いちの一歩

1階に降りていけない猫といて きょうは仕事をサボる気がする

我が家には幻の猫がいる。

臆病で2階の寝室だけを行動範囲としているため、僕と妻以外には、ほとんど姿を見せない猫。

それが「いち」(12歳/メス)だ。

いちは寂しがりやで、夜、僕たちが1階に長居すると「まだー? はやく2階に上がってきてよー」と言っているかのように鳴き続ける。

仕方なく僕あるいは妻が、まだ眠くもないのに2階の寝室に上がることになる。

数年前、1年間ほど広島、大阪に単身赴任していた。

自宅を出て数か月後、妻から写真を添付したメールが送られてきた。

「いっちゃん(=いちのこと)が1階に降りてくるようになりました」

僕が自宅にいた頃には、どちらか1人が2階に上がり、いちと過ごせたのだけれど、単身赴任中は、家には妻1人なので、そうもいかない。

いくら鳴いても誰も2階に来てくれないことに耐えられなくて、自分の世界を広げ始めたのだと思う。

写真には、1階のリビングのテーブルの下にちんまり座るいちが写っていた。

その姿は、耐えているような、意志に満ちているような、「恐い。けど、ここにいたい」という感じで、なんだかいじらしく、とても愛らしかった。

僕のいない日常で、猫も少しずつ変わっていった。

臆病な猫が踏み出した一歩は、「勇気」と呼んでいいと思った。

※実際に送られてきた写真


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仁尾智(におさとる)
そんなそんな。