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【中編小説】正義⑧

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建物内に入ると、今度は沢山の銃声やら叫び声やら悲鳴やらが聞こえてきた。
どうやら中にいる敵と奥で交戦しているらしい。
一難去ってまた一難とは、まさにこの事である。
エヴァンも慌てて加わる。
物陰に隠れつつ銃を撃つ。
悲鳴を上げて敵が倒れた。
別の敵が銃口をこちらに向けた。
また隠れる。
そしてまた撃つ。
しばらく戦っていると、機関銃を持った兵士がやって来た。
すぐに機銃掃討が始まる。
敵がバタバタと倒れ、悲鳴を上げて逃げ惑う。
「いいぞいいぞ!」
「そうだ!奴らに思い知らせてやれ!」
しばらくして機銃掃討が終わると、そこに生きている敵兵はいなくなっていた。
それを確認してエヴァンは叫んだ。
「よし、進むぞ!」
これを受けて、兵士達が前に進み始めた。
今度は慎重に進む。
どこに敵が潜んでいるかわからない。
やけに静かだ。
角を曲がったその時―。
銃声が4発響き、先頭で角を曲がった兵士が喚きながら倒れた。
ジェイクがその兵士を急いで安全な場所に移動させる。
「クソっ!待ち伏せかよ!」
「グレネードを使え!」
エヴァンがそう叫ぶと、1人の兵士がグレネードを敵に向けて投げた。
爆発音と共に悲鳴が上がる。
「よし、突入!」
掛け声を合図に、次々と兵士達が角を曲がる。
エヴァンも続く。
先の方で銃声が2発響いた。
先程待ち構えていた敵にトドメを刺したらしい。
彼の死体を横目に歩みを進める。
早くしないと国王に逃げられるかもしれない…。
エヴァンは内心焦っていた。
それを見透かしたのか、ジェイクが叫んだ。
「少し急ごう!奴に逃げられるかもしれない。」
兵士達は足早に突き当りの階段を昇り始めた。


その後も度々敵の待ち伏せや襲撃に応戦しつつ、エヴァン達はなんとか国王がいるとされる部屋の前に辿り着いた。
この辺りは薄暗い。
先程のサミュエルの仕掛けた爆弾の爆発の影響で電気が止まっているのだろう。
近くの防衛指令室とやらはボロボロで、瓦礫と死体だらけだし。
そしてそのサミュエルも先程、合流できた。
服装のせいで、危うく撃つ所だった。
―いよいよこの国が変わる。
兵士達に高揚感と緊張感が満ちる。
「…準備は良い?」
銃を持ち直してエヴァンが小声で訊いた。
「おう。」
ジェイクが笑顔で答える。
他の兵士達も頷く。
エヴァンは大きく息を吸い込んだ。
「…突入!!!」
これを合図に薄汚れた扉を開け、兵士達がなだれ込む。
エヴァンも続いた。
部屋の中は豪華なつくりだ。
高そうな調度品が沢山並んでいる。
国民の税金でこのような暮らしをしているとは。
改めて国王に対して腹が立つ。
奴を殺そう…。
ただ、1つ問題がある。
肝心の国王がどこにもいないのだ。
そのかわりに高官っぽい服装をした男が1人、うなだれていた。
「国王はどこだ!?」
殺気に満ちた表情でエヴァンが銃を突きつける。
「知らない…。」
その男はうなだれたまま答える。
「本当か?拷問したっていいんだぞ?正直に言え!」
他の兵士が怒鳴りつける。
「…本当に知らないんだ…、信じてくれ…。」
男は顔を上げた。
…こ、こいつは…。
「…防衛大臣!?」
ジェイクが言った。
兵士達がざわめく。
「そうだ、私は防衛大臣のアランだ。もっとも、先程国王に大臣を解任されたがな…。」
「あんた、本当に国王の居場所を知らないんだな?」
ジェイクが念を押して、銃を構え直した。
「ああ…知らない…。」
「じゃあ…」
ジェイクが引き金に手をかけた。
「待て…!」
エヴァンがその前に立ち塞がった。
国王の所在がわからない以上、まだこいつを殺す訳にはいかない。
たとえ多くの仲間を殺させた奴だとしても。
エヴァンは涙を流しながら、アランを睨みつけた。
今はそれしかできなかった。
アランを拘束しようと数名の兵士が近付いたその時―。
いきなりヘリコプターの音が、とても大きく聞こえ始めた。
何だ…?
兵士達がざわめく。
アランが呟いた。
「…国王だ。」
「何!?」
「この建物には、国王と我々側近しか知らない、いざという時の脱出経路があるんだ。そのヘリだろう。」
音が少し変わった。
ヘリコプターが飛び立ったらしい。
クソっ、逃してたまるか…!
エヴァンは窓に駆け寄り、空を見た。
王国の軍のヘリコプターが離れて行くのが見える。
中には国王や側近の大臣達がいた。
「待てクソ野郎っ!」
エヴァンは即座に銃を構えて、ヘリコプターめがけて数発発砲した。
しかし弾は全て外れた。
すぐにヘリコプターは見えなくなった。
…ちくしょう。
…逃げられた…。
空は雲一つ無い青空だというのに。

終戦

イサクドイセンセ王国とグウユシ共和国の戦争は、あっという間に終結した。
開戦の翌日の昼、王国の最後の防衛大臣アランが降伏文書に調印し、終戦した。
国王ケラルドは行方不明となり、全世界に指名手配される事となった。
テレビやラジオといったメディアは、戦火を大々的にアピールする大統領トーマスの演説を報じる一方、犠牲になった王国の国民の様子等を放送して、この戦争の必要性について問い直すものもある。
SNSでも、この戦争の意義を強調する人々、この戦争の価値を否定する人々があふれた。
ローラとエリカは戦闘に出る事無く、銃や爆弾等の使い方を教えられただけで家に帰って来た。
憎き王国の連中を徹底的に殺すために志願兵になったのに。
これでは不満足である。
夫と息子が殺されてからわずか1日。
まだまだ2人の心は悲しみと怒りに満ちている。
この気持ちをどうしたら良いのか。
涙を流してうなだれる2人に、テレビが語り掛ける。
「繰り返します、国王ケラルドは行方不明です、所在を知る方はぜひ連絡して欲しい、との事です。」
…まだ国王を殺せるチャンスがある…!
まだ『希望』はある…!
2人は同時に立ち上がり、頷き合った。
そのまま勢いよく部屋を出ようとしたその時―。
「…続いてのニュースです。速報です。先日のイサクドイセンセ王国との戦争の端緒となったベリーシャへのミサイル攻撃についてですが、大統領の『自作自演』だったのではないか、との疑惑が出ています…。」
思わずテレビ画面を凝視する。
「…ある共和国軍の兵士によりますと、自分が大統領に命じられてベリーシャにミサイルを撃った、との事です。この兵士の証言が事実だとした場合、この戦争は意図的に引き起こされたものという事になります。多くの人命が失われました。大統領にはこの点についての説明責任を果たしていただきたいと思います。」
これは一体どういう事…?
これが本当だとしたら…。
私達は何のためにこの戦いをやったの…?
私の夫と息子は何のために死んだの…!?
なんともやるせない気持ち。
泣き崩れるローラに、エリカが慌てて寄り添う。
涙が止まらない。
運命は、残酷だ。

午後1時―。
アランはグウユシ共和国の裁判所で判決を待っていた。
王国の軍、特に親衛隊を率いて戦った者として、戦犯として裁かれるのだ。
自分も国王ケラルドのように、逃げようと思えば逃げられた。
だが、それを自分が許さなかった。
ずいぶん前から、国王の統治は間違っていると思っていた。
そしてそれを言う機会は腐る程あった。
にもかかわらず、自分はそれをできなかった。
国王の過ちを見逃す事しかできなかった。
防衛大臣という立場にいながら。
そんな後悔や自責の念が、逃げる事を許さなかったのだ。
裁判長と裁判官がぞろぞろと法廷に入って来た。
アラン含め一同が立ち上がって礼をし、着席する。
裁判長が咳払いして、口を開いた。
「それでは判決を言い渡す。」
覚悟は決めていたつもりだが、やはり緊張する。
アランは唾を飲み込んだ。
「…主文、被告人を死刑に処する。…」
…やっぱりそうか。
案の定『死刑』だ。
アランは身体から力が抜けて座り込んでしまった。
隣にいた兵士に身体を支えられる。
裁判長の判決文朗読が終わった。
そのまま兵士に両脇を支えられ、半分引きずられるようにしてどこかへ連れて行かれる。
涙がこぼれてきた。
涙がとまらない。
何だろう、この気持ちは。
自分でもよくわからない。
悔しいような、嬉しいような、清々しいような…。
しばらく進むと、兵士達が大勢待ち受けていた。
いよいよか…。
これが自分の運命なんだ…。
アランはうつむいた。
頭に黒い袋が被せられる。
自分の足元が、彼が見た最期の光景だった。

ちょうどその頃、エヴァンはジェイクと共に、選挙演説の準備をしていた。
王国はこれまでの独裁政治という政治体制を改め、選挙が行われる事となったのだ。
とは言っても、選挙に出るのはエヴァン1人。
事実上次のこの国のトップは彼だ。
空は青い。
雲一つない。
額に汗がたまる。
「よし!こっちはOKだ!」
「おう、こっちもOK。」
「じゃあちょっと休憩しようか。」
「ああ。」
2人はベンチに腰を下ろした。
ペットボトルの蓋を開けて、水を喉に流し込む。
身体の渇きが一気に潤う。
「プハァー!生き返るぅ!」
ジェイクがエヴァンの方を向いた。
エヴァンはタイミングを待っていたかのように口を開いた。
「…なあ、俺、この国を良くできるかな…?」
エヴァンは自信が無かった。
ここまで自由防衛隊の隊長として戦って、勝った。
けど、それは100%隊員達のおかげだ。
ジェイクをはじめ、周りの人間に薦められて選挙に出る事になったが、自分にこの国が変えられるのだろうか。
不安だ。
「大丈夫だって!心配しすぎだよお前。ここまで一緒に戦って勝てたじゃんか。お前が隊を率いてさ!」
「そうだけど…。」
「何だよ、俺達を信用できないってのか?」
「いや、そういう訳ではないけど…。」
「何とかなるって!大丈夫大丈夫!」
「…そうかなぁ…。」
ジェイクは、まるで酔っ払っているかのように楽観的だ。
彼が羨ましい。
俺は不安がぬぐえない。
エヴァンの心情とは反対に、空は相変わらず快晴だ。
後ろから足音が近付いて来た。
「エヴァンさん、そろそろ出番です。」
「…わかりました!」
エヴァンはペットボトルを置いて立ち上がった。
「頑張って来いよ!期待してるぜ。」
コイツ…、プレッシャーかけてきてるじゃん…。
「あ、ああ…。」
苦笑いして足を踏み出す。
会場に近付くにつれて、観客達の声が聞こえてきた。
全て自分の支援者だ。
観客席が露になる。
沢山の観客で埋め尽くされている。
エヴァンに気付いた観客達が一気に歓声を上げる。
耳が痛くなる程だ。
…たしかにジェイクの言う通りかもしれないな。
俺は自由防衛隊をここまで率いてきた。
そして王政を倒せたじゃないか。
それにこんなに沢山の支援者達がいる。
大丈夫。
きっと大丈夫だ。
戦争の時みたいに、苦難は沢山あるだろう。
そのときは仲間に頼れば良い。
俺は1人じゃない!
仲間がいる。
エヴァンにかすかに自信が芽生えた。
そのかすかな自信を胸に、エヴァンは壇上に立った―。

(おわり)


(興味のある方は、私の前回作をお読みください!)


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