「ギャンブリング障害」と「危ない遊び方」は違う。ギャンブル等依存症などという呼称でその区分をごまかすのは治療、予防対策上、望ましくない
「ギャンブル等依存症」と「ギャンブリング障害」は違う
いわゆるギャンブル依存症は、「WHOも認めた病気」などといわれる。実際、ICD-10(死亡率と罹患率のための国際疾病分類第10版)では「病的賭博」、2022年のICD-11(死亡率と罹患率のための国際疾病分類第11版)ではギャンブリング障害(gaming disorder)と記載されている。一方、DSM-5 (精神障害の診断と統計マニュアル第5版)では2013年からギャンブリング障害が記載されている。
わが国ではギャンブル等依存症対策基本法で、「これ」をギャンブル等依存症と呼び、その用語集では「精神疾患のひとつに分類され、医学的な
呼 称 は 「 ギ ャ ン ブ ル 障 害 Gambling Disorder」(DSM-5 精神障害の診断と統計マニュアル)、2017 年までは「病的賭博(Pathological gambling)」(ICD-10 国際疾病分類は、世界保健機関 (WHO) が死因
や疾病の国際的な統計基準として公表している分類)の呼称も使われた。
ICD-11 では、「ギャンブル症」と呼称。本計画では、基本法に示された「ギャンブル等依存症」で統一している」と説明している。
しかし、ICD-11のギャンブリング障害とDSM-5のギャンブリング障害は同じ病態をさしているとは言い難い。ざっくり言えば、DSM-5は嗜癖プロセスを主に評価し、ICD-11は生活上の障害や苦痛を重視している。
「ギャンブリング障害」と「Hazardous Gambling or betting(危ない遊び方、仮訳)」は違う
ICD-11は、2022年2月版でギャンブリング障害に比較的詳細な診断要件(Diagnostic Requirements)を付した。具体的には、「ギャンブリング行動のコントロールが障害されている」「ギャンブリング行動が他の生活上の出来事より優先されている」「ネガティブな事柄が続いているにもかかわらず継続またはエスカレートしている」の三要件「すべて」を満たし、かつ他の精神的な障害では説明できず、個人、家族、社会、教育、職業など重要な領域で顕著な障害や苦痛が生じている場合とした。このことで、ギャンブリング障害を限定的に扱おうとしている(WHO, 2022)。
一方で、ギャンブリング障害以外のギャンブリング関連問題を「Hazardous Gambling or betting(危ない遊び方、仮訳)」として、病気、疾病、障害ではない枠として別扱いしている(WHO, 2022)。わが国では、この「Hazardous Gambling or betting」が学術的にもメディア的にも無視される状態が続いている。実は、この区分はICD-10の時代からあり、「Pathological gambling」と「Gambling betting(NOS)」(WHO,2019) があった。そして「Gambling betting(NOS)」は病気、疾病、障害とは扱われていなかったが、わが国ではここへの言及がほぼなかった。
また障害や疾病とは言い切れないギャンブリング問題が多いこと、そもそもギャンブリング障害の定義があやふやなこと、および、予防的にはそのあやふやな領域こそ対策が必要なので、諸外国などでは問題ギャンブリング(problem gambling)という言葉が多用されてきた。だが、なぜかこれも日本ではギャンブル依存症、ギャンブル等依存症となってしまった。例えば千葉県で行った調査はPGSI(problem gambling severity index)という問題ギャンブリングのシビアさを調べる尺度によっており、調査担当者は記者等にその旨十分に伝えていたが、報道ではギャンブル依存症の調査として伝えられてしまったという。
ちなみに、久里浜医療センターのギャンブル等依存症調査で用いられてきたSOGS(サウス・オークス・ギャンブリング・スクリーン)、ギャンブル問題のシビアさを測定するPGSI(プロブレム・ギャンブリング・シビアリティ・インデックス)、遊技障害疑いを測定するPPDS(パチンコ・パチスロ遊技障害尺度)など、これまでのギャンブリング障害尺度はICD-11の三要件のすべてを必須とはしていないし、生活上の障害や苦痛も必須としていない。むしろ危険な遊び方尺度とみなすべきである。
「危ない遊び方」は病気ではない
さて、ICD-11の構成をもう一度振り返ると、「ギャンブリング障害」には除外項目、すなわち、ギャンブリング障害とはいってはいけない項目がある。「双極性障害Ⅰ型」「双極性障害Ⅱ型」および「Hazardous Gambling or betting」である。このうち「Hazardous Gambling or betting」は「健康状態または医療サービスとの接触に影響を及ぼす要因」⇒「健康状態に影響する要因」⇒「健康行動にかかわる問題」に区分されている。「病気」や「障害」には区分されていない。ちなみに「健康行動にかかわる問題」には、運動不足、不適切な食事習慣などが記載されている。ユーザーの健康を考え、予防的な対処を考えていくべき状態が「Hazardous Gambling or betting」である。
余談だが、ゲーミング障害もICD-11ではギャンブリング障害とほぼ同様な構成をとっており、hazardous gamingは病気や疾病ではなく、健康行動にかかわる問題である(↓)。
「ゲーム障害」と「危険な遊び方」は違う、責任あるゲームプレイを
ギャンブリング障害はどのスケールで考えるべきか
ICD-11でのギャンブリング障害は、上記3要件すべてを満たし、顕著な生活障害や苦痛を伴うことが必須である。しかし、ICD-11の基準に基づく有障害率調査はわが国でも、諸外国でもほとんど行われていない。一方、ゲーミング障害についてはICD-11から障害とされたこともあって、ICD-11基準と称する調査がいくつかあり、われわれもICD-11基準で障害疑い率を推定し、危険な遊び方の推定も行っている(ゲーム障害全国調査報告書 https://www.cesa.or.jp/uploads/2023/info20230424.pdf)。
それによれば、ICD-11基準でゲーミング障害がうたがわれるのは1~2%(10-29歳)。一方、危ない遊び方が疑われるのが9%程度であった。SOGS、PGSI、PPDSの調査結果がほぼ危ない遊び方だと仮定すれば、ギャンブリング障害疑いはその5分の一から10分の一と推定される。SOGSの70万人を使えば7~14万人、PPDSの40万人を使えば4~8万人となる。2016年の外来2,929人、入院261人から考えれば、その10倍程度のスケールは妥当なスケールとも思える(ここはきちんと調べる必要がある)。
ここに焦点をあてた対策が必要なのは言うまでもない。しかし、ゲームの場合では、この半数以上は明白な「依存(嗜癖)症状」を伴っていなかった。もしギャンブリングでも同様なら、その対策はギャンブリング行動の嗜癖性に焦点をあてたものではなく、その人の有している問題、すなわち、発達特性、併存精神障害(気分障害、不安・パニック障害、注意欠陥多動障害、強迫性障害、睡眠覚醒障害等)や家族葛藤、家庭環境および教育環境、そして社会経済的因子などへの対処を第一義に考えるべきであろう。嗜癖性に焦点をあてた古典的な依存対策が有効な範囲は思いのほか限られている。
危険な遊び方疑いへの対処
ギャンブリング障害疑いを有する人々に対する対策が必要なのは言うまでもないが、「Hazardous Gambling or betting」対策がまた必要である。ギャンブリング障害ではない「健康行動にかかわる問題」として「Hazardous Gambling or betting」を設定することで、限定的に使われるべき障害概念にこだわらず(日本では依存という言葉で障害問題を拡張的に扱いすぎてきた)、時代や状況に合わせて幅広にリスクを想定し、予防対策の対象を拡大していくことができる。そして、「Hazardous Gambling or betting」が、顕著な生活障害や苦痛を伴うことにつながらないようにし、「Hazardous Gambling or betting」を減らし、「健康的な遊び方」を広めていくことが、ギャンブリング提供者である関連企業の大きな責務であろう。
「健康的な遊び方」としては、positive play scale(Woodら、2017)や、このパチンコ・パチスロ版での研究(西村ら、2022)にならえば、「自由に遊んでいいときに遊ぼう」「他に優先すべきことがある時はそちらを優先しよう」「いつまで遊んでいいか決めてから遊ぼう」「家族や友人に対して嘘やごまかしなく遊ぼう」などが挙げられる。
責任あるゲーミング
ギャンブリング産業による負の影響の抑止対策は、Responsible Gaming(RG:責任あるゲーミング)と呼ばれている(Blaszczynski, 2004)。
RGには、顧客保護、従業員教育、環境整備と規制、広告の規制、治療の紹介、ステークホルダーの連携、研究と検証などが含まれる(Ladouceur, 2016)。その対策は障害レベルの人を対象とした治療的アプローチよりも対象者の幅が広い。①プレイヤーではない一般の人たちへの予防や啓発、②一般のプレイヤーに向けた啓発や教育、③潜在的に問題化しやすいプレイヤーの同定、④潜在的に問題化しやすいプレイヤーへの啓発や教育、問題化防止のサポート、⑤問題が既に生じているプレイヤーの早期発見や対応方法、⑥これらを可能とする戦略の立案や人材育成および従業員教育の実践、⑦地域社会や対策関係者などのステークホルダーとのコミュニケーションと協働などである。
わが国でも、2019年のギャンブル等依存症対策推進基本計画、2022年の見直しと産業側の対策が進んでいる。ぱちんこ産業での取り組みの抜粋を参考として示した。
〇リカバリーサポート・ネットワーク(RSN:パチンコ・パチスロ電話相談機関)が2006年、遊技業界がのめりこみ問題に取り組み、社会に役立つサービスを提供するために設置された。その啓発ポスターは全店舗、落ち着いて見れるようにトイレなどに貼られている。
〇RSNが従業員を教育する「安心パチンコ・パチスロアドバイザー」制度を設置。2022年3月現在、約4万1000人のスタッフが講習を受講、さらに増員をはかっている。
〇「パチンコ・パチスロは適度に楽しむ遊びです。のめり込みに注意しましょう」など共通標語を設定し、すべての宣伝広告で一定のスペース、時間を確保するなど、広告宣伝イベントなどを規制している。
○ 遊技時間や金額の制限ができる自己申告・家族申告プログラムを開発。その普及と利用促進に向けた広報の取組を強化している。
〇射幸性を抑制するため、出玉状況を管理できる機種の導入を行っている。
○5月14日から5月20日のパチンコ・パチスロ依存問題の啓発週間含め、年間を通じて、青少年含め一般に依存問題に関する普及啓発活動を推進している。
○ 遊技者の家族に対し、早期に相談支援につながるよう普及啓発活動を推進している。
○ 健全な遊技の在り方に関する情報発信に向けた検討を開始している。
〇 自助グループをはじめとする民間団体等に対する経済的支援を実施し、毎年度、実績報告書を作成・公表している。
〇業界の取組について評価・提言を行う第三者機関を設置して、評価を実施。
〇第三者機関(一般社団法人遊技産業健全化推進機構)による依存防止対策の立入検査。
RGでは、科学的であること、エビデンスベーストであることが重視されており、日工組社会安全研究財団、日本遊技関連事業協会、都遊協などでいわゆる依存問題の実態調査や関連要因の調査を行っている。
ギャンブリング障害報道をめぐる留意点
ICD‐11は2022年2月、診断のための必須要件を厳密に記載し、これまでのI調査が主張するギャンブリング障害疑いよりも、一層限定的になった。メディア報道等で、ICD-11の基準を示しながら、その要件に当てはまらない尺度を用いての障害疑い率や障害疑い数を示すことはミスリードになる。
ICD-11基準では「Hazardous Gambling or betting」にあたるユーザーがギャンブリング障害であるかのようにカウントされてしまうからだ「うたがい」と拡張的な表記をするからOKというわけにはいかない。ICD-11の基準を示して「障害疑い率」を扱うのなら、その要件に当てはまらない尺度での率や数を併記することは避けるべきである。
文献
Blaszczynski, A. (2004). A Science-Based Framework for Responsible Gambling: The Reno Model, Journal of Gambling Studies, 20, pp.301–317.
Bruno Sauce, Magnus Liebherr, Nicholas Judd & Torkel Klingberg,(2022). The impact of digital media on children’s intelligence while controlling for genetic differences in cognition and socioeconomic background, Scientific Reports volume 12, Article number: 7720
ギャンブル等依存症対策推進基本計画(令和4年3月25日閣議決定)https://www.kantei.go.jp/jp/singi/gambletou_izonsho/index.html
Global Video Game Coalition(2022). https://www.thegvgc.org/
Ladouceur, R. (2016). Responsible gambling: a synthesis of the empirical evidence, Addiction Research & Theory, 25(3), 225-235.
西村ら(2022).会員カード常時使用者におけるパチンコ・パチスロ遊技障害、健全遊技、遊技量の関係~会員カードデータを用いた遊技障害リスクアラートシステムの可能性について~.アディクションと家族 37(1) 76-84
WHO (2019). Pathological gambling ICD-10(version:2019) https://icd.who.int/browse10/2019/en#/F63.0
WHO (2022). Gaming disorder ICD-11(Version : 02/2022) https://icd.who.int/browse11/l-m/en#/http://id.who.int/icd/entity/1448597234
WHO (2022). Hazardous gaming ICD-11(Version : 02/2022) https://icd.who.int/browse11/l-m/en#/http://id.who.int/icd/entity/1586542716
Wood RT, Wohl MJ et al. (2017). Measuring Responsible Gambling amongst Players: Development of the Positive Play Scale. Front Psychol. Feb 23;8:227
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