令和5年予備試験論文式試験刑法答案
第1、設問1
1、本件で甲に監禁罪(刑法(以下略)220条後段)が成立するという主張は以下のようなものと考えられる。
(1)「人を…監禁」するとは、人の身体を間接的に拘束し、その場所的移動を不可能又は著しく困難にすることをいう。
(2)本件で甲は某月10日午後5時5分頃Xが中にいる小屋の唯一の出入口である扉を外側からロープできつく縛り、内側からこれを開けられないようにした。すなわちXはこれによって小屋の中から脱出不能となっており、人の身体を間接的に拘束し、その場所的移動を不可能にしたといえるから、甲はXを「監禁した」といえる。
(3)甲に故意(38条1項本文)に欠くところもないため、同人の上述の行為に監禁罪が成立する。
2、一方で反対の立場からの主張としては、Xが甲に小屋に閉じ込められていた間Xは熟睡しており、自身が甲によって小屋に閉じ込められている旨認識しておらず、そもそもXは移動しようとする意思を有していなかったため、甲に監禁罪は成立しないというものが考えられる。
(1)かかる反対の立場は監禁罪の保護法益を被害者が移動したいと思ったときに移動できる意思の自由とし、監禁罪の成立には被害者が移動したいと思い、かつその能力を有する場合であることが必要とするものである。
かかる解釈によれば上述の反対の立場が妥当であるようにも思える。
(2)しかし上述の反対の立場では、乳児等、そもそも自ら移動する意思も能力も有しない者を客体として本罪の成立を肯定することができず、不当である。
そこで、監禁罪の保護法益は、より抽象的な移動の自由で、イ会社の移動しようという現実の意思、能力は不要で、同人の可能的自由を侵害した場合に本罪の成立を肯定すべきである。
(3)本件では、上述の通り甲はXを小屋に閉じ込めて同人を同小屋から出られないようにしている。そして上述のように被害者の現実の移動の意思、能力は問題とすべきではないから、Xが甲により閉じ込められている旨認識していなかったという事実は、本罪の成否に影響しない。
3、以上より、本件で甲に監禁罪が成立するという主張が妥当である。
第2、設問2
1、甲がXの上着ポケットから同人の携帯電話機1台を取り出し、自分のリュックサックに入れた行為に、窃盗罪(235条)が成立しないか。
(1)「他人の財物を窃取」とは、他人の占有する他人の所有する財物を、その占有者の意思に反して自己の占有下に移転させることをいう。
甲はXの携帯電話をXに無断で自分のリュックサックに入れて占有を移転しており、「他人の財物を」Xの意思に反して「窃取した」といえる。
(2)もっとも甲の本件行為の目的はXの死体発見を困難にすることであり、不法領得の意思を欠くのではないか。
ア、窃盗罪はその利欲犯的性格故に、より軽い毀棄隠匿罪と区別され、そのため窃盗罪には権利者を排除する意思とその財物それ自体から効用を得ようとする意思からなる不法領得の意思が求められる。
イ(ア)たしかに甲はXから携帯電話を奪っており、Xの使用可能性を奪っているから、権利者排除意思が認められる。
(イ)しかし、上述の犯行目的からして、Xの携帯電話それ自体から、何らかの効用を得ようという意思は存しない。
よって不法領得の意思を欠き、窃盗罪は成立しない。
(3)もっとも、この行為及び後の携帯電話を捨てた行為は、同携帯電話の効用を害するもので、「他人の物を損壊し」たといえる(261条)。
(4)故意責任の本質は反規範的態度に対する道義的非難にあるところ、構成要件的に符合する軽い罪の故意を認めることは、重い罪の故意がある者について妨げられないところ(38条2項反対解釈)、甲がかかる行為につき窃盗又は器物損壊罪の故意を有していたことは争いがないから、本件で故意も認められる。
2、以上より、甲のかかる行為に器物損壊罪が成立する。
3、甲がXの首を両手で強く絞め付けた行為に殺人罪(199条)が成立しないか。
(1)本罪の実行行為は他人の生命をその自然の死期に先立って断絶する現実的危険性のある行為をいう。
甲の本件行為は気道や重要な血管の集まる首を両手で強く絞めるもので、Xを失神させ、ひいてはその後の遺棄等により同人を死亡させる現実的危険を有するものだったといえ、Xの生命を自然の死期に先立って断絶しかねないものとして、本罪の実行行為性を有する。
(2)Xは死亡している。
(3)行為の有する危険が結果へと現実化したといえる場合に行為と結果の因果関係を肯定できるところ、Xは甲の本件行為により失神させられ、その後の崖への投下により死亡している。殺人犯等が死体を崖下に投下する事が通常考えられる事からすれば、Xの直接死因は頭部外傷によるものとしても、これは上述した甲の首絞め行為の有する危険性が結果へと現実化したものといえる。
したがってXの死亡と上述の甲の行為の間には因果関係がある。
(4)甲は当初首を絞めて殺すつもりであったが、実際には頭部外傷による死因と、因果経過の錯誤がある。しかし上述の故意責任の本質からして、両者は殺人という同一構成要件内で符合しており、故意を阻却しない。
(5)甲には殺意もあった。
4、よって甲のかかる行為に殺人罪が成立する。
5、甲がXの財布から3万円を抜き出した行為について、これについても「他人の財物を窃取した」といえる。そして故意についても、たとえ甲がXを死者だと考えていたとしても、殺人犯と死者との関係では窃盗罪成立が肯定される(判例同旨)から、認められ、不法領得の意思も欠けない。
よって甲のこの行為に窃盗罪が成立する。
6、甲がXを崖下に投下した行為は、客観的には殺人であるものの、主観的には死体遺棄(190条)であり、両者は保護法益や行為態様が大きく異なり、構成要件的に符合しないため、この行為に故意犯は成立しない。
以上