ザ・加藤伸吉・アンソロジー(4)国民クイズ始まる、の巻
お待たせしました、漫画家 加藤伸吉インタビュー、第4回です!ここ2回ほど子供時代を振り返ってきましたが、そろそろ作品の話をはじめましょう。今回は、最初の大ヒット作『国民クイズ』について訊きました。
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大須賀:前回からまた少し間が空いてしまったんですが、加藤くんがちょっと体調を崩したという連絡があって。その後大丈夫?
加藤:いや申し訳ない、大丈夫だいじょうぶ。いやーちょっと不摂生がたたりまして。しばらくは養生しながらボチボチ行きます。
大須賀:心配しましたよー。気をつけてくださいね。
*新担当さん、原作とともに現る*
大須賀:で、今日はトキタくんが年末進行のためお休みなんですが、デビュー作『嗚呼!うげげ人生』のあと、93年に始まった『国民クイズ』について二人でお話していきたいと思います。
このnoteの第1回で訊いたんだけど、『嗚呼!うげげ人生』には実は続編が何本かあったという話で。そのあとすぐに『国民クイズ』の話が来たんですか?
加藤:うん、そう。前に話したと思うけど、『うげげ』を進めてくれていた担当さんが変更になったんだよね。それで次の担当さんが『国民クイズ』の原作を持って現れた、という、そういう記憶があるな。
大須賀:あ、「初めまして、僕が次の担当です。で、これ、描きませんか?」ということ。
加藤:うん、そういうこと。で、これも話したけど『うげげ』は自分の中ではちばてつや賞を狙って「らしいもの」を無理にこしらえた世界だったりもしたので、この原作をもらったときに、絵柄的にもっと「飛ばした」ものが描けるんじゃないかという期待もあって、やろうかなと。
大須賀:あまり悩んだり考えたりとかはなくて。
加藤:うん。ディストピア物のSFとか、当時も今も好きだし。これで行きたい方向に行ける!と。描きたい絵がつくれるな、って。
僕はこういう世界を描きたいんだけど、ストーリーに自信がないんですよ、今も。SFとかあまり読んでいないし。まして政治とかは、もう…いまだに政治わかんないですからね(苦笑)。場が政治談議になっちゃうと、おれ、しゅんとしちゃうの(笑)。逃げ出したくなる。興味ないから頭入ってこないし。政治的人間じゃないんだね。
大須賀:あぁ。『バカとゴッホ』の作者がストーリー苦手ってどういうこと?と思ったけど、そういうことですね。こういう社会的・政治的なSFのストーリーは得意としていない、と。なるほど。絵については加藤作品はすごくSFや未来都市の印象が強いのに。
そうか、つまり、デビュー直後に加藤くんの絵が生かせる最高の原作に出会ったというわけですね。
こういう場合、連載を始めるときに原作者さんには会うんですか?
加藤:いえ、会ってないんですよね。連載終了後には会いましたけど。
大須賀:へぇー。そういうもんなんですか?
加藤:担当さんは「会わさないようにしている」って言ってましたね。察するに…原作と作画が結託して勝手なこと始めちゃうとまずいだろうってことかなと(笑)。逆に言えば、担当さんと編集長がしっかりしてくださっていたんだと思いますね。こちらは新人ですからね。
*『国民クイズ』の世界は、北斎と国芳*
大須賀:こういう原作モノのキャラや世界を造形するときっていうのは、加藤くんが1人でどんどん描き進めていっちゃうんですか?
加藤:うん、そう、でも自分の想像だけじゃ追いつかないから、シュールレアリズムや葛飾北斎からだいぶイメージを貰いましたけどね。テレビ局のセットの造形とかは北斎ですよ。鳳凰みたいのとか。
大須賀:主人公がスタジオで乗ってる龍みたいな…
加藤:そう。北斎、あと国芳。
大須賀:それは面白いね。ほんと?(単行本をパラパラとめくる)あー…ほんとだ!そう言われてみればそういうイメージが色々なところに。すご…。ディストピア的なSF世界を描こうというときに普通は浮世絵とは結び付かない気もするんだけど、これは原作を読んで思い付いたこと?
加藤:元々好きだったというのがもちろんあります。たぶんね、横尾忠則さんの影響がすごくあると思う。持ってきちゃう、っていう。あの人「自分にはオリジナリティはない」ってご自分でおっしゃってますけど。
横尾忠則:アーティスト、デザイナー。ファインアートからポスター、装丁、広告まで、若者文化の中心的存在として昭和40年代以降幅広く活躍。古今東西の過去の作品を自作の中に取り入れることが多い。ジョン&ヨーコをはじめロック人脈にも近く、YMO結成時にメンバーとして加わることが決定していたのに発表当日にドタキャンしたというエピソードも有名。
加藤:よそから持ってくると、自分の想像だけのものより造形がかなりリッチになるんですよね。線の混み入り具合とか、こっちの想像以上のことをやってますから。で…ああいう(北斎の)絵に動きをつけたい、角度をつけて龍の顔とか描いてみたい、って思ったんですよ。
だから、ええとね、今回の絵はこういう世界でいこう、っていうアートディレクターが他にいて、その人に頼んだって感じ。
大須賀:あっそれか!前に言っていた「絵のタッチを変えるのは、自分の中のカメラマンや照明を変えること」っていう、それと同じで、自分の中で役割分担を。
加藤:そう。自分の中のアートディレクターの指示で、漫画家の自分が描いてる感じ。だから、なかなかいいチームなんですよ。さっき言ったように脚本班はちょっと弱いんだけど(笑)。
大須賀:まぁ絵が凄すぎるから、相対的にはそうなのかもしれないけど。
*絵について、Wikipedia答え合わせ*
大須賀:北斎に話持っていかれちゃったけど、あとシュールレアリズムだよね。『国民クイズ』のWikipediaには、「マックス・エルンストらに影響を受けたものが見られる」と。これは合ってる?
加藤:うん、合ってる。『怪鳥ロプロプ』の絵とかね。
マックス・エルンスト:1920~70年代に活躍したドイツ人の画家、彫刻家、グラフィックデザイナー、作家。ダダ、シュールレアリズムの創始者の一人。「怪鳥ロプロプ」は鳥と人間を融合させたキャラクターで、自分自身を表しているという。日本の有名なアニメ作品『バビル二世』の「怪鳥ロプロス」の元になったという説も。
加藤:あと澁澤龍彦さんの影響をものすごく受けていたから、あの人が紹介する絵をことごとく好きになって。その画集を集めては持ってきて、『国民クイズ』という遊び場でコラージュしていったという感覚ですね。
澁澤龍彦:小説家、評論家、仏文学者。1950~80年代に活躍。コクトーやマルキ・ド・サドの翻訳者として知られる。エロティシズムやシュールレアリズムの「紹介者」として、社会、特にサブカルチャー周辺に大きな影響を与えた。
大須賀:Wikipediaにある「解剖学的に正確な知識を持って人体を描く」は?確かamazonのレビューには「鼻の穴のある美人を描ける漫画家」だったかな、そんなコメントもあったと思うけど。
加藤:んー、でも人体は、自分を鏡で映して出来る範囲のことしかやってないですね。アカデミックに、たとえば昔の画家が死体を解剖してまで勉強した、みたいなことはやってきていないです。むしろ、だからノビノビとした線が描けてるとも思うし。
大須賀:じゃあ、見る人が見ると解剖学的知識を感じるほどに「結果として」描けてる、ってことなんですね。
加藤:うん、だからね、キャラの動きに「伸び」があるんだよね。自分で言うのもなんだけど。あの頃が一番、キャラに「動いてる感」がある。忙しく描く、スピードを上げて描いていることの効果ってこういうところに出るんだと思いますね。描いているときに「描けてるなー」なんて思ったことないし、描けてるのかどうかわからないけど、動いてるなとは思う。
*週刊誌に描く。体力の限り描く*
大須賀:なるほどね。とはいえ、これだけの絵を毎週連載で描くのは、これは大変だったでしょう、1週間で。
加藤:うん。だから挫けて途中で隔週になった(苦笑)。原作者さんは挫けずに毎週出来てたんだけど。始めるときは、北斎とかからパクれば楽だと思ったんだけどなぁ。
大須賀:いやいや(笑)。だって描き込みの量が凄いもん。白いコマがほとんど無い。漫画家によってはページが白い人、背景が真っ白だったりスクリーントーン一発だったりする人もいるじゃないですか。
加藤:新人でそれやる人、おれ大っ嫌い。出来上がってるんじゃねぇよって。若いうちは体力の限り描かなきゃだめですよ。
大須賀:いい話だな。あらためて絵を見ると、ほんと凄いなと思います。そういう抜いたコマは、ほとんど無いですよね。
加藤:でも回によってはやっぱりバラつきはありますよ。担当さんはわかってた。絵の分かる担当さんだったと思う。今回は良いですね、とか、おれの感覚とバッチリ合ってましたもん。
まぁ、週刊で描くっていうのはこういうことだ、ってあきらめていた部分もありますけどね。あとはその中で自分がどう楽しむか、だけ。
大須賀:誤解を恐れずに言えば、仕事として、という。
加藤:そう!思い入れが少ない分ノビノビ出来てたんだとは思いますよ。原作が自分じゃないから、かなり「無責任」なビジュアルが出来た気がする。時代も良かった。「ここの拳銃のカタチが違う」みたいなうるさいことを言われる時代じゃなかったから、まだ。
大須賀:あっ、いまってそういうことあるんだ。
加藤:うん。この銃は何発出るんだとか。イヤなんだよね、そういう実証主義。
*自分の世界だから、ぜんぶ自分でデザインする*
大須賀:そういうのは、要らないリアリティだよね。
加藤:そういう描き方したくなかった。全部自分でデザインしたかったんですよ。出てくるモノとか、武器とか。だから飛んでるメカとかは昔のブリキのおもちゃとかからデザイン持ってきたり。おもちゃだから造形的には理にかなっているし、それを大きくして漫画の中に落とし込んじゃえば成り立つんですよ。モノの描き方については、シリアス禁止。とことんナメて描くっていう。
大須賀:そういう意味では、この街って、設定は日本で、下町なんかはたしかに昭和の日本なんだけど、同時にとくに都市の風景はどこか日本っぽくないですよね。ヨーロッパとか、中東とか…無国籍な感じがあると思うんですけど。
加藤:あー。それはねー…結局じぶんの趣味ということだと思いますよ。ストーリーに新宿とか国会議事堂とか出てくるから、担当さんがたくさん写真を撮って持ってきてくれるんですけどね、まぁ、使わない(笑)。まんま描くってぜんぜん面白くないんだもんね。
大須賀:そこが加藤くんだよね。いわゆる「絵がすごく巧い漫画家さん」で、超緻密にリアルな風景を描く人いるじゃないですか、加藤くんの絵の「巧さ」は、そっち方面には行かないんだよね。
加藤:やっぱり、悔しいんじゃないんですか、自分の絵じゃないと。写真の真似してもね。
大須賀:だから、街のカタチも1から創造しているしているわけでしょ。
加藤:そう、キャラと一緒ですね。ぜんぶデザインしたいという。
大須賀:そこですよね。
加藤:込み入った街が描きたかったんですよね。ただ、参考にしたものはありますよ、昔の東京の写真集とか。新宿のFLAGSが建ってるあたりがまだ汚いおにぎり屋と便所だったときの場所とかね。自分なりに行ってみたい街を書いてるんですよね。
大須賀:昔の東京から拾ったって面白いですね。SFの、未来の話を描くのに。
加藤:レトロ・フューチャーを気取ったっていうわけじゃないんだけど…自然にそうなってましたね。
大須賀:昔の風景に未来感があるっていう感じ?
加藤:だって、それしかないんじゃないんですかね、未来を考えるとき。要するに未来って、自分がいない世界でしょ。それは過去もそう。そういう意味じゃ一緒なんですよね。そこに立っていたい、っていうだけ。郷愁、憧れ、造形の格好良さ。過去を加工すれば未来にもなるっていうね。
大須賀:なるほどねー。感覚的にすごく良く分かる!加藤くんの未来都市の絵って、よくあるぜんぶ同じ時代の「未来」じゃなくて、瓦屋根の日本家屋や現代のビルとSF的な建物・乗り物が共存しているんだよね。考えてみれば実際の街もそうだし、またそれ以上に、色々な時代の、加藤くんが美しいと思うもの、描きたいと思うものが共存しているということなんですね。加藤くんに内在するリアリティ、その世界が今まで以上にぐっと入ってきた感じがします。楽しいなぁ。
あれ。おおお、もうこんな字数に。
次回はこの続きで、さらに『国民クイズ』とその周辺の話をしましょう。
<続く>