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きょうから秋

2022.08.29

だいたい猫の世話と睡眠とごはんと日記で1日が終わる。

いなくなれる薬

自作にこんな短歌がある。

《生きている いまのところは死ぬよりも面倒くさくないってだけで》

例えば、こんなことを考える。
人は、全員生まれたときから1つ薬を持つことを許されている。それは「この世からいなくなれる薬」。痛くもなく、死体も残らず自死できる薬。「死」にまつわる面倒くささ(痛い、死後の処理、その他)がない、と仮定すると、僕はいま生きているだろうか。
生きていないと思うのだ。
どこかのタイミングで、衝動的に、というわけでもなく「ああ、なんか、もういいかな……」って、思っちゃってそうなのだ。
そう考えると、僕がいま生きているのは「面倒くささ」によるものだとも考えられる。

オーラ

よく「テレビに出るような人はオーラがすごい」みたいなことを耳にする。僕はあまり有名人にお会いしたことがないので真偽は不明なのだけれど、「オーラなんて本当に感じるのだろうか?」と、ちょっと怪しいと思っている。

僕がお会いしたことがある「テレビにも出ているような有名な人」といえば、去年取材してもらったNEWSの小山慶一郎さんだけど、あれは我が家とはいえ、仕事の場だからな……。

僕が街で偶然見かけたことがあるのは、俳優の渡辺哲さん、同じく俳優の樋口可南子さん、東京03の飯塚悟史さんかな……。 

オーラというよりも、たぶん「映像が僕に植え付ける誰かの顔の情報量」がすごく多いのだと思う。
ちょっと目の端をかすめただけでも「あれ? この人……」ってわかるのだ。

東京03飯塚さんは、最近だからマスクをされていたんだけど、それでも明確にわかった。

あと樋口可南子さんのときはちょっとおもしろくて、当時「ほぼ日」を割と読んでいて、よく糸井さん宅で飼われている犬「ブイヨン」の話や写真が掲載されていたのだ。
……で、ある日、歩いていたら、前を歩く人が犬の散歩をしていて、その犬を見て「ブイヨンに似た犬だなぁ……」と思って、リードをたどって、散歩に連れて行っている人間のほうを確認したら樋口可南子さんだった。ブイヨンで気付いたのだった。

そう考えると「オーラ」の正体は、結構本人の側ではなく、本人に会う人の側に植え付けられた、顔やイメージの賜物なのでは、と、少し思う。

きょう作った短歌

急にきょうから秋だったので。

きょうのらいさま

だいぶワチャワチャし始めました。
あと、部屋で1匹になるとすごく鳴いてる。
あしたくらいから「ユーティリティー」と呼んでいる小部屋にも連れて行って、脱走防止柵越しにてんと対面させてみる予定。


そんなそんな。