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手話ダンスをはじめてみました。

言葉にすると、どこかで誰かがその言葉を聞いていて、
手を差し伸べてくれたり、アドバイスをくれることがあるから
やりたい事があったら口に出してみると良い。
そんな事を見知ったばかりだったので、今年の目標として “手話とダンス” をやってみたい、と X にポストしてみたのだった。
それから約1ヶ月ほど経った今、本当に “手話とダンス” を学べる環境を知ることが出来たので、やはり口に出すことは何かを始めるには良いことなんだと思い知る。
紹介してもらって、見学させてもらって、正式にスタートしたのは2月からなので、まだレッスンも2回しか受けていないけど思うことを書こうかな、と。


ここ2年ほど、三宅健くんを応援するためにSNSにたくさん触れてきたので、
いま参加させていただいている手話ダンスの発展に貢献できるのなら、こちらでも健くんと並んでいろいろ書いていけたらと思ってる。
ただ、この手話ダンスを始めるにあたって少し悩んだ部分もあったので正直に書き残しておこうとも思う。

それはずばり、手話を使ったエンタメの是非。

ろうの方の大切な言語を聴者のエンタメにしていいのかってところを何度か考えた。
健くんはずっとNHKで手話を勉強する番組に出演していたし、手話をずっと勉強してきた方。だからソロになっても手話を使ったコンテンツが始まらないものか、とずっと思っていた。
でもコンテンツの発表を待ちながらも、エンタメとして手話を使いたくないのかもしれない、とも考えていた。
そんな中、わたし自身が出会ったのが、歌詞を手話で表しながら踊る手話ダンスだった。
X で “手話ダンス” を検索していくと、必ずしもポジティブなものばかりではなく、批判的なものも多い。聴者が手話で遊んでいるように感じられるのかもしれない。
でも今の私にとっては、遊んでいるという感覚よりも、習うのが楽しいという感覚の方が合っている気がしている。
そして、英語の歌詞で歌うことと、曲に合わせて手話や身体を使って表現することと、何が違うのかなと思ったりもする。
実際に私が勉強させてもらっているところは、ろうの方もいらっしゃるそう。完全な聴者だけで展開しているわけではないみたい。
前回のレッスンの時間内では Zoom を通して手話でお話をしてくれて、初心者の私が完全に意味を理解するのは難しかったけど、でも見知った単語から想像することは出来たし別の方が声でも訳してくれたし、何より笑顔だったからすごく楽しかった。
手話の良いところは、ちゃんと向き合って目を合わせて、その表情からも意図を読み取ろうとする言語だというトコもあると思う。
コロナがあって、SNSがあって。顔も見ずに文章だけでネットでやりとり出来る状況の中、たとえ対面でもマスクをしていたらきちんと伝わらないのが手話。
悲しい、嬉しいなどの気持ちをきちんと顔にのせることは、今の時代に特に必要なのではないかと思ったのも、始めようと思ったきっかけの1つだったりする。

人前で手話ダンスを踊ることに対しては、私はまだ未経験なので今の段階で何も言えないと思ってる。
でも、好きな歌を聴きながらその歌詞の手話を覚えることで、まだ会話するには至らなくても単語としてその手話の意味を知っていくことは良いことだと思う。英語だって好きな洋楽から学ぶ方法も聞いたことがあるし。
だから、始めてみた。まずは誰かに見せるのではなく新しい言語を知るために。マスクで顔を隠したり顔の見えない文章で会話するのにも疲れてしまったから、顔の表情ぜんぶを使って会話するために。
手話をエンタメにすることには抵抗があるのかもしれないけれど、ダンスを覚えたら見てほしくなるだろうし。好きなことをしている時って楽しいと思うし。純粋に楽しんでいる人を見ると、素直に見た人にも楽しいが伝搬するんじゃないかと思う。
ただ、それだけなんじゃないか、とも思うのだけど。受けとる感情も人それぞれだから。

私はいま楽しいし、
新しいコミュニティには娘も参加してくれて、スマホを見続ける時間も減っている。
教えてもらった歌をうたって上機嫌でいることも多い。
それで取り敢えずは良いんじゃないかと思ってる。だから、来週もまた新しい手話ダンスを覚えるのが楽しみ。

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