chatGPT4を反射板として使いながら、Ney & Partnersでの5年の経験を振り返り、最近まとめたレクチャーの内容を記事にした。あまりに長過ぎたので5つに分割して掲載している。
図式
さて図式について言及するところから始めよう。振り返れば学生時代から、定義、ダイアグラム、アルゴリズムなど、抽象的な概念を起点に考え始める傾向がある。
図式化とは、具体的な物事を抽象的な形や模式に落とし込むことである。これにより、理論や概念を視覚的に理解したり、異なる事象間の共通性やパターンを見つけ出すことが可能になる。
自然界に観察される図式について、ダーシー・トムソンはその著書『生物のかたち』の中で、鮮やかな分析をいくつも残している。その内3つほどを紹介しよう。
一つ目は巻貝だ。巻貝は成長過程においても常に形の比例関係を保つ性質がある。この制約条件から巻貝の成長点を結ぶと、対数らせんの関数と一致することが丁寧に証明されている。
また、トムソンは単純な細胞膜で構成される原生生物のかたちを分析した。膜の表面張力と外圧のつり合い条件を解いていくと、膜の平均曲率は常に一定であることが導かれる。そして、その式は円柱、球、アンデュロイドの図式を描くことを発見した。原生生物はこの図式の組み合わせで構成され、そして、これと同様の図式が、類似する制約条件を持つ液滴、クラゲにも共通して見出されるという分析は驚くほど鮮やかだ。
同様に、力学的安定性を保つという制約条件から導かれる図式の例として、動物の骨格と橋梁の構造の類似性を分析している。重力で生じる曲げモーメントに抵抗するための構造高が動物の骨格と橋梁の構造に共通の図式を成立させることを鋭利に論じた。
デザインにおいて、図式はある制約条件から導き出される設計原理を明快に表現するものだ。グラフィックを例に挙げると、ヤン・チヒョルトのレイアウト・グリットは理想的なページ分割の比例関係を示している。
建築における図式の例をいくつか見よう。ローマのパンテオンは球面ドームの図式を採用している。この図式は、当時の技術で可能かつ施工過程においても構造的安定性を保つという制約条件から導き出されたが、同時に求心的で象徴的な空間をつくりだしている。
アントニオ・ガウディは形状最適化(フォーム・ファインディング)の先駆者だ。ガウディによるサクラダ・ファミリアは、引張力しか生じない懸垂曲線を反転し、軸力だけが存在するカテナリーアーチの図式を見出した。この形状最適化によって、フライング・バットレスのない象徴的で固有の主塔の形状を実現している。
国内で有名な金沢21世紀美術館は、離散的なキューブと正円による平面構成の図式によって、セキュリティラインを柔軟に設定することを可能にし、展示構成や市民開放エリアのフレキシブルな運用を可能にしている。このように様々な観点の制約条件からの図式化が観察される。
図式化と中動態
哲学者のカントは人間の能力を、感性、悟性、そして図式化だといった。
この人間の図式化の能力の一端をアフォーダンスに見ることができる。アフォーダンスは環境自体が提供する行為の可能性であり、人は形の知覚と同時に行為の可能性を直感しているという考え方だ。これは知覚(感性)によって得られた経験の蓄積から、悟性を通じて行為の可能性を理解し、それらの関係性を予め図式化することで直感的な行為が可能になっていると言い換えられる。
アフォーダンスを提唱したギブソンは、人間の視覚的な知覚と行為の関係性について、その著作『生態学的視覚論』の中で論じている。ギブソンによると、形とは、面の連なりであり、エッジの奥に隠れた面が視点の移動によって引き出されることで人は形を理解する。面の奥行の知覚は面の表面のパタン、肌理によってなされ、面の肌理とはその表面の微視的な凹凸が拡散反射する光のことである。
人の周囲を取り囲む拡散光のパタンを包囲光配列といい、視点の移動がこの包囲光のパタンの変化を抽出することを通して人は空間を知覚する。この視点の移動を伴う行為と空間知覚の同時的で相互補完的な関係を、人は感覚的に知覚しその経験の蓄積から行為の可能性を図式化することで、空間の知覚と同時に直感的な行為が可能になる。これが人間の空間認知の正体である。
図式化には必ず予測誤差が伴う。生まれたばかりの赤ん坊は上手く手を伸ばしてモノを掴む事すらできないが、成長過程の中でその動作を学習し、やがて適切に行為を行えるようになる。これは自転車や箸の使い方の学習過程と同様に、感覚的な経験の蓄積から図式化を経て予測誤差に出会い、予測誤差が生じないように図式を修正するという過程を繰り返す。つまり、行為の図式を試行錯誤の中で学習する事を意味する。
ものづくり、制作という行為の中にも同様の図式化が働いている。画家や彫刻家は、予め完全に思い描いているものを機械的に再現するわけではない。自身がつくっている作品の過程自体に影響を受けながら、自身の思い描くイメージを更新すると同時に作品をつくっていく。
つまり、画家や彫刻家などの作者は、作品をつくる技術と同時につくったものを知覚する技術をもち、その技術こそが作者と作品を媒介する制作行為の図式である。
故に、つくるという行為は、動作主である作者がつくるという行為の過程の内側に巻き込まれ、行為の主体自身がその過程で変容させられながら、作者と作品が同時に成立する過程それ自体である。これを制作における中動態という。
この制作における中動態は、画家や彫刻家のような自著的芸術だけでなく、音楽やオーケストラの指揮者などの代著的芸術にも同様の中動態が見られる。
オーケストラにおける図式にあたるものが楽譜である。原作者が定義した楽譜を、指揮者はただ単になぞらえる訳ではなく、独自の解釈によりそれを更新し、複数の演奏者とリハを繰り返す中で予測誤差に出会い、また図式を更新しながら共に作り上げていく。
この図式と中動態的プロセスの関係は、同様に代著的芸術である建築にも当てはまる。建築における図式について、続く図式と表記法、アルベルティ・パラダイムの項で論じよう。
以下に続く
図式と表記法
アルベルティ・パラダイム
図式の関数化:オブジェクティル
中動態的アプローチ
複数性とアウラ=この性
アウラと参加性
議論のための図式
過程の中に在り続けること