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おたねさんちの童話集 「ザリガニの兄弟」

ザリガニの兄弟
 
 山の奥、小さな谷の小さな川の上流に、ザリガニの兄弟が住んでおりました。身体の大きなお兄さんザリガニがダイで、小さな弟ザリガニがショーと言う名前でした。身体の大きさはともかく、乱暴者の兄弟でしたから、なかなか友達になってくれるような生き物はおりません。ザリガニ兄弟は、小さな生き物をいじめては、二匹だけで笑い合って暮らしておりました。
 ですからドジョウの夫婦もフナの一家も、メダカの群れも、みんな、ザリガニの兄弟が現れると、怖がって逃げていきました。
「ねえねえ、ダイ兄ちゃん。どうしてみんな、僕たちの顔を見つけると、すぐに慌てて逃げちゃうの?」
「おいおい、お前はそんなことも解らないのかい?それは、お前が、小魚の群れを見つける度に、追いかけ回して、乱暴をするから、みんな怖がって逃げちゃうんだよ」
「そんなこと言ったら、ダイ兄ちゃんだって、この間も、アマガエルの兄弟を追いかけ回して、思いっきり泣かせちゃったじゃないか」
「それは……。あんなことくらいで、泣き出したアマガエルの方が悪いんだい!」
「……ねえ、……ねえ、お兄ちゃん」
「だから、俺は悪くないって言っているだろ!」
「そうじゃなくって……。あっちを見てよ。どうして僕たちはこんなに、みんなから嫌われているのに、沢ガニの兄弟は嫌われないの?」
「そりゃ、弱っちいからだろ!だから、みんな怖いなんて思わないんだ」
「でも、沢ガニの兄弟も、僕らと同じようにハサミがあるんだよ」
「ハサミって言ったって、あんなに小っちゃいじゃないか!」
「でも、沢ガニの甲羅は、僕らよりも、ずっと固いんだよ」
「どんなに甲羅が固くったって、動作があんなにのろまだったら意味ないじゃないか。」
「でも……。お兄ちゃん!だったら沢ガニの兄弟たちが大きなハサミを持っていて、それで動作が、僕らみたいに速かったら、みんな沢ガニの兄弟を怖がって逃げ回ると思う?」
「そりゃ、それでも、まさか沢ガニの兄弟を怖がって逃げ回るってことはないと思うけど……」
「だったら、どうして沢ガニの兄弟を、みんな怖がったりしないの?」
「あっ!そうだ!あいつら、真っ直ぐに走れないから怖くないんだよ。いっつも横歩きばっかで全然迫力がないんだもん。そりゃ、怖くないはずだよ」
「そうかなぁ……」
弟ザリガニのショーは、不思議そうにお兄さんザリガニのダイを見上げました。
 遠くの方で、メダカの群れが、沢ガニの兄弟と仲良くおしゃべりをしているのが見えました。その近くでは、ミズスマシと亀の親子が仲良く泳いでいました。
「ねえねえ、お兄ちゃん。亀さんたちは、僕らよりずっと強いのに、誰も怖がらないよ」
「そりゃ、あいつらには、俺たちみたいな大きなハサミがないから怖くないんだろ。それに、あいつら、危険が迫ると、すぐに手足どころか、頭のみんな甲羅の中に引っ込めちまうだ」
「でもね、お兄ちゃん。僕たちよりも、亀さんたちの方が、ケンカをしたら、よっぽど強いって、みんな知っているよ」
「そんなこと、あるもんかい!!」
 お兄さんザリガニのダイは怒って、どこかへ行ってしまいました。弟ザリガニのショーはダイがどこかへ行ってしまったので、ひとりぼっちです。誰も話す相手がいないので、だんだんと寂しくなってきました。もう、あまりにも悲しくなって、今にも涙がこぼれそうです。でも、誰かが見ているかと思うと、恥ずかしくて泣き出すこともできません。でも、だからといって、誰かとおしゃべりをしようと思っても、みんな逃げていってしまいます。
 メダカもコイもアメンボも、みんな、追いかければ追いかけるほど逃げていきました。
 もう、どうしようもないほど悲しくなった弟ザリガニショーのたどり着いた場所は、亀さん一家のお家の前でした。
 さすがに、亀さん一家ならザリガニを怖がらないだろうと思ったからです。
「トントン」
弟ザリガニがドアをノックすると、すぐに亀のお母さんが顔を出しました。
「おやおや、珍しいお客さんだね。弟ザリガニのショー君じゃないか。今日はお兄さんと一緒じゃないのかい」
「亀さん。あのね。僕たちは、どうしたら、亀さんたち見たいに、みんなとお友達になれるの?」
 弟ザリガニが、そう尋ねると、目玉からは、今まで、ずっとガマンしていた、涙が、ボロボロとあふれ出しました。
 亀のお母さんは、弟ザリガニをしばらく不思議そうにみておりました。一言、おはいりと、言って家の中に弟ザリガニのショーを招き入れたのでした。
 「ショー君も、本当はみんなと仲良く遊びたいんだね」
 亀のお母さんに言われて、弟ザリガニのショーは小さくうなずいたのでした。
「あのね。ショーくん。ちゃんと『ごめんなさい』っていう言葉が言えるようになったら、きっと友達ができるようになるよ」
「えっ!どうして。僕……、ちっとも悪いことなんてしたことがないのに……」
 弟ザリガニのショーはうつむいたまま、少しほっぺたをふくらませて、小さく呟きました。
「ママ、ただいま」
そう言って帰ってきたのは、お父さん亀でした。お父さん亀は、弟ザリガニのショーを見ると、一瞬、驚いた顔をしましたが、一呼吸おいて、こう尋ねたのでした。
「ショー君は、もしかするとお兄さんとケンカでもしたのかな?」
「えっ!どうして?」
 その時です。
ドンドンドン!ドンドンドン!
勢いよく、亀さんの家のドアを叩く音が響き渡りました。
「やい!やい!やい!勝負はまだ終わっちゃいないぞ!」
聞き慣れた声に驚いて、弟ザリガニのショーがドアをあけると、そこにはなんと、お兄さんザリガニのダイがいるではありませんか。
「お兄ちゃん!何をしているの?」
「何って、亀の親父のほうが俺より強いってお前がいうからだろっ!!」
「そんなこと、どっちでもいいじゃないか!」
「どっちでも言いはずないだろ!俺が一番強いってところみせてやるんだから!!」
「だから、そんなことをしても、みんなと仲良くできないでしょ!」
「おまえ……」
「亀さん、ごめんなさい!お兄ちゃんが迷惑をかけて、すみませんでした!」
弟ザリガニのショーは亀の夫婦の方を向くと、思いっきり頭を下げました。
「なんで、お前が頭を下げるんだ!」
お兄さんザリガニのダイは、ショーをにらみつけました。
「だって……」
ショーが言い訳を考えようとしたときです。
「もし、謝ることがあるんだったら、お前じゃなくて、俺が頭を下げるべきだろ」
 お兄ちゃんザリガニは、そう言って亀の夫婦に頭を下げたのでした。
 「お前が、みんなと仲良くしたいんだったら、なんで俺にそう言わないんだ?」
お兄さんザリガニのダイは、そう言うと思いっきり強く、lショーの手を引っ張って自分たちのねぐらへ、真っすぐに歩きだしたのでした。
 ザリガニの兄弟が、川のみんなと仲良く遊ぶようになったのは、それから間もなくのことでした。おしまい。

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