僕の身体には昨日までを繋ぎ止めるための安全ピンで穴が開いている
バスに乗り込むと座席は空いていたが、なんとなく奥まで歩いて窓際の席に座った。乗客もまばらなので通路側の席に荷物を置いて僕は出発の時間を待った。
バスが出るまで10分かそれくらいの間、僕は窓枠に肘をついて外の景色を眺めていた。特別景色が面白いというわけでもなかったが、まるで時間が止まってしまったような、それまでの、空白で、価値のない日々のことを忘れようと、遠くの雲を目で追いかけていた。
車内は飛行機に比べて少し暑く、南国の暖かい春には不釣り合いな厚手のネルシャツの袖をまくろうとした時、僕は指先に冷たい手触りを感じた。見ると、シャツの袖には安全ピンが付いていた。
付けた記憶も無いその安全ピンは、何年も前に着られなくなったそのシャツが、出発前、空っぽになったクローゼットから僕に引っ掴まれるまでの間ずっとそこにあり続けて、ずっとそのシャツの袖を留め続けていたのだ。そのことに気付いて僕は、自分の体に空いた穴を覗き込む。
車内の空気も落ち着いて、いい加減に窓から見える駐車場の景色にも飽きてきた頃、バスが出発の合図を鳴らし、僕は背もたれに体を預けた。バスが発車して街の隅にある寮に着くまでの間、僕は目を閉じてまた昔のことを思い出していた。そこには、昔の自分と一緒にやっぱり笑っている友人がいて、久しぶりに見たみんなの笑顔はもう僕を傷つけたりしなかった。