9回:關渡の夜
どうにも都会が苦手だ。東京も台北も3日と居られない。昔は札幌や那覇も難しかった。心許なく、所在もない。美術館も映画館も本屋も揃っているので一通り周ってみようとするが、落ち着かない。
原因について考えることもある。人が多すぎる(私は人見知りである。知らない人、いや知り得ないような人に周囲を埋め尽くされると、もう)とか物価が高すぎる(ああ、都市って消費で回ってるんだなぁ、と妙に感心してしまうことがある)とか、もっともらしい理由も当てはまるが核心を突くところまでは到らない。慣れる前に嫌気が差してさっさと引き揚げてしまう。
と、この文章を新北市は關渡という所で書いている。嫌だ嫌だと言っても台北に所用があれば来なくてはならない。友だちの家のソファに寝そべり、横で檻に入った犬の寝息を聞きながら書いている。なるほど新北は台北の隣りにあるベッドタウンだから割合静かだ。しかも關渡の台北藝術大学(所在地が新北でも台北藝大)の横手にあるマンションだから更に閑静だ。藝大生が付近に多少住んでいても、それが平日でも週末でも、酒を飲んで大声で暴れ回るような光景がここにはない。400万も人が住めば衣擦れだけでも騒音が発生しそうなものだが、そうでもないらしい。個々で小さい音を発しても、巨大な音の塊にはならないようである。
さて、私は昨日の夜台北に着き、今日一日台北に知り合いを尋ねては一緒にギャラリーやレコード屋、カフェなどを巡り、明日も予定をこなしてその深夜に離れる。ちょうど3日。タイムリミットギリギリである。過ぎると鼻が止まらなくなったり、喉の調子が悪くなったりする。処方箋はまだない。だから自己管理の一種として、台北都市圏に入った瞬間から私はストップウォッチを起動させている。デジタルの表示は刻一刻と72:00:00に近づいている。もし寝過ごして時間を過ぎた場合、身体はどのような症状を見せるのだろうか?気になるところだが、危険な橋は渡らない。だから余裕をもって70時間の段階で台北を離れる算段にしてる。72時間はちょうど桃園空港でチェックインの時間。そして明後日の今頃、私は音さえ凍てつく北海道の寂れた漁村で、身体を丸めながらまた文章を打っているだろう。果たして都会が苦手な人間にとって田舎は得手なのであろうか?
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