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【中編小説】正義⑥

https://note.com/s_kanta0923/n/n0809f3da1594

エヴァンが拳銃をこめかみに当てて目を瞑ったその時―。
王国の戦車達が、一斉に砲弾を発射した。
砲弾は背後から警官隊に直撃し、大きな地響き、土煙と共に悲鳴やうめき声があちらこちらで上がる。
な、何が起きているんだ…?
事態が飲み込めない。
エヴァンは急いで立ち、手すりへ駆け寄って王国の戦車達を見る。
よく見ると、掲げられている旗には大きく✘印が上書きされている。
まさか、クーデターか…?
だとしたら、自分達はまだ…。
エヴァンは狙撃銃を手にした。
すると今度は、エヴァン達がいる反対側から砲撃音と地響きがしてきた。
今度は何だ?
水溜まりを飛び跳ねて反対側の手すりに向かう。
反対側からも戦車の大群が近付いて来ていた。
共和国の軍隊だ―。
これで、プルトリニウス県庁を包囲する警官隊を、王国の軍隊と共和国の軍隊がさらに包囲する構図になる。
この戦い、勝てるぞ。
「援軍だ!諦めるな!絶対勝つぞ!!」
エヴァンは叫んだ。
「オオ!!!」
周りの隊員達も答える。
士気が一気に上がった。
隊員達が狙撃を再開する。
エヴァンもジェイクと並んで、再び警官を撃ち始めた。
雨は上がり、雲の切れ間から太陽が顔を出していた―。

その頃フィリップもまた、敵を撃っていた。
相手は王国の警察。
このすぐ先に反政府軍の拠点とするプルトリニウス県庁がある。
軍隊ではないから、簡単に攻略できるだろう。
彼の隣で戦車達が代わる代わる絶え間なく砲撃する。
敵は全然やり返す気配が無い。
それどころかバラバラに逃げ惑うだけである。
「これじゃ張り合いがねぇなぁ。」
隣にいたマイケルが言った。
「いかにも。」
警官を撃ちながら答える。
しばらくすると、度重なる砲撃と銃撃で、県庁の前から警官はいなくなった。
あるのは砲撃のクレーターと、警官の死体だけだ。
道が開けた。
さあ、反政府軍と合流だ。
門に近付いたその時―。
角から王国の戦車が姿を現した。
一気に緊張が走る。
するとその戦車は停止し、ハッチが開いて人が出て来た。
「撃つな撃つな!味方だ味方!」
先程握手を交わしたサミュエルだった。
フィリップは胸をなでおろした。
「クーデターか?」
「おう!王政を倒す!」
「これから反政府軍と合流するが、一緒に来るか?」
「じゃあお言葉に甘えて。」
フィリップは部下に投降した警官達を拘束するように命じ、サミュエル達と県庁の入り口に向かって歩き出した。
次から次へと王国の戦車がやってくるのが見えた。
どうやら相当な数の兵士がクーデターに参加しているらしい。
建物の中に入ると、ちょうど若い男達数人が階段から降りて来る所だった。
「…会えて光栄です。」
その男の1人がそう言う。
「こちらこそ。私は共和国軍戦車部隊第17隊隊長のフィリップだ。よろしく。」
軽く自己紹介して手を差し出すと、その男は険しい顔つきで応えた。
「私は自由防衛隊隊長のエヴァンです。」
「いやー、しかし、間に合って良かった!」
フィリップは場を和ませようと笑って見せた。
すると反政府軍の兵士達はなおさら険しい顔をする。
「…いや、遅いよ…。」
誰かがボソッとつぶやく。
ふと横を見ると、そこには反政府軍兵士の遺体が数体集められてあり、その横には十数名程の負傷兵が横になっていた。
しまった…。
「…し、し、失礼…。」
とんでもない事を言ってしまった。
顔から血の気が引いていくのがわかった。
取り繕うようにフィリップは喋り始めた。
「…こ、こちらは王国の軍隊で、クーデターをしようとしている兵士の方々だ。」
「…え?…あ、ああ、サミュエルだ。よろしく。」
「アーロン。」
「ジェイコブだ。よろしく。」
「キース。よろしく。」
エヴァンは無言で小さく頷いて言った。
「じゃあ皆さん、作戦会議でもしましょうか。で、王国のクーデター軍の方は、指揮官は不在ですか?」
「…私がクーデターを指揮しているが?」
髭をたくわえた中年の男が建物に入って来た。
「話は全て聞いた。私が王国軍の臨時戦車部隊隊長のグレイソンだ。よろしく。」
「…それでは。」
エヴァンが階段の方へ歩き始めた。
グレイソンも続く。
「…自由に休憩しておいてくれ。」
部下にそう言って、フィリップも慌てて続いた。

包囲②

県庁の屋上の隅でエヴァンは地図を広げて話し始めた。
「ここが国王のいる所です。ここが最終目標。」
フィリップとグレイソンが地図をのぞき込む。
「それで作戦案としては、夜、暗闇に紛れてここの通りを移動し、建物を包囲する。準備出来次第突入。狙撃部隊も援護する。どうですか?」
グレイソンが顔を上げて話し始めた。
「それは良いが、建物はとても複雑な構造で親衛隊だらけだ。それに国王がどこにいるかはわからない。奴の所在はどう突き止める?」
「それならスパイを派遣しましょうか。そうすれば突入の合図で建物内部からも攻撃できますし。」
グレイソンが頷く。
「そうだな。スパイの任務は我々が引き受けよう。我々なら親衛隊の腕章も簡単に手に入るだろうし。」
「…あの、親衛隊って何ですか?」
エヴァンが尋ねる。
すかさずグレイソンが答える。
「国王を心の底から信仰している頭のおかしな連中だ。国王には親衛隊しか近付けないんだ。」
エヴァンは頷いた。
「なるほど。ではスパイの件はグレイソンさん、あなた方にお任せします。」
「うむ。」
「狙撃部隊は?どうする?」
するとフィリップが首を横に振りながら答えた。
「恥ずかしながら、共和国軍のスナイパーはまだ到着していないんだ。」
「では私達で。」
エヴァンとグレイソンが顔を見合わせて頷いた。
「作戦決行は深夜0時でどうでしょう。」
「わかった。」
「了解。」
「ではひとまず解散で。また夜に会いましょう。」
エヴァンはグレイソンとフィリップが階段を下りて行くのを見送った。
屋上で1人、缶コーヒーを開けて景色を眺める。
空はすっかり晴れている。
良い天気だ。
太陽の光が眩しい。
遠くには国王のいるとされる建物が見える。
今夜、あそこで決着をつける。
ケラルドを倒す…!
エヴァンは遠くを睨みながらコーヒーを飲んだ。

その頃アランは防衛指令室で頭を抱えていた。
制空権は奪われた上、各地で軍が反乱を起こしているらしい。
なんてこった…。
敗戦―。
この二文字が脳裏によぎる。
マズい…どうする…。
損害を最小限にとどめるためには降伏するしかないか。
でもそれを国王ケラルドは許さないだろう。
ただ、だからと言ってこのまま戦いを続けても勝ち目は無いだろうし。
どうしようか…。
国民の利益を守るためには、やはり…。
アランは決意を固め、防衛指令室を出た。
足早に歩く。
決意が揺るがぬうちに…。
ドアの前に立ち、ノックする。
「入れぇ!」
不機嫌な声で返事が返って来た。
こめかみを冷たい汗がつたう。
扉を開けて足早に部屋の中に入る。
覚悟を決めて口を開く。
「…国王、損害を最小限にするためにも、一刻も早く降伏すべきです!」
ケラルドの顔が一気に赤くなる。
「な、何だって!?降伏だと!?お前ふざけているのか!?良い加減にしろ!!」
机を拳で繰り返し叩く。
すごい威圧感だ。
だが引くわけにはいかない。
自分にはこの国の運命、国民の運命がかかっているのだ。
「…今すぐ降伏すべきです。あなたはこの国の将来、国民がどうなっても良いのですか!?」
ケラルドは顔色一つ変えずに答えた。
「ああ。そんなもん知った事か!!」
ケラルドは椅子から立ち上がり、アランに近付いた。
「貴様のような臆病者にこの国の防衛を任せる事はできない…!」
そう言うと、彼はそのまま足早に部屋を出て行ってしまった。
アランは部屋でただ1人、立ち尽くした。
国王が向かう先は何となく想定できる。
国王が現実を見て、決断してくれれれば良いのだが…。

ケラルドは防衛指令室の扉を勢い良く開けた。
部屋にいる全員が驚きの表情で彼を見た。
「あの臆病者はクビだ!今からこの国王ケラルドが直接国防の指揮を執る!状況を報告しろ。」
部屋が静まり返る。
「…も、申し上げにくいのですが…、制空権は敵国に奪われ、空軍は壊滅状態です…。その他各地で軍の反逆が相次いでおります…。敵はこのすぐ近くまで迫っているようですし…。敗戦が濃厚かと…。」
誰かが細々と言った。
「…何が敗戦だ…!…親衛隊をこの建物に大至急集めて守らせろ…!それ以外は引き続き戦え!臆病者は処刑する!」
ケラルドは裏返った声でこう叫んだ。
「…はい。」
どんよりとした返事が返って来た。
ケラルドは防衛指令室を出た。
…負け…。
敗戦…。
死にたくない。
死にたくない。
殺される…!
とにかく死にたくない…!
ああ、最悪だ…!
国王としての地位が…!
普段の生活が…!
クソっ、クソっ、クソっ…!
国王ケラルドは、自らの運命から逃れるように足早に歩いた―。

午後10時14分―。
グレイソンから命じられ、サミュエルは国王がいるとされる建物に向かっていた。
任務は、建物内に潜入し、国王の位置を味方に知らせる事だ。
たがその前に、親衛隊の腕章を手に入れなくては。
建物内に入れない。
建物に近付くと、案の定親衛隊の警備兵がわんさかいる。
さて、どうしようか。
物陰に隠れて様子を窺っていると、ある会話が聞こえてきた。
「ちょっとタバコ買って来るわ〜。」
「おいおい、任務中だぞ?」
「うるせぇなぁ、すぐ戻るからよぉ。」
するとすぐ、1人の警備兵が隠れたサミュエルの前を通って建物から離れて行く。
しめたぞ…!
チャンスだ。
あいつから腕章を奪おう…。
サミュエルは警備兵を隠れながら追いかける。
警備兵が角を曲がった。
サミュエルもそれに続く。
薄暗い道に出た。
周りに人気は無い。
とても静かだ。
今だ―。
ナイフを手にして、一気に駆け寄る。
左手で警備兵の口を塞ぎ、右手のナイフを力一杯首筋に突き立てる。
「んん!」
警備兵の身体はすぐに脱力して倒れた。
「…よし。」
サミュエルは倒れた警備兵から腕章を奪い、自分の左腕に着けた。
任務再開。
サミュエルは建物に堂々と近付いて行った。
背筋を冷や汗がつたう。
…大丈夫、大丈夫だ、俺は腕章を着けてる…。
警備兵達の視線がサミュエルに注がれる。
門を通過しようとしたその時―。

(続く)


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