見出し画像

ほんとの話(III)  真夜中の「電話」

狭くて汚くて散らかったアパートで、気ままに暮らしていたころの話。
夜中にジリジリと電話が鳴った。(固定電話)
ベッドから手を伸ばして受話器を取った。ちなみに、ほとんどのものは手を伸ばせば届く範囲にある。
以下は、その際のやり取り。若い頃の記憶力はいいので、会話の内容はほぼ正確だと思う。
【前置き1】こちらは寝入りばなを起こされて多少寝ぼけている。
【前置き2】電話の向こうは、かなり艶っぽくてハスキーな(古いところでいえば青江三奈さんみたいな)声だった。

「もしもし」
「あ、た、し」
「え?」
「あ、た、し、よ」
「あたしって、だれ?」
「なによ。とぼけちゃって。あたしよ」
「あの……」
「まだ怒ってるの?」
「怒ってるって何を?」
「そんな言い方しないでよ」
「あの……」
「ねえ、もういいじゃない。そんな意地悪しなくたって。
 反省してるから。ねーえ」
「あの……」
「こんどさ、埋め合わせするから、もう許してよ」
「あの、すみません。ほんとにわからないんですけど、どちらさんですか」
「なによ」(声質が別人のように変わる)
「あの、もしかして、間違いでは……」
ガチャ。

かなり長い間違い電話でした。
個人的にはゼンゼン許してあげたかったけど、いきさつも何もまったくわからないし――。

相当に嘘っぽいけど、閻魔様の前でも胸を張れる真実です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?