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人生で持つべきもの

昨日、いつも懇意にしてくださっている顧客様がひと月ぶりに来店され、ここ一年ほど膵臓癌で患われていたご主人様が、入院先の病院で今月の頭に旅立たれたとわざわざ報告に来てくださいました。
ここ数日間でお通夜とご葬儀も終わり一段落したからと、数日間緊張と疲労でクタクタになった頭と身体を解すために、今日は久しぶりにピラティスに行かれたそうで、いつもとは違うスッピンにスポーツウエアという出立です。リラックスした中にも少々陰りが見える表情は、やはりまだ心に空いた穴を埋めることはできずにいるご様子でした。

家族経営の会社で、亡くなられた創業者のご主人様は会長として、顧客様ご自身も専務として日々お忙しくされているのですが、ご主人様の病気が見つかってからのここ一年は本当にお辛そうでした。
私はなにもできない不甲斐なさで申し訳なく思いながらも、今日は気分転換に来てくださったとのことで、ゆっくりとお茶を飲みながらお話をしました。

遺族としてはできるだけのことはやった。と、これまでの経緯を詳しく話してくださいました。でも、そうは言ってもまだなにかできることはあったんじゃないか、本当は最期まで自宅で過ごしたかったに違いないと、フツフツと湧いてくる後悔の念は消せずにいるそうです。

でも、残った人間がいつまでもくよくよしていても仕方がないし、会社を立ち上げ、ここまで育て上げた夫の苦労や努力を思うといつまでも泣いてばかりはいられない、と前を向く決心をしたとおっしゃっていました。

ご立派だと思います。そして、亡くなられたご主人様の意志を継いで現在社長に就任しておられる息子さんがとても頼りになって有り難い、とのことでした。
羨ましい限りです。

家族がお互いに支え合い、励まし合いながら、心の中の欠けたピースをお互いに埋め合う姿は本当に素敵で羨ましいなと思います。


今日は気分転換にと、春らしい綺麗なサックスブルーのロングカーディガンと、明日から仕事に戻るから気合いを入れるためにと、ネイビーのパイピングがキリッとした印象のアクセントになった真っ白なジャケットをご購入されました。どちらも袖を通した瞬間、それまでお疲れ気味だったお顔がパッと華やいだように明るく見えました。「よし、明日からまた前を向いて頑張ろう」と気持ちがシャンと立ち上がったのがはっきりと分かりました。


こういった、お客さまの人生の岐路や内面の覚悟のような、気持ちの切り替えの瞬間に立ち会えた時、この仕事を通して稀有で濃厚な経験をさせてもらえているな、と感じます。とても有り難いです。

そして、たかが服屋ですけれど、こうしてわざわざ出向いてくださって、これまでのご自身の内情や心の変化を切々と語ってくださることに対して、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

まだまだ心が癒えるまでは時間がかかるかと思いますが、時々こうして気分転換に綺麗な服に袖を通したり、私のような何の柵もない者を相手に、泣き言でも愚痴でもなんでも曝け出して、少しでも心を軽くされていただきたいなと思った次第です。

長い人生の途中、人は不可抗力の悲しく辛い壁にぶち当たることがありますよね。
その時に誰かに、何かに頼って甘えていいのだと思うのです。

いえ、是非ともそうするべきです。
近しい間柄だと逆に言えないことも、我慢しなければならないこともあります。
そんな時、どこかにホッとできる場所や、気持ちを立て直せる手段があると、きっと少しは持ち堪えられるはずです。
いくつもはいらないけれど、そんな場所がひとつか二つでもあれば、気持ちが整い、前を向けるような気がします。

そうやって、少しずつ、元気になっていただきたいなと思います。
昨日は少しはそのお手伝いができたかな、と安堵しています。

どうか心健やかに、心穏やかにと願いつつ。


それではまた。


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