さとり

04'大学2年生 📍北海道

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マガジン

  • うつ病はともだち

    高校3年生のときに患ったうつ病の経験について。 あのとき自分はどんな状態だったのか、どんな考え方をしていたのか。忘れないために、ここに残しておこうと思います。

最近の記事

うつ病はともだち #17

 コンサートが終わり忙しさにはひと段落ついたものの、私にとってはここからが本題だった。  私は、頑張って高校に通わないと単位が足りず、卒業できなかった。だが、精神的にもしんどく、体力も衰えている私は、毎朝早起きをして高校に通うことができなかった。  コンサートが終わり、久しぶりに高校に行こう、となり、私は以前心配のLINEを送ってきてくれた友達に連絡した。「明日行くね。」とだけ送った。  到着したのは1時間目が始まる少し前。朝礼には間に合わなかったが、授業には間に合った

    • coconala を始めてみた

       皆さんこんにちは。  「coconala」というアプリ、ご存知ですか?  知識、スキル、経験を売り買いできるスキルマーケットで、多種多様なカテゴリーからサービスを出品、購入することができます。 coconalaについて詳しく知る⬇️ https://coconala-support.zendesk.com/hc/ja/articles/218179388-%E3%82%B3%E3%82%B3%E3%83%8A%E3%83%A9%E3%81%A8%E3%81%AF  つい

      • うつ病はともだち #16

         チャリティーコンサート実行委員メンバーは ・3年生女子×2(うち1人は私) ・2年生女子×6 ・1年生女子×1 ・1年生男子×1  10名いる実行委員の中で、男子は1人だけだった。 私の知らない間に、その男子1人と他の女子で、確執が生まれていた。今考えればその予兆など思い当たる節はあったが、うつ病である自分のことしか考える余裕のなかった私は、そんなことなど全く気付いていなかった。  1日目のコンサートが終わった後ホテルで2日目の話し合いが行われることになった。私の部屋

        • 迷走神経反射性失神

           私は年に1回位のペースで、失神します。  点滴から血が逆流しているのを見たり、どこか怪我をしてしまったとき、はたまた、少しグロいお話を聞いたとき、、などなど。  1番ネタにしているのは、中3の国語の授業中のこと。「高瀬舟」の朗読を聞いていたら、いつの間にか失神していました。笑  初めて失神したのは1歳か2歳の時。  病院に行っても特に問題なしと言われ続けてここまで来たわけですが、ネットの情報を見る限り、多分迷走神経反射によるものなのかなあ、と思います。  皆さんにとっ

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        • うつ病はともだち
          17本

        記事

          うつ病はともだち #15

           チャリティーコンサートが2週間後に控えた日。母は心配していた。  コンサートは5日間あり、その間私は働き詰めである。うつ病でずっと寝ている私にそんなことができるのか、気が張った中5日間も耐えられるのか、と。  他のメンバーや大人と相談した結果、母が同行することになった。しかし、仕事の関係上2日目の夜から合流だ。  私はうつ病と闘いながらもコンサートの準備を進めたが、結局不完全なまま当日を迎えた。  当日、まずは函館に向かった。関係者を乗せた、ハイエースでの移動だ。

          うつ病はともだち #15

          大学生が政治の闇を肌で感じ政治不信になった話

           少しnoteをお休みしていました。この間、色々な心情の変化があったため、少しお話させてください。  将来について。  私は小1から高3の7月まで、調律師を夢見ていました。静岡にある学校見学にも行き、その学校を卒業した後の就職先まで仮内定をいただいていました。ですが、高3になり、うつ病になるきっかけとなった活動や大学を目指す同級生に刺激され、大学進学に方向転換しました。  それから大学生になり。私は、知り合いの地元の市議会議員の姿を見て、憧れを抱きました。そこから、もっ

          大学生が政治の闇を肌で感じ政治不信になった話

          うつ病はともだち #14

           これが、私が友達に返信したLINEの文章だ。  ずっとLINE見てなくてごめん、ちょっと前に診断されたんだけど、今うつ病で。原因は多忙って言われるけど、自分ではよくわからない。夏休み明けから学校にいるときめまいとかフラフラするってみんなに言ってたけど、うつと一緒に不眠とか拒食とかが色々あってそれの影響でなってるのかなあって思ってる。 とりあえず今は通信制行かずに今の高校で卒業したいと思ってるから、ちょっとずつでも出席したい。単位はギリギリであと1、2回欠席したら落単のもあ

          うつ病はともだち #14

          うつ病はともだち #13

           高校の友達から、LINEが来た。  「なんかお話したいーってなったらいつでも連絡して。話したくなければ話さなくていいし、話したいと思ったらいつでも聞くし。あと授業の事とか!なんでも聞いて〜」  高校の友達は、まだ私がうつ病だということを知らない。ただ、夏休み明けから様子がおかしく、学校にもほとんど行けていない、ということだけはわかっていた。  元々高校の友達が大好きだった私は、私に気をつかいながらも心配するLINEが来たことがとても嬉しかった。  だが、私はそのLIN

          うつ病はともだち #13

          うつ病はともだち #12

           高校入学の少し前にコロナが始まった私たちの世代では、オンライン授業でTeamsを利用していた。ベッドから起き上がったり誰かと電話することもままならなかった私は、Teamsで担任の先生と個人チャットで欠席連絡や現状報告をしていた。  欠席連絡とはいえ、毎朝送っていたわけではない。当日連絡できていれば良い方だ。  大体夕方ごろになってから、  「遅れましたが、今日も欠席します」などと送っていた。これが成立していたのは、担任の先生のおかげだ。  毎朝連絡はくれるが、その内容は

          うつ病はともだち #12

          うつ病はともだち #11

           うつ病と診断された私は、薬を処方された。  まずは、レクサプロ錠10mg。これは、抗うつ薬の一種だ。20mgが最大だが、一気に多量摂取すると副作用があるため、10mgからのスタートとなった。  そして、寝付けない日が続いていたため、不眠症治療薬のデエビゴ錠を5mg。  そして最後に、抗うつ薬の副作用防止のための吐き気止めとして、ドンペリドン錠10mg。  生理を安定させるために以前から使用していた超低用量ピルも含めて、合計4種類の薬を飲む生活が始まった。   うつ病の

          うつ病はともだち #11

          うつ病はともだち #10

           ようやく、病院前にやらなければいけなかった大きな用事は終わった。あとは、精神科病院に行く日を待つだけ。  それまで、やはり私はご飯も食べられず、起き上がることもできず、お風呂に入ることもできず。食事をとらないことでトイレの回数も減り、1日1回だけトイレのために部屋を出る生活を送っていた。  そして遂に、病院に行く日。片道1時間かかる病院まで、母の運転で連れて行かれた。  その病院は、初診のみ予約制、2回目からは予約不要。気分が落ち込んで予約したのにいけなかった、という

          うつ病はともだち #10

          うつ病はともだち #9

           JRはそれぞれ事前に指定席を購入していたため、誰かと隣同士とは限らない。  そんな中、私はたまたま他にメンバーが1人もいない車両の席だった。よかった、これでようやく1人になれる、そう思った。  席に着いたら、寝て身体を休ませよう。ゆっくりしよう。そう思っていたのに。  席に着いた瞬間、私は目に涙がうかんできた。どんどんこぼれ落ちていく涙を止めることはできなかった。  泣いているうちに、刻々と下車時間が迫ってくる。泣いたことがバレないように、私は頑張って泣き止み、真っ赤

          うつ病はともだち #9

          うつ病はともだち #8

           私は、精神科病院に行く数日前に、チームメンバーを引き連れて1泊2日でチャリティーコンサートの会場の下見や打ち合わせに行かなければならなかったのだ。  やっていける気がしなかった、という流れだろうが、不思議とそうは思わなかった。チャリティーコンサートの責任者として、どうにかして成功に導かなければならない、自分が倒れてはどうにもならない。そうわかっていたからだ。  1日目。朝早く集合し、JRに乗る。幸いJRは指定席で皆バラバラの席だったため、人に気を遣わずぼーっとすることが

          うつ病はともだち #8

          うつ病はともだち #7

           もう何日も学校に行けていない。だが、それをどうにかしよう、ともなれない。ただひたすらに、留年の危機が迫ってくる。  流石にこのままでは卒業できなくなる、と心配した両親は、担任の先生との三者面談を申し出た。いつも優しく私のことを気遣ってくれる先生は、すぐに時間を作ってくれた。    先生は、あと何日学校を休めるのか、そのために何をしなければならないのか、私、親、先生がそれぞれ卒業のために何が出来るのか、こと細かに話してくれた。今思えば、あんなに生徒思いな先生はなかなかいな

          うつ病はともだち #7

          うつ病はともだち #6

           母の車に乗せられ、私は帰宅した。   その後、お昼寝をして、夕ご飯を少しだけ口にした。お風呂には、入る気力がなかった。明日の朝でいいや、今日はもう寝よう。  明日は学校に行かなくていいからね。母からそう言われたおかげで、私の心は軽くなった。  なのに、ベッドに入るとなぜか涙が止まらない。別に悲しいことなどひとつもない。何かがショックだったとか、怒られたとか、そんなことは何ひとつないのに、涙が止まらなかった。  翌朝。と言いたいところだったが昼。ずっと寝ていた私の部屋を、

          うつ病はともだち #6

          うつ病はともだち #5

           学校に行きたくないからといって、行かなくてもよいとはもちろんならない。私が通っていた高校は私立で、どうしても校風が好きで親に頼み込んで入らせてもらっていた。学費はもちろん公立高校よりも高い。  夏休み明け。ああ、行きたくないなあ、これなら家でコンサートの準備してたいのになあ、と思いつつ、何とか登校した。  やはり、友達は私がわからないTHE・JKといった話題ばかり話す。そりゃあ、JKなのだから当たり前だ。私だってJKだ。私がJKに合わせないと、と考えた。  でも、やっ

          うつ病はともだち #5