見出し画像

WHOのギャンブリング障害の定義が詳細に記述された!

1, 2022年2月に国際疾病分類ICD-11のギャンブリング障害が詳細記述化された


「ギャンブル障害、ゲーム障害はWHO(世界保健機関)が認める病気」などというときの根拠とされるICD(死亡率と罹患率のための国際疾病分類)の第11版ICD-11が、2022年2月にギャンブリング障害の必須要件を詳細記述化した(1)。
 2018年6月18日、ICD-11を公表した時点では、①ギャンブリング行動のコントロール障害(はじめること、頻度、強さ、継続時間、やめること、状況など)②ギャンブリングが他の人生の関心事や日常活動よりも優先されるほど、ギャンブリング行動の優先順位が高くなること③否定的な結果(ギャンブリング行動による夫婦間の対立、繰り返される多額の金銭的損失、健康への悪影響など)が生じているにもかかわらず、ギャンブリング行動が継続または拡大すること、のすべてが必要なのか、いくつかが当てはまればいいのか、明確ではなかった(2)。しかし、2022年2月版で「すべて」があてはまることをギャンブリング障害の必須要件とし、「そのギャンブリング行動のパターンにより、個人、家族、社会、教育、職業、またはその他の重要な機能分野において重大な苦痛または障害が生じている」ことがギャンブリング障害と呼ぶために必須となった。
(実はこの詳細化、ゲーム障害も全く同型の表記になっているので、この論考でのギャンブリングをゲーミングに読み替えれば、ICD-10関連以外ほぼゲーム障害でも成り立ちます)

2, これまでの調査基準はゆるかった

 たとえばこれまでの遊技障害(パチンコ・パチスロのギャンブリング障害)疑い調査では、「パチンコ・パチスロが気になって仕方ない」「ストレスから逃れるために必要だ」が「どちらかといえば当てはまり」、「使う金額増えた」「やめると落ち着かなくなる」「うそ」「借金を頼む」は「ほとんどない」レベルで遊技障害疑いとなっていた(3)。しかし、今回のICD-11で考えると、このレベルでは到底「障害」とは呼べないことになる。
 ちなみに、今示したレベルは、久里浜医療センターがギャンブル等依存症の現状を知るための全国調査等で用いたSOGS(サウスオークスギャンブリングスケール)で7,8点相当。そして久里浜医療センターが全国調査でSOGSのカットオフ点(これ以上が障害疑いだという点)としたのは5点。上記の例より「ゆるい」レベルでギャンブル等依存症疑いとし、対策立案のための基礎データとしてきたわけだ。そして、今回のICD-11(02/2022)の詳細記述化で、ギャンブリング障害はもっと厳密に限定的にとらえるべきとされたわけだ。

3. DSM-5系尺度も変わっていくだろう


 一方、WHOとは別にアメリカ精神医学会の診断と統計のためのマニュアルDSM-5(精神疾患の診断と統計のためのマニュアル第5版:現DSM-5TR)がある(4)。これまで使われてきたSOGS、PGSI(問題ギャンブリング重症度指数)、PPDS(パチンコ・パチスロ遊技障害疑い尺度)などがよって立つのはこのDSM-5で、以下の9つの症状項目のうち4つ以上を示すような「臨床的に意味ある機能障害や苦痛」につながるギャンブリング行動がギャンブル障害であると記載されている。

  1. 望み通りの興奮を得たいと思って、もっと金額を増やしてギャンブルをしたい欲求がありましたか。

  2. ギャンブルをするのを減らしたり中止したりすると、落ち着かなくなったり、いらだったりしましたか。

  3. ギャンブルをするのを制限したり、減らしたり、またはやめようとしたりして、失敗を繰り返すことがありましたか。

  4. しばしばギャンブルをすることに心を奪われていることがありましたか(例えば、過去のギャンブルの経験を思い起こしたり、次にどうしたら勝てるかを考えて計画を立てたり、ギャンブルをするための金銭を得る方法を絶えず考えたりした)。

  5. 悩ましい(例えば、救われない、罪悪感のある、不安な、ゆううつな)気分のときに、ギャンブルをすることがしばしばありましたか。

  6. ギャンブルでお金をすった後、別の日にそれを取り返すためにギャンブルをやりに戻ることがしばしばありましたか。

  7. ギャンブルへののめり込みの深さを隠すために、嘘をつくことがありましたか。

  8. ギャンブルのために、重要な人間関係、仕事、教育、または職業上の機会を危険にさらしたり、失ったりしたことがありましたか。

  9. ギャンブルによって引き起こされる絶望的な経済状況から逃れるために、お金を出してくれるよう他人に頼みましたか。
     問題は、この表現では「臨床的に意味のある障害や苦痛」を必須要件にしていないように見えることだ。DSM-5は、四症状項目以上を示せば「臨床的に意味ある機能障害や苦痛」につながると解釈しており、ICD-11で必須である「重大な機能障害や苦痛」が必須ではないようにも読み取れるのだ。その結果、SOGS、PGSI、PPDSなどの質問紙では症候のチェックが重視され、「臨床的に意味ある機能障害や苦痛」が無視されてきた。
     臨床的にはこういう項目を参考にしつつ、精神科医がその人の状態が「臨床的に意味ある機能障害や苦痛」があるレベルかを判定していくので実際上の問題は生じない。が、質問紙では上記の項目で「はい」「いいえ」で答えさせるなどすれば、臨床的には「いいえ」であっても質問紙では「はい」となりがちだったりする。また「臨床的に意味ある機能障害や苦痛」が抜け落ちる。そのため尺度を構成する時の心理学的作法としてはDSM-5に沿った正しい基準に見えても、結果として、先に示したようにゆるゆるの基準になってしまうという現象が起こってしまっていたのだ。
     しかし、今回のICD-11の厳格化を受け、今後のDSM-5TR系尺度では「臨床的に意味ある重大な苦痛や障害」を重視したカウントの仕方に切り替わっていくだろうし、切り替えるべきだと思う。少なくともICD-11基準とは異なることを明示する必要がある。

4,「危ないギャンブルの遊び方」が「ギャンブリング障害」とは別に設定された


 さて、ICD-11(02/2022)では「ギャンブリング障害」の厳格化の一方で、「危ないギャンブリングor ベッティング(Hazardous Gambling or Betting)」が、疾病や障害ではない「健康状態または医療サービスとの接触に影響を及ぼす要因」のひとつとして設定された(1)。そして、ギャンブリング障害とは区別された。
 実はICD-10の時点で、ギャンブル障害(当時は病的賭博)とまでは言えない問題のあるギャンブリングやベッティングは、「(特定不能の)ギャンブリングやベッティング」として項目だてられていた(5)。しかし、病的賭博自体の定義があやふやであったため、「特定不能のギャンブリングやベッティング」もまたあやふやなままであった。それがICD-11(02/2022)でギャンブリング障害が厳格化されため、問題がありそうな遊び方をしているがギャンブリング障害とは言えない状態が排他的に定義され「Hazardous Gambling or Betting」として明確になったわけだ。
 この結果、これまでの「依存症」疑い率はICD-11基準なら「ギャンブルの危ない遊び方」疑い率とみるべき、ということになる。パチンコ・パチスロ遊技障害疑いも「ぱちんこの危ない遊び方」とでも呼ぶのが適切ということになる。
「2017年1-2月時点で、過去1年間の遊技障害うたがい率は0.4%、約40万人と推定された」はICD-11(02/2022)基準では、「「ぱちんこの危ない遊び方」をしている人は約40万人と推定された」と言い直したほうが適切ということになる。ただし、DSM-5基準で「臨床的に意味ある障害や苦痛」が無視されるなら相変わらず遊技障害疑いでもいいことになり、この乖離は悩ましい。しかし、いずれDSM系のICD化は進むだろうし、先に示したレベルはせいぜい「ぱちんこの危ない遊び方」なのは自明だから、業界としては、ぱちんこの遊び方が「危ない遊び方」にならないように注意喚起し、「危ない遊び方」が「ギャンブリング障害」へと移行しないよう予防策を講じていくべきだろう。そしてこのとき「ぱちんこの危ない遊び方」はできるだけ幅広に想定し、広範な予防活動を行うべきであろう。

5,健全遊技を推進しよう


 一般に「~をやめよう」よりは「~をしよう」といった肯定表現の方が行動変容を促しやすい。だから、予防活動では、以下のように禁止表現ではなく、肯定表現がいいと思う。
「自由に遊んでいいときに遊ぼう」
「失っても構わない範囲でパチンコ・パチスロをしよう」
「他に優先すべきことがある時はそちらを優先しよう」
「どこまでお金を使って良いか決めてから打とう」
「家族や友人に対して嘘やごまかしなくパチンコ・パチスロをしよう」
 われわれの調査では、遊技頻度、遊技時間、負け額、どういう機種をどのくらい打つか、といった遊技様態は「ぱちんこの危ない遊び方」にほとんど関連しない(7)(8)。一方で、こうした健全遊技項目の関連は強いので、時間や金額の具体的な制限ではなく、こうした健全遊技の推進が重要なのだ。また、神経症傾向(敵意、不安、抑うつ、自意識、衝動性、傷つきやすさ)や「パチンコ・パチスロを自分で止めることができない」という認知の歪みが「ぱちんこの危ない遊び方」の発生や進行に強く影響することがわかっている(9)。だから、こういう性格傾向の人たちや自暴自棄になりかけている人たちにいかにメッセージを届けるかが重要な課題である。さらに、われわれの調査で、70代ぱちんこユーザーの空間認知力、見当識などの認知機能は高く、健全遊技を続けることがより認知機能を高める可能性が認められているので、一般ぱちんこユーザーにも健康のためにも健全遊技を広めることが重要であろう(10)。
 一方で、中村らが指摘するように(11)、ギャンブリングの問題の背後には、併存精神障害(気分障害、不安・パニック障害、注意欠陥多動障害、自閉スペクトラム症、強迫性障害、睡眠覚醒障害等)や家族葛藤、教育環境、そして社会経済的因子などが想定される。特に、重大な機能障害を有する人に対しては、発達問題への視点も加味した関与が必要であり、もともとの「生きづらさ」などに対して環境調整、合理的配慮など福祉的対応が必要である。業界としてはこうした視点をしっかり持つ支援団体への支援が欠かせない。

文献
1) WHO(2022), ICD-11 (International Classification of Diseases 11th Revision https://icd.who.int/en), うちギャンブリング障害は6C50 Gambling disorder (https://icd.who.int/browse11/l-m/en#/http://id.who.int/icd/entity/1041487064), ギャンブルの危険な遊び方はQE21 Hazardous gambling or betting(https://icd.who.int/browse11/l-m/en#http%3a%2f%2fid.who.int%2ficd%2fentity%2f233747706),最終アクセス2022/07/24 ちなみにゲーミング障害もギャンブリング障害のギャンブリングをゲーミングと入れ替えればほぼ同じに詳細記述化され、ゲームの危険な遊び方も設定され、やたらにゲーム依存と呼ぶなという方向が打ち出されている。久里浜の主張はここでも修正を求められている。
2) 現在はICDのページから消えアクセスできない。最終アクセス2022/07/24
3) 石田仁、河本泰信、坂元章、佐藤拓、篠原菊紀、西村直之、牧野暢男(2021)パチンコ・パチスロ遊技障害 研究成果 最終報告書 第7章 予防や早期介入のために
4) APA(2013), Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition (DSM-5)。現在はDSM-5のテキストリビジョンDSM-5TR。
5) WHO(2019)ICD-10(https://icd.who.int/browse10/2019/en),うち病的賭博は F63.0 Pathological gambling(https://icd.who.int/browse10/2019/en#/F63.0),(特定不能の)ギャンブリングベッテイングは Z72.6 Gambling and betting (https://icd.who.int/browse10/2019/en#/Z72.6) 最終アクセス2022/07/24 病的賭博≒強迫ギャンブリング、現在の定義ではギャンブリング障害の一部。12ステップを用いるGA系支援団体が説明するギャンブル依存は強迫ギャンブリングでギャンブル障害の一部しか説明できない(http://www.gajapan.jp/jicab-compulsive.html)。
6) WHO(2022), ICD-11 (International Classification of Diseases 11th Revision https://icd.who.int/en), うちギャンブルの危険な遊び方はQE21 Hazardous gambling or betting(https://icd.who.int/browse11/l-m/en#http%3a%2f%2fid.who.int%2ficd%2fentity%2f233747706),最終アクセス2022/07/24
7) 西村直之, 戸塚綾乃, 堀内智, 櫻井哲朗, 奥原正夫, 篠原菊紀(2022)会員カード常時使用者におけるパチンコ・パチスロ遊技障害、健全遊技、遊技量の関係~会員カードデータを用いた遊技障害リスクアラートシステムの可能性について~、アディクションと家族 37(1) 76-84
8) 堀内由樹子, 秋山久美子, 坂元章, 篠原菊紀, 河本泰信, 小口久雄, 岡林克彦(2022)パチンコの出玉性能とパチンコ・パチスロ遊技障害の因果関係ーパネル調査による研究ー、IRゲーミング学研究 (18) 2-12
9) 石田仁、河本泰信、坂元章、佐藤拓、篠原菊紀、西村直之、牧野暢男(2021)パチンコ・パチスロ遊技障害 研究成果 最終報告書 第6章 障害うたがい該当者の性格的・心理的特徴と介入法
10) 篠原菊紀、櫻井哲朗ら(2022)高齢ぱちんこユーザーの認知機能と健全遊技傾向、遊技障害疑い傾向の関連、日遊協理事会報告2022年7月28日
11) 中村 努、高澤 和彦、稲村 厚(2022)誤解だらけの「ギャンブル依存症」;当事者に向き合う支援のすすめ、彩流社 (2022/6/17)

いいなと思ったら応援しよう!