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「名前は知ってる」理論書棚という秘密の空間


 書斎に戻れば、そこには手つかずの理論書がずらりと鎮座している。アダム・スミス、ケインズ、マルクス、フリードマン…名前を聞けば「おお」となる経済学者たちの著作が、私の部屋の一角でホコリをかぶっている。大学に入る前は「これらを読み込めば、経済の本質がクリアに見える」と信じていた。しかし現実は違う。忙しさや気後れ、難解そうな雰囲気に押され、「いつか読もう」ばかりが積み上がっていく。

 この「積ん読」状態は、一種の自己欺瞞かもしれない。「知るべき本はここにある」という所有欲だけで満足し、実際に読むことで得られるはずの洞察を先延ばしにしている。名前を知っている理論家の本を並べておくと、なぜか自分が経済学に通じている気になってくるから不思議だ。私が本当に知っているのは、彼らの名前や代表的な理論用語程度で、その思想の核心は未開拓のまま。

 だが、その棚は私にとって「未踏の領域」を常に思い起こさせる。そこには開かれていない地図があるようなものだ。自分がまだ成長できる余地がここに眠っている、と考えれば、恥ずかしさもほんの少し和らぐ。いつか時間と覚悟をもってページをめくり、そこに詰まった叡智を自分の言葉で語れる日が来るだろう。それまでは、この棚が持つ静かな圧力と、ほのかな希望にじっと耐えてみようと思う。

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