行政サービスに成果志向を持ち込むSIB
■ シリーズ: ESGの一歩先へ 社会的インパクト投資の現場から ■
「成果を出す」「成果を評価する」仕組みが大事
2017年、日本初のソーシャル・インパクト・ボンド (SIB )※1として八王子市と神戸市で取り組みが始まりました。
八王子市は2017年5月から、検診受診率が特に低い市民を対象に過去の医療関連情報と人工知能を活用してオーダーメードの受診勧奨を行い、大腸がんの早期発見を目指す事業を開始。神戸市は糖尿病性腎症等の患者などを対象に、重症化や人工透析への移行を予防する目的で2017年7月から、食事療法などの保健指導を行うプログラムをスタートさせました。いずれも民間から資金提供を受け事業を実施し、3年間かけて成果を評価した上で、成果に応じて委託料を支払うSIBの仕組みを活用しています。
図表:SIB事業のスキーム
当初SIBは、行政コストが削減できることや民間資金を活用できることがその意義として説明されることが多かったのですが、試行錯誤で進めていく中で、本質的な意義はそこではないと感じるようになりました。核となるのは「成果連動型」で委託事業を行うことだと感じ始めています。
人材育成に投資する事業者に委託できる
一般的に自治体が行政サービスを民間事業者に委託するときは競争入札を行います。そこでは価格が重視されるため、人材育成など、成果を出すために投資をしている事業者は不利になってしまいます。低い価格で入札できる安価な事業者が有利なのです。結果として、安かろう悪かろうの事業者受託してしまう、ということもよく見受けられます。
たとえば、神戸市で事業を受託したDPPヘルスパートナーズ(広島市)は保健指導のクオリティを保つために、看護師を登録制ではなく自社で正社員として雇用し、独自の半年間の研修を実施した上で現場に立たせています。その分どうしても人件費がかさんでしまい、入札ではそういった人材投資をしていない事業者の方が有利になっていました。
その点、SIBを活用した場合は、「成果が出たらいくら払う」というスキームであるため、結果にコミットできる事業者でなければ、入札・受託が難しくなります。つまり、単にコストが低い安かろう悪かろうの事業者ではなく、DPPヘルスパートナーズのように成果にコミットしている事業者の正当な評価につながるのです。
実際に自治体や厚生労働省でSIBについて話してみると、民間資金を活用できることや行政コストを削減できることでは、あまり響かない。関心を持たれないのです。それよりも、成果を可視化して評価する「成果連動型」であることの意義を具体的に紹介すると、自治体からも関心を持っていただけるようになりました。つまり、行政機関の現場としても事業を行う目的は「コストを削減すること」ではなく、市民に質の高いサービスを提供すること、課題を解決することなのです。コスト削減は大切ですが、第一の目的にはなりにくい。だからこそ、サービスの質を高めることができる民間委託は魅力があるのです。
また、投資を前提に展開する場合、事業規模の問題もあります。神戸市や八王子市のように大都市であれば、民間資金が集まりやすい。でも多くの自治体は、民間からの資金供給が難しい小規模事業が多いという現状があります。
アメリカでは成果連動型委託がコンセプト
海外での取り組みも多様です。SIBが発祥したイギリスは財政再建という文脈で制度が導入されているため、行政コストの削減が重視されてきました。また、案件でも民間からの投資を前提とした大規模な事業が多くなっています。一方、後発国のアメリカではSIBではなく、PFS(pay for sucsess)という呼び方をしています。成果連動型の委託というコンセプトがまずベースにあり、その中で、外部から民間資金を調達したものをSIBと呼び、PFSの一つとして使い分けられています。SIBの本質は成果連動型にある、との考えと言って良いでしょう。
図表:PFSとSIB
長野県の伊那市や奈良県の天理市で、外部からの資金調達を伴わない成果連動型委託の事業が健康増進や介護予防の分野で実施されています。SIBがイギリスで生まれたのが2010年。「行政コスト削減」「民間からの資金調達」という枠組みだけでなく、「行政サービスを成果志向に変えていく」という大きなミッションへ変わってきていると感じています。社会保障費が持続不可能なほどに拡大している中、行政コストの削減や民間資金の活用は大切ですが、あまりそこにこだわりすぎず、行政サービスの成果を可視化して質を向上させること。民間の創意工夫を行政に取り込むことをまず考えたいと思います。これからも個々のケースに取り組みながら、ニーズにあわせたバリエーションを構築していくことが課題になりそうです。
※1 SIB
SIBは、民間資金提供者から調達する資金を使い、行政機関などから委託を受けた民間事業者が公的サービスを実施し、成果に応じて資金提供者に利益を還元する仕組み。事業の成果とその指標を事前に契約した上で事業を行い、事業の成果によって委託料が増減する点が特徴。民間の創意工夫を引き出すなどの効果が期待される