回帰
陸は扉の前に立った。
長老の一人が教えてくれた<詩>は≪クチナシ≫を追い払うのに役立った。ほっとした。これで≪クチナシ≫に襲われることはない。言いつけをまもらないと≪クチナシ≫になるとか、≪クチナシ≫を傷つけると≪クチナシ≫になるとか言い伝えは色々あるけど、長老達の話を聞いてからは≪クチナシ≫を助けたいと思うようになった。なぜだかわからないが。
長老の一人が付き添ってくれた。<詩>を教えてくれたのは別の人だ。子どもの頃に少しだけ扉が見えたという。
どうだろう、とばかりに振り返る陸に長老は首を横に振る。どれぐらいの大きさかね、と聞かれてここからここまでと地面に線を引く。扉に手をくっつけてと言われたが、独りでここに来た時にさんざんやってみた、とは返さなかった。何も起こらないのを見せた方が早い。
やっぱり扉はうんともすんとも言わない。ただ手を付けたところがキラキラと光った。
―何か光ってるだけです
陸のその言葉に長老はふむと考え込む。
―では、しばらく修養を続けようか
来なさいといって長老が陸の先に立つ。ついて行くと段が重なっていた。
―ここもタテモノの一部だ
長老は迷うことなく段を登っていった。
※※※ ※※※ ※※※
<それ>は楽しみにしていた。<意志ある存在>がやってくるのを。揺蕩う意識が流れるままに。ただ何度か沈黙の暗黒に落ちかけた。途切れかけた意識が引き戻された時、<それ>はまた声を聞いた。
誰かを呼ぶ声-自分だろうか-がすると、意識に映像が流れだす。黒髪のおっとりとした顔立ちの女性が<それ>の意識に向かって話しかける。
―++++、大変です。島田先生とポー先生とラヴクラフト先生が……。
別の誰かの声と姿が差し込まれる。
―私が立ち会いました。それに別の場所でボードレール先生とランボー先生が……。
別の誰かは<それ>に向かって5冊の本を差し出した。5冊はそれぞれ赤い紐で縛られている。声が途切れる……。
―……と……は…………。手分けして探しています。ただ……
そこで映像が途切れ、声も聞こえなくなった。
<それ>は感覚のない身体が戦慄くのを感じた。
※※※ ※※※ ※※※
弟妹達をあそこに連れて行った翌日から暫くの間、陸は大人達の言いつけを守ってハタラいた。あの扉を開けてどうするのか、何をしたいのか、陸にはわからない。ただ見つけた時に扉の向こうに入ってみたいという思いが、扉の向こうに行かなければいけないに変わっていた。陸は大人達の様子を今まで以上にじっと見て、あそこに出掛ける機会を伺った。そんな陸に長老達が会いたがっていると使いが来た。
陸は何人かの長老達(三人だと分かった)とその世話人、五組の両親とその子供達とタンボに囲まれるようなところに住んでいる。子供たちは親の名前に何かを足した名前を持つのだが、陸は親の名前がない子供だった。陸の生まれた年、五人の母親は皆出産した。陸の母親は最後の出産だったが、先に出産した一人が双子を産んだ。その年に生まれた六番目の子供-陸の名前にはそういう意味があった。名付けたのは長老達だと聞いた。カミゴト以外に顔を見せない長老達は陸にとっては縁遠い大人だった。
そんな長老達から使いが来た。男について行く途中、五人の両親に男は告げた。この子供は長老達が預かる。なにが起ころうとも文句は言うな。あっけにとられた親たちを尻目に、男は急げと陸を追い立てた。
※※※ ※※※ ※※※
―この子か……
―やはり、この子なのですね……
―ならば……
※※※ ※※※ ※※※
長老達の棲家はモリの入り口、ヤシロの傍にある。そこでイネを育てる前と収穫後にカミゴトがある。三人の長老の内の一人-陸に<詩>を教えてくれた-に見覚えがあった。カミゴトに出てくる長老だ。
陸は長老達からあそこに何度行ったか、あそこで何を見たか、何があったかを事細かく訊かれた。
―叱りはしない。確かめたいのだ。
カミゴトに出てくる長老は言った。他の二人もそれに頷いた。大人達が聞いたら怒るようなことも交えて、陸はあそこであったことを話した。長老たちは怒らなかった。陸の話が終わると長老達は小声でひそひそと話し合った。陸が待ちきれなくなりもじもじし始めた頃、一人-陸に付き添って扉までやってきた長老-が言った。
―ここで君は暫く私達と一緒に修養をしてもらう。一通り終わったら私と一緒にあそこへ行こう。
こうして陸はイネを二回収穫するまで長老達と暮らした。
※※※ ※※※ ※※※
<それ>の意識は沈黙の暗黒に陥ることはなかった。沈黙の暗黒に踏み込む度にひっぱられ、戻される。そして声が流れる。
―はあ、見つかったか……僕は徳田秋声、あまり面倒には巻き込んでほしくないね
黒髪の青年の画像がちらりと<それ>の意識を掠める。
―佐藤春夫だ。門弟三千人の人望は伊達じゃないぜ!
二本のベルトで留めた着物の紅が<それ>の意識の目を引く。
―オダサクこと、織田作之助や! これからよろしゅうおたの申しますー
白皙に映える紅の瞳が<それ>の意識を射抜く。
―どうも……堀辰雄と言います……! よろしくお願いしますっ……
未知の場所であるのに<それ>を気遣う声に<それ>の意識が震える
―中野重治といいます。しげじとか、じゅうじとか言われていたこともあったかな
伏し目がちに<それ>を見る視線に細やかな観察眼を感じる
……ああ、ここからと声もなく<それ>は独りごちる。出会えた喜びに隠れた後ろめたさが<それ>の意識を駆け巡る。
―そうだ、ここから……。いくら後ろめたくてもまた……。約束を果たす……。…………そして取り戻す……
沈黙の暗黒から引き戻されるたびに、<それ>の意識に繰り返される。
何度も何度も何度も。
※※※ ※※※ ※※※
長老について登った先には洞窟のような空間が広がっていた。その空間に真っすぐな細い石が並んでいる。
「タテモノの残骸だよ。昔はもっと綺麗だったろうに」
長老が上着のフードを取って言った。陸も習ってフードを取る。視界が広がると目の前に細い石が真っすぐに天井まで伸びている。その先に細かい模様があった。
「昔……」
「数えきれないほどの昔、だと聞いている。私もよく知らない」
長老は陸の両親たちとさして変わりがないように見えた。扉のことを話し、ともに修養した今では、親たちするよりも親しく話をすることが出来る。長老は細い石で区切った一角に持ってきた荷物を置いた。中を探って何かを一掴み引っ張り出すと陸を呼んでその場に腰を下ろした。
「これからの事を伝えておく」
陸は黙って頷いた。
「君があの扉を開けるまでここで暮らす。といっても今のままじゃ≪クチナシ≫がやって来て危険だから、≪クチナシ≫を追い払う仕掛けをして一旦帰る」
「仕掛けって。それに≪クチナシ≫を追い払うなんて……」
これだよ、っといって掴んだものをわさわさと陸の目の前で揺らした。それはイネの葉よりも幅が広く白かった。所々汚れている。
「≪クチナシ≫を追い払う<詩>を教えてもらったろう。これはその<詩>と同じことができる」
長老は持っていたものを地べたに並べ広げてみせた。
「これは<カミ>と言われるものだ。それに<モジ>が書いてある」
「<モジ>……」
「私達が話していることばを形にしたものだ。それだけでも力がある」
陸は途方に暮れた。長老は-この長老は特に-優しく話してくれるのだけれども、何を言っているのか分からない。
「分からなくてもいい。これから教える」
長老は宥めるように呟くと続けた。
「これをここのあちこちに貼り付けてから帰る。明日仕掛けが上手く出来てるかを確認しに来る。上手くいったら、暮らすための準備をするためにいったん帰る。準備出来次第ここに引っ越しだ」
陸は指を折って数える。今日、明日と折り曲げた指が増えるたびに視線が下がった。その様子を見て長老は笑った。
「そんなにしょげるな。引っ越すことが出来たらやってもらいたいことは山ほどあるからな」
「やってもらいたいこと……」
「そうだ。修養を続け乍ら<モジ>を学んでもらう。読んだり書いたり。それに私達が学んできたことを全て、君に教える」
「学んできたこと、全て……」
長老は陸の瞳を覗き込んで続けた。
「私達ひとりひとり学んできたことが違うのだ。あの扉の向こうにいくにはそれが三人が学んできたことすべてが必要になると私達は考えている」
長老は陸の肩を掴んで上向かせた。
「私達ではダメなんだ。三人の内で私だけ辛うじて扉の影が見えていたが、先ほどは全く見えなかった。昏い洞窟が続いている。君の弟妹達が見ていたものと同じものしか見えない。君はね、私達の希望なんだよ」
陸は何も言えないまま長老の瞳を覗きかえした。
「だからといってすぐにどうこうしろとは言わないよ。まず手分けしてこれを貼り付けよう」
長老は<カミ>を拾うと陸を立ち上がらせた。
※※※ ※※※ ※※※
また沈黙の暗黒から引き戻された。あれが……と思った<それ>の意識に別の声が聞こえた。同時に二人の壮年の男の画像が浮かんだ。
―開架の本は可能な限りに閉架書庫に収めた。
―ご苦労様でした、館長。
―その敬称は……。もう止してください。今の私は貴方方に拾われた記憶喪失の少年の成れの果てです。
見覚えのある内装に見覚えのあるソファセットが並ぶ。揺り起こされて確認した空間とはまた違う。見下ろした手元には数本の鍵とプラスチックのカードがある。
―それでここの鍵は全てです。出るときになるべく敷地内に侵入者がないように努めますが……
そういう男の膝に猫が飛び乗った。
―それで、貴方はどうされるのですか。郷には入らないと伺いましたが……
―出来るだけ遠くで貴方方から学んだことを伝えようと思います。コイツと一緒にね。
男が猫を撫でるとにゃーんと応える。それを見たもう一人の男が大きなため息をついた。
―我々の……
猫を抱えた男が穏やかに制した。
―それは……。言わないでください。お互いに希望を繋げましょう。
男の声と画像が溶けるように消えた。
※※※ ※※※ ※※※
陸が長老の棲家から移って来て、イネを十回収穫した。陸が知る兄弟姉妹は皆連れ合いを見つけ、新しく両親となった。陸が作る≪クチナシ≫除けの<モジ>を書いた<カミ>-<マジナイ>と呼ばれている-を求めに、陸の元の棲み処-今は郷と呼ばれている-に多くの人がやってきた。その人達は<マジナイ>と持ってきたものを交換した。陸は姉妹達に<カミ>の作り方を教えた。姉妹達は自分達が作った<カミ>に陸の<モジ>を見よう見まねで書き写した。郷にやってきた人達は陸が作ったものでない<カミ>を喜んで自分達が持ってきたものと交換した。郷には他からやってきた人達が移り住み、陸が知るころよりもタンボも広くなった。
それでも<モジ>を教えてくれとは誰も言わなかった。
陸が朝の修養を終えた頃、陸の作った<マジナイ>を片手に、子供達がやってきた。最後の長老-陸がここに来るのを付き添ってくれた-と一緒に。昔からいる世話人が二人分の荷物を抱え、一番最後を注意深く歩いている。長老と世話人が二人して、引っ越してくる。陸が扉を開けるかどうかを見届けようという肚だ。あとの二人の長老達は陸に教えることを教えてしまうとすぐに他界した。陸が全ての学びを終えるのを待っていたかのように。
長老はやって来るなり陸に言った。
「君に会わせたい家族がいるのだよ」
長老が振り向いた先に、姉の子供が一人、両手で男女のそれぞれの手を掴んでぐいぐい引っ張って来るのが見えた。長老は昔と変わらぬ物腰と口調で続けた。
「最近郷にやってきた家族なんだけどね……。色々と興味深いのだよ」
姉の子供は二人を陸の前まで引っ張って来るとお役御免とばかりに走り去った。向かう先には水溜まり-イケ-がある。黄色い嘴の鳥ががあがあと遊んでいる。それを眺めるのだろう。
長老は二人の後からやって来る二人の子供を手招いた。二人は先の二人に駆け寄ると背中に隠れ陸を覗き込んだ。
「この子たちなんだけどね。親子でも兄弟でもないそうだ。郷にやって来るまでの間に一人ずつ知り合ったそうだ」
女の背に隠れた子供-女の子だ-は長老を見上げぎこちなく笑った。
「この四人がみな、同じことを知っているんだ。見えない扉の話を」
そうだよね、と問いかける長老に前に立つ男女が睨みつけたまま頷いた。
「どうだい、面白いだろう」
陸に向けられた長老の顔は悪戯っぽく笑っていた。
※※※ ※※※ ※※※
<それ>は沈黙の暗黒と揺蕩う意識との往還を繰り返す。繰り返すたびに聞こえる声や浮かぶ画像の数が多くなっていた。<それ>の意識の中でそれぞれの区別をつけることが出来た。が……。それぞれをどう呼べばいいのか分からなかった。揺蕩う意識の中、彼らときちんと区別して呼んでいたという確信はあったが、それが分からない。肝心なそれが。
<それ>は意識の中で歯噛みした。ここには、大事な何かが欠けている。何かが足りない。大事なものは何だ。足りないものは何処にある。何処へ行った。<それ>は懸命に意識の中に潜って探し続けた。
どん、と<それ>にぶつかるものがあった。ぶつかったものを確かめようと<それ>は周りを<見回し>た。揺すり起こされた時と同じ、濃茶褐色の絨毯に<本>が詰まった同じ色の書棚が無数に並ぶ白い壁に囲まれた空間が広がる。広がる意識を収束させて<それ>は感覚を取り戻した。
ティテーブルとお揃いの椅子、尻が感じる座面の感覚……。一つ一つ確認していくと境界の<あちら>に<それ>を揺り起こした<意志ある存在>を見つけた。扉の前ではなく、少し離れたところだったが……。
さっき<それ>にぶつかったのはこの<意志ある存在>だったのか。いや、これの外にもひとつ、ふたつ……。合わせて五つ。
―もし、…………が…………したら、これで…………を開錠して……
突然<それ>の意識に猫を抱えた男に声が流れた。同時に何かを掴んでいる感覚がした。<それ>はさらに意識を収束させるとこほこほと咳が出た。視覚を下ろすと右手にプラスチックのカードがある。<それ>の視覚はカードを凝視した。
―………から…………で開錠………このシステムごと……概……しま……。…………のために。
<それ>の意識に聞き覚えのない声が流れた。繰り返し繰り返し……。
繰り返すたびに声は鮮明になっていった。
―………から遠………で開錠……このシステムごと……概……します。………のために。
声は何度も繰り返す。
―………から遠隔操…で開錠できるようにこのシステムごと概念…します。読…のために。
声は何度も繰り返す。
―…………から遠隔操作で開錠できるようにこのシステムごと概念化します。読者のために。
がたんと椅子を倒して<それ>は立ち上がった。
※※※ ※※※ ※※※
妹たちの一人がやって来て、子供達を連れて帰った。イケで嘴の黄色い鳥と遊んでいた子供が、迎えに来た母親を見て、陸の住む隣のタテモノを指さした。内側がぼんやりと明るかったが、母親はそんなものだろうと思い、子供の手を引いて郷への帰り道を急いだ。
残ったのは陸と長老とその世話人、長老が面白いと言った四人だった。世話人が彼らの夕食を整えた。食事中のほとんどの時間、長老がしゃべり、時折四人に確認し、四人は言葉少なに応え、陸はそれを聞いていた。食事もほぼ終わろう頃に、四人の中で一番年下の男の子-喋らないので郷の子供達からくちなしと揶揄されている-が振り向いて一所を凝視した。と、突然、いる、と叫んで器を置くと立って駆け出した。男女と女の子が直ぐに男の子を追いかける。おやおやと呟いた長老が笑顔で陸を見た。陸は男の子が凝視した先に何があるか分かっていた。すぐに後を追った。四人は続けざまに、陸が長老と登ってきた段-階段-を下りて行った。まもなくどんどんどんという音が響いた。それと男の子だろうか。「開けて」「入れて」という声が数回どんどんという音に被さるように響いた。
陸が扉の前に到着すると、男の子が拳でどんどんと扉を叩いてる。男の子の拳が扉に当たる度の男の子の拳が光に包まれ、その光が扉全体に広がった。陸の後から、ゆっくりと長老がやってきた。
男の子を抱き上げた男に向かって長老は訊いた。
「見えるかね、扉が」
その問いに男と隣にいた女が顔を見合わせた。二人は戸惑いながら長老の問いに頷いた。そうかそうかと満足げな笑みを浮かべて長老は続けた。
「私には見えないのだよ」
そして陸を指さして言った。
「けれど、彼には見えるんだ」
女に手を引かれた女の子が花開くような笑顔を見せた。
※※※ ※※※ ※※※
私はがたんと椅子を倒して立ち上がった。自家発電システムの立ち上げ、それから館内設備のチェックシステムを動かして、それから…………閉架書庫の開錠。
とうとう、とうとう、やってきたのだから……
待ち望んだ者が……
―想像し得ない位の、遠い、遠い時代になるでしょう。それまでに……
―ヒト以外のモノが壊せるような代物は創りませんよ
―そういう、モノなのですか
―はい、そういうモノです、これは
モノクルの欧州紳士に笑いかけた記憶がよみがえる。彼の人は笑うだろうか呆れるだろうか。あの会話からどのくらいたつのだろう。人の手で計られることのない時の隔てが思い出の笑みを微苦笑に変える。
風力発電はレッド、太陽光発電はグリーン。よかった、まだ太陽は輝いている。脳裏で褐色の肌に金髪の青年が笑いかける、赤紫の髪で片目を隠した青年が柔らかく微笑む。研究棟の三階と四階は崩壊、無傷ではないけれど一階はある。宿舎は……残念だが跡形もない。新館も崩壊。本館は…………屋根が損壊。閉架書庫に入らなかった本は諦めるしかないだろう。閉架書庫は-本館と中庭の敷地面積に相当する帝國図書館自慢の閉架書庫は……。落ち着け、特務司書。眠りの前にはあり得なかった感覚が溢れる。この全身を駆け巡るような感覚は何だろう。体中が浮足立つのは何故だろう。少しでも気を抜くと表情が崩れてしまう。早く、早く、いるのだ、ここに来ているのだ。全体の25%はチェック不能、このまま開錠することは出来ない。ならば外部環境をモニターして少しずつ、確実に閉架書庫を開錠する。中の本が傷まないように。それから……
それから、彼等の居場所……。
どんどんどんという音が特務司書の意識を<あちら>へ向ける。物理的に特別書庫の扉を殴る存在がいる。これは…………と飛ばした特務司書の視覚に五人の<意志ある存在>が浮かび上がる。特務司書の顔に満面の笑みが咲く。が、五人の<意志ある存在>は扉の向こうからじっと特務司書を眺めて立ちつくしている。特務司書も五人の<意志ある存在>を見つめ返す。
―そうか、まだ入ってこれないのだ。
彼らはまだ、特別書庫の本を読む力は満たしていないのか……。
扉の<あちら>の彼らには、まだ転生文豪達を読む力がないのだと分かって特務司書はがっかりした。が、諦めるのは早い。扉を叩いているということは<ここ>に何かがあると分かっているのだから……。
ならば待とう、と特務司書は思った。彼等がここに入って来れるまで。彼等が特別書庫の<本>を読むことが出来るようになるまで。
<了>