってるよ」

カツさんが兄妹を見送っていると作業着のデブッチョが横に立ちます。近所で小さな配送会社を営む社長です。

「子どもにメシも食わさねえなんて、親のツラが見たいもんだね、まったく」

カツさんは、キッと社長を睨みつけます。

「あの子たちの母親はね、寝る間も惜しんで働いてるんだよ、それでもギリギリの暮らしなんじゃ、なんも知らんでわかった風な口をきくんじゃないよ」
「わ、わかったよ、ごっそさん、ナス味噌定食、いくらだい?」
「二千円おいてきな」
「なんだよ高えなあ、この前は五百円だったぞ」
「おめえのとこはコロナで荷物が増えて儲けただろ、世の中に還元しねえとバチが当たるぞ」
「ちくしょう、このボッタクりばばあ、二度と来ねえからな」

そんな社長ですが、文句を言いながらも毎日だるま食堂に来ています。

だるま食堂が中休みする午後三時。ガランとした店内でカツさんが売上の計算をしていると、調理場からオバさんが出てきます。

「カツさん、今日も赤字なんだろ、このまま続けていけるのかい?」
「なあに、アタシゃ国から年金もらってるからよ、それ当てりゃ何とかなるさ、どうせ天国にゃもっていけねえんだからよ」

ホール係のオジさんはテーブルを拭く手を止めてカツさんをしみじみ眺めます。

「カツさんには本当に頭が下がるよ、自分のことより人のことなんだからな、あんたはエライ」
「やめとくれよ、あんたらがお給金なしで一生懸命働いてくれるからできるんじゃないか、礼を言わなきゃならないのはアタシの方だよ」

だるま食堂は、子供を育て上げたオバさんや定年後のオジさんたちのボランティアに支えられて営まれているのです。

「アタシゃね、腹をすかせた人の顔をみるのが大っ嫌いなんだよ、それが子どもだったらほっとけないね、だって、子どもってのは国のタカラだろ? 言ってみりゃアタシらの未来じゃないか」
「カツさん、いいこと言うねえ」

そう言ったオジさんだったが、表情が急に険しくなり、傍のテレビを指さします。

「それに比べ、許せないのはこいつらだよっ!」

テレビ画面の中では、野党議員が政権党の裏金脱税疑惑に対して厳しく追求しています。

「本日発売の週刊文春の報道が真実ならば、党総裁の監督責任として議員辞職に匹敵すると言わざるを得ません。潔く辞められたらどうですか?」

議長に指名された総理大臣が悠々と歩み出て薄笑みを浮かべて答えます。

「その指摘は当たらないと思います。しかしですね、国民の皆様が誤解して疑念を抱かれる結果を招いたとしたならば、そのことは真摯に受け止め、今後の信頼回復に向けて全力で努力したいと思います」

そのやりとりを見たオジさんがキレます。

「ざけるんじゃねえぞ、昔も悪いことをする政治家は少なからずいたが、事実が明るみに出たら、認めてすいませんでしたと辞職したもんだ、なのに今ドキの政治家ときたらのらりくらりと屁理屈を並べて逃れやがる。腐りきってる。なあカツさん、そう思わないか、うん? カツさん?」

オジさんがカツさんの顔を覗き込むと…

カツさんの額には血管が浮かびあがり、怒りで顔全体が真赤になっています。

「こいつはウソつきの顔じゃ、ウソはいかん、ウソはどろぼうの始まりじゃ、しかし、こいつを総理大臣にしたのはアタシら国民じゃ、アタシらが選挙で間違えて選んでしもうたんじゃ、これは正さなきゃイカン! そうしなけりゃ明るい未来を子どもたちに残すことはできん、アタシゃ死にきれん」

そう呟くと、カツさんは杖をついて店を出ていってしまいました。

夕方、表の提灯に灯がはいり、だるま食堂は夜の営業が始まっています。

晩ごはんを食べに来る人や、仕事を終えて一杯やりに来る人、そして、大人に混じって昼にきた幼い兄妹の姿もあります。

「あれ、カツさんは?」
「それがさ、フラリと出て行ったきり、帰ってこないんだよ」
「もう90は越えてるんだろ、警察に電話した方がいいんじゃねえか」
「警察よりアレじゃねえか、町中に防災無線で流れるやつ」
「カツさんが道に迷って徘徊してるって? そりゃないだろ、あはは」

皆が笑いあっていると、男の子と一緒にご飯を食べていた幼い妹がテレビを指さします。

「おばあちゃん、みっけ」

店にいた皆がテレビを振り向き、一同に大きな声を出しました。

「ええーっ!」

テレビの中、カツさんが大写しになっています。そこは国会の本会議場です。中継するアナウンサーの興奮した声が聞こえてきます。

「どうやって警備を潜り抜けたのかわかりませんが、杖をついた高齢の女性が国会の本会議場に乱入して、場内が騒然となっています。あ、女性が何か叫んでいます。音声を切り替えます」

 カツさんがもの凄い形相で総理大臣を壁に追い詰めて、杖を鼻先に突きつけ、その気迫に総理大臣は動けない様子。

「ええかっ! 誰もアタシに触るんじゃないよ、指一本でも触れたら、アタシゃ舌を噛み切って死ぬからね、そんぐらいの覚悟で来とるんじゃ、アタシゃあね、ただ、このクサレ大臣に言いたいことがあるだけなんじゃ」
「よ、用件はな、な、何でしょうか?」
「耳の穴をカッポじいてよーく聞けっ!」
「は、はい、き、ききます」
「どんなウソをついてもな、おてんとうさまはお見通しなんじゃ、ウソはついたらいけんのじゃ、小学生でもわかっとるぞ、お前っ、総理大臣にもなって、そんなこともわからんのか、このバカタレがっ!」

そう言うと、カツさんは総理大臣のおでこに渾身の力を込めてビシッと強烈なコンパチを食らわせます。

「痛いっ!」

総理大臣は呻いて、額を押さえながらその場に崩れ落ちます。会場は騒然となり、ドヤドヤと入って来た多勢の警備員にカツさんはグルリと取り囲まれます。

次の瞬間、テレビ画面に「しばらくお待ちください」の文字が出ました。

テレビを見ていた幼い男の子が泣きそうな顔で大人たちを見上げます。

「おばあちゃん、どうなっちゃうの?」
「国家の最高機関に対するテロ行為だからな」
「まさか、死刑とか…」

それから半年が経ちました。
だるま食堂はいつもと同じように賑わっています。

カツさんの行動は翌日の新聞やテレビに大きく取り上げられ、いっとき非難の的にもなりましたが、ネット上ではカツさんを援護する声がどんどん膨れ上がり、数百万人の共感の署名が集まり、カツさんは情状酌量となったのでした。

その流れは、後の衆議院の解散総選挙で政権交代という結果
へと繋がっていきました。

そして、国民のために命を賭けるウソをつかない総理大臣が生まれたのでした。

めでたし、めでたし。

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